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Prologue 2 21時までの憂鬱《2》


《4》


 ボクがそのロッドを振ると、その先端から火の球が飛んでいく。それは、少し離れた位置にいる、マント姿の嫌なヤツに向かって飛んでいった。


「うわっ!何すんだよテメェ!」

 マント姿の嫌なヤツは即座に剣を取り出して、振り、それでボクの火の球を消し去った。剣の一振りで、魔法が消えるなんて・・・意味が無いじゃないか。ボクの魔法。


「ぼ、ボクは魔法使いのレッドだ!」声を震わせながら、高らかに宣言する。

「ああん?だからなんだってンだよ!クソガキ」

 マントはボクに勢いよく迫ってくる。ボクは咄嗟に逃げる。中学生相手に、勝てるわけがない!しかも、剣持ってるし!


 振り向くのが怖くて、全力疾走した時、きん、という音が鳴る。かちん、という金属音。振り返る。ブルーの剣とマントの剣がぶつかり合っていた。


「中島ァ!てめぇ、俺とタイマン張ろうってか?」

 マントがブルーに向かって声を荒げている。


 この異世界時間では、死にさえしなければ、異世界時間の前・・・つまり20時59分の時の体の状態に戻る事が出来る。


 なので、実は中学生とかヤンキーの間では、異世界タイマンというのが流行っていて、殺さない程度のやり合いで現実世界優劣をつけるのが多々あるのだ。もちろん、自警団に見つかったら、怒られる。


「やぁ、やってやる!」ブルーの声は震えている。

「テメェ!負けたら現実リアルでもボコってやるからな?」

「そ、それなら、君は!もし、僕が勝ったら、現実ではもう僕に構わないでくれ!」ブルーの手は震えながらも、覚悟を決めたようだ。


 ボクはふたりのもとにそっと近づく。ブルーの手助けをしちゃいけない。ボクはそう思った。


「ボクが、このタイマンの見届け人だ」と宣言するしかなかった。



《5》



 例えば、鳥と虫が戦うとすれば、虫はすぐに負けると思う。互いに生き物としての作りが違うから。

 ボクが今、見ている、タイマンバトルは、鳥と鳥の・・・同じ生き物の対決なのに、きっとマントの男の方は、ブルーのことを虫だと思っている。


 なので、圧倒的な余裕が敵にはある。


 剣と剣の戦いは、アニメみたいな速度じゃない。餅つきのペースよりも遅い感覚で剣と剣をぶつけ合っている。きん、きん、と音がする。マントの剣は早く、ブルーの剣は耐えるのに精一杯だ。


 剣と剣が何度かぶつかっては離れてを繰り返した後。剣と剣がくっついて離れない。互いに押し合っている。


 ぎりぎり、と嫌な音を立てる。刃同士が擦れる音だ。


 戦いに会話はない。

 ボクもブルーもマントも、何も喋らない。


 ボクはブルーの学校生活を知らない。でも、ここで負けたら・・・。


 突如、マントが剣をぐるりと回した。それは絶妙な手捌きだった。剣が剣に覆いかぶさるように、動き、その反動で・・・ブルーの手から剣が離れてしまった。


 がしゃん、という、地面に剣が落ちる音が聞こえた。


「中島ァ。勝負あったろ?」マントはそういって、地面に落ちた剣を遠くへ蹴り飛ばした。そして、その身体の勢いのまま、ブルーへと切り掛かる。


 ブルーは、後退するでもなく、避けるでもなく、ただ、うずくまった。その後の景色について、ボクは思わず目を瞑ってしまったのだけれど、マントの剣がブルーの右肩を斬った。


「あああああっ!!!」

 ブルーは、その一撃で呆気なく、倒れ込む。全てを止めていた、糸がプツりと切れて、彼の中の弱さが一気に溢れ出した。

 何かを抱え込むように倒れ込んで、のたうち回って、泣きながら、騒いでいる。


 ・・・早く、言わなきゃ、勝負アリ・・・って。でも、ブルーは、僕のチームメンバーだ。まだ、負けを認めたくない。


「生意気なんだよテメェ!」

 剣を持ちながら、それを使わずに、背中を何度も蹴るマント。それは優しさなのだろうか。


 死ななければ、この痛みも傷も、現実世界に戻った時には無くなっている。


 だから、耐えればいいんだ。


 でも・・・負けたって事は、残る。



「勝負あり・・・」ボクはそれを言うしかなかった。



《6》


 丸まったまま動かないブルー。

 マントは、諦めたように立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。

 

「こんなザコとつるまないほうがいいぜ?」


 と去り際にマントが言う。ボクはそれを否定したかったのだけれど、否定出来るほど強くなかった。ボクも、ブルーも。


「ブルーは・・・ボクのチームのリーダーで・・・」

「ブルー?中嶋の事か?笑えるな」

「もう、いいだろ!」ボクは涙が出てきた。


「中嶋みてぇな奴がよ、異世界時間アナザー・タイムに粋がった所で、現実は変わらねーんだよっ!」そう言って、マントはもう一度ブルーの背中に蹴りを入れた。


 そのまま、その場を去る。魔法が使える僕に、堂々と背中を向けて、マントの男は去っていった。

 ボクは何も出来なかった。


 しばらくの静寂の後・・・。マントのアイツがいなくなった事をしっかり確認してからなのか、ブルーは少しずつ、冬眠から目覚めるように起き上がる。


「接待タイマンも疲れるなぁ」とブルーが言う。

「セッタイ?」その言葉の意味が分からない。

「わざと、負けるって事だよ。大人の世界じゃ、常識さ」

 段々と、彼がダサくみえてきた。


「そ、そうだよね・・・」

「いやぁ、大体さ、レッドが魔法を使わなければ、こうはならなかったんじゃないの?」ブルーは急にボクを非難し始めた。確かにそうではある。


「ごめんね、ブルー」

「あーあ、もうシラけた。異世界パトロールはもう終わりね。じゃあ、解散だ!」

「えっ、ブルー、ちょっと待って・・・」

「じゃあな!」


 そう言って、ボクの顔など見ずに、ブルーは去っていった。



《7》


 それから、ボクはブルーと会うことは無くなった。数日間は、あの集合場所に行ったけれど、会うことはなかったから、行くのもやめにしたんだ、


 現実は相変わらずだ。

 ボクのつまらない学校生活は続いていた。

 そしてある日ボクは、ブルーを見かけた。ブレザーを着て、ひとりで歩いていた。声をかける勇気なんて無かった。とてもつまらなさそうな顔で歩いていた。


 ブルーをどうにかしたい、という気持ちは無くなっていた。ボクが真っ先に思ってしまったのは、あの姿は、数年後の自分だ、という事だ。


 ああは、なりたくない。


 自分の負けの言い訳をするような人。


 負けっぱなしで悔しくならない人。


 異世界時間さえも、居場所を奪われてしまう人。


 なのでボクはあの日から、ピアノの練習をするように、毎日毎日、魔法の練習をするようになった。

 繊細な魔力の使い方を独学で学んでいった。


 ロッドから飛び出す火の弾の速度も強度も軌道も、ある程度操れるようになった時、ボクの名前は少しだけ知れ渡るようになった。


 小さな魔術師、レッド。


 グリーンのランドセルと、ブルーの事を忘れる事に、ボクはそう呼ばれていた。


 中学1年生の春が始まる。



【Prologue 2 21時までの憂鬱 おわり】

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