Prologue 2 21時までの憂鬱《1》
《1》
ランドセルって、なんでこんなに不自由なんだろう。まるでボクは十字架を背負って歩いているかのような気分だ。
深緑の色のランドセルが格好いいと思っていたのに、5年生になったら、永山の野郎がミドリガメみたいだなって笑ってから、ボクのあだ名はカメになった。
それから6年生の今まで、現実時間は面白くない。ランドセルは我慢して使えって言われるし、永山は相変わらず生意気だし、はっきり言って学校には行きたくない。
・・・でも、別にいいんだ。
ボクには21時からの異世界時間があるから。
【Prologue 2 21時までの憂鬱】
《2》
妹が昔遊んでいた新体操用のバトンは今、ボクの部屋にある。寝たフリをしている20時58分。もうすぐ、異世界時間になる。
ボクはバトンを念入りに磨いた。
そして、時間になる。21時。
ボクの部屋の景色はぐちゃぐちゃになる。
ゆがんで、オーロラみたいになっていく。
異世界時間の始まり。異世界変換が行われる。
僕のパイプベッドは、木製のカビ臭いベッドになる。白い勉強机も、木目調のボロい机になって、教科書はよく分からない本になる。読んだ事はない。
馬鹿にされている深緑のランドセルは、竹製で出来た背負えるただの箱になる。
ぼやけた景色が、鮮明になる時、僕の部屋は異世界のボロい一室になっている。ボクの住む家も、いつの間にか木造のボロ屋になっているのだ。部屋の構成は変わらない。
そして、目の絵にあるバトンは、ロッドに様変わりしている。ロッドとはヒーラーが使うような杖のようなものだ。
ボクはそれを持つ。
片手でそれを持ちながら、部屋の立て付けの悪い窓を開けると、街の景色が見える。
コンクリートの道路も、信号もない。
さっきまで暗かった空は昼間になっている。太陽がレンガの敷き詰められた道に反射して、明るい。
ボクは深く呼吸をする。
その、ロッドを窓に向けて振る。
その先端から、小さな火の球が飛んでいく。窓から外に出て、レンガの敷き詰められた道に火の球が着地して、すぐに消えた。
うん・・・今日も大丈夫だ。
ボクは魔法が使える。
この異世界時間において、未成年の身体には魔力が宿る。
それを上手く扱えれば魔法が使えるのだ。
もちろんボクの身体には魔力がある。そして、それをちょっとずつ扱えるようになってきた。
・・・例えるならば、ピアノ。
右手と左手を同時に、細かく動かす、そんな繊細な指さばき。
それが魔法を使う時の感覚に近い。
さぁ・・・異世界時間。
ボクは魔法使いだ。
ボクの時間が始まる。
《3》
21時45分。ボクの近所の公園。
現実世界では滑り台とブランコしかない公園だけど、異世界時間ではちょっとした密林の迷宮になっている。
時計台が変換された、大きな木の下。
そこにボクらは集まる。
「おはよう、レッド」先に木の下で剣を磨いている、ブルーが挨拶をしてきた。
「おはようブルー。早いね」ボクはレッドの顔を見て微笑む。
互いの現実での事はあまり干渉しないようにしている。ブルーは中学生だ。
「じゃあ、今日も異世界パトロールしますか」
ブルーは磨いた剣を鞘に収めて、それを腰につけた。勇者というより、侍の剣の扱い方だ。
「うん」
僕はレッド、この剣を持った中学生はブルー。お互いにそう、呼び合っている。
何がきっかけだったのか、忘れたけど、なんとなくボクたちは似たモノ同士で、知らぬ間にこの世界のパトロールをする仲になっていた。
「どうだ、魔法の方は?」ブルーが問いかける。
今日は河原の方をパトロールしよう、という話になった。
「うん。今日も火の球を飛ばした来たよ」
「流石だレッド。有事の際は頼むぞ。レッドの援護が必要だ」
「うん!」
有事の際、というのはこれまで一度もない。ただ、もしも、魔物が現れたとして、ボクの魔法やブルーの剣がどれだけ役に立つのかは分からない。
2人で歩く。
この異世界時間にあまり外を出歩いてはならない、というルールがある。
ボクたちはそれを無視して、いつもパトロールをしているのだ。
自警団が遠くへ見えた時は、逃げる。
海に繋がる大きな河沿いの景色は、現実世界とあまり変わりがない。ボクとブルーは歩くのに飽きて、草原にポツリと存在する大きな石の上に座った。
「やっぱ、良いよなぁ、この時間」
ブルーは空を見ながら言う。
「うん」
「もっと、こんな時間が続けばいいのに」
「そうだよね」
互いに干渉はしない。
詳しいことも聞いたことは無い。
でも、ボクはこの前・・・制服を着たブルーがつまらない奴らに馬鹿にされているところを目撃していた。
きっとブルーも学校がつまらないんだ。
だから、この世界、この時間が好きなんだと思う。ボクもそうだ。この世界が続けばいいって思う。
「レッドはいいよなぁ、魔法が使えて」ブルーはボクの持つロッドをまじまじと見ている。
「ブルーだって、魔力はあるんだし、魔法使えるようになれば・・・魔法剣士になれるんじゃん!」
ボクは言う。
でも、どうやらブルーには魔力があっても、それを使いこなして魔法にする才能はないみたいだった。
「なれたらいいけど、無理だよ」
「練習したらいけるかもよ」
「いいよなぁ、レッドはさぁ・・・」
「別に、ボクの魔法だったチッポケだし」
そんな会話をしている時だった。
「え?あれあれあれあれー???」
ブルーよりもちょっと背丈の高い男・・・勇者みたいな大袈裟なマントを見に纏った剣士がボクとブルーを見ている。
雰囲気で分かる。嫌なやつ。
「ブルーの知り合い?」ボクは尋ねた。
「あ、ああ!俺の学校のね」ブルーのその言葉に、剣士の男が笑いながら口を開いた。
「いやぁ!中嶋クン!彼は?弟?」
ここで初めて、ボクはブルーの名前を知った。中嶋っていうんだ。
「違う。パーティメンバーだ」
近くにいるから分かる。
ブルーの声は震えている。
「ふははははっ!こりゃ傑作!同い年で友達作れないから、年下小学生と遊んでるわけ?やっぱおもれーなおまえな!アハハ」
高笑いする度に揺れるマント。
・・・馬鹿にするな。
目の前の男のマントを燃やそうかな。
ちっぽけな魔法でも、それぐらいはできる。
ボクは手に持ったロッドに意識を集中させた。