Prologue 21時から異世界時間《3》
[5]
野球のフルスイングの要領で、小型の斧を振り回す辺戸ヶ崎。ぶん、と空を斬る音がする。
鈍い!
簡単に避ける事ができる。
この人、そういえば野球部だったよな。
そんなプライベートな会話をした事を思い出した。
簡単に避けれるけれど、射程圏内には迂闊に入れない。まるで、振り回した斧が防御壁のようだ。
俺の持つ剣の方が長い。
しかし、無闇に剣を振ってヤツが振り回す斧に引っ掛かったら、剣を持っていかれる。
慎重に戦わざるを得ない。
「…取引先のヤツかぁ?それとも…会社の?」
辺戸ヶ崎は斧を振り回す。絶え間なく振り回す。
俺を殺す、というよりかは、殺されないように自己防衛しているようにも思える。
実は、小心者なのか?
「まぁ・・・ろくでもねぇヤツなんだろうなぁ・・・俺ァはクズ無能にはクズみてぇな態度を取るからよ。それを逆恨みしてるんだろうなぁ」
挑発だ。
乗ってはならない。
クズ無能だと言われても、冷静になれ、俺。
「クズ無能!卑怯者!」
今度は斧を縦に振る。
地面に刃が刺さる。抜くのに、時間がかかる。怒り狂っているのか、周りが見えなくなっているのは辺戸ヶ崎ではないのか。
隙だ。隙が生まれた。
俺はそれを見逃さなかった。駆け寄って、一気に剣を振るう。傘が異世界変換された剣は、片手で持っても軽い。
傘を片手で振るような感覚で、ヤツの首筋目掛け、右手を思いっきり振った。
射程圏内。
しかし。カキン、と音が鳴る。
半透明の防御壁。六角形の防御壁に、またしても俺の剣は弾かれる。「あれ、何の魔法?」「もしかしてあれがあの人のアナタレ?」「すげー、無敵じゃん」「勝てなくね?」「アイツ終わったな」と周りの声。
モブの言う通りだ。辺戸ヶ崎のこの防御壁は魔法じゃない。異世界技能だ。
どうすりゃいいんだよ・・・。
参った。
その時だった。突如、俺たちを囲う観衆にひび割れが出来る。猛スピードで馬に乗った男が、俺たちの元へ走ったきた。
あれは・・・自警団!!!
「貴様らぁッ!何をしている!」
赤い羽飾りの帽子。それを被っている人間は自警団の証である。群衆は逃げ始める。
「チッ・・・」辺戸ヶ崎は明らかに戦意を喪失したようだ。
辞めだ、とつぶやいて、その場を去ろうとする。
「貴様らぁーっ!」
その声を聞きながら、俺も群衆に紛れて逃げる。辺戸ヶ崎暗殺は失敗に終わった。まぁ、顔バレはせずに済んだから、まぁまだヨシとすべきなのだろうか。
・・・自警団め。
決闘の邪魔をしやがって。と誰もが思っている。俺もだ。
ただ、勝てそうになかったから、ありがとう、とも思った。
[6]
逃げ回って、気がつけば22時40分。黒いローブと傘は捨てた。
兵士姿の俺はただただ、歩いていた。
もう既に、異世界時間の半分は過ぎている。やはり、異世界時間は少ないと思う。3時間って仕事じゃあ、クソ長いのに。
俺は川沿いの草むらで、大の字になり寝転んだ。雲が流れている。白い曇。
・・・自然と涙が溢れてきた。
辺戸ヶ崎暗殺が失敗に終わったという事実。
それはつまり、憂鬱な月曜日は当たり前に訪れるということだ。
何もかもが雪崩れてくるかのように、自分が情けなくなってきた。
辺戸ヶ崎には異世界技能が発現しているということ。それが防御系のもので、現状で勝ち目がないという事。
しょうもない、暗殺計画を企てたこと。
また現実に戻るということ。
月曜日、またあの顔を見なければならない。仕事も終わってない。怒られる。怒鳴られる。
戦うチャンスがあれば、可能性はあったかもしれない。自警団。アイツらのせいか?
この異世界は、現実時間のように法律は整備されていない。治安は良くない。女性は出来るだけ、外に出ないようにしている。
警察はいない。
警察がいない代わりに、警察や、正義感のある人たちが立ち上がって、自警団が出来た。でも、法律が無いから、全ては曖昧だ。
自警団は裏では自治の押し付けなどと言われている。
勝手にルールを作って、勝手に取り締まる。さっきみたいな、決闘を邪魔しにくる。異世界に決闘罪など無いのに。
アイツらが・・・俺の異世界時間を邪魔している。
えっ?
そんな事を思った時、俺の視界・・・青い空を遮る様に、女の顔が見える。起き上がる。いや、青い空を遮ってはいない。
何故なら彼女は半透明だったからだ。
「君は?」
「・・・貴方達が望めば」
女の姿は薄い。
けれども現実味はある。
そもそも異世界という空間が非現実ではあるが、女の姿はさらに非現実的だ。
例えるならば、聖霊?幽霊?
そんな印象を受ける。
「俺たちが望めば?」
「・・・異世界時間は長くなる」
「え?」
「・・・そして、それが反転すれば、この世界が現実となる」
「どういうこと?」
「あなた達は、ふたつの世界、好きな方を選択出来る。あなた達の望みは、どっち?」
あなたの望みは、どっち?
問いかけられ、少し考える。
気がつくと彼女の姿は消えていた。
それは幻だったのだろうか。あまりにも現実が嫌で見えてしまった何かなのかもしれない。
俺はそのまま、川沿いの道を歩いていく。
特に変わった様子は無くて、もうすぐ現実への時間が近づいていた。
懐中時計を見る。
23時40分だ。
明日は、土曜日か。
何をしよう。
そして、日曜日だ。
それから、眠れない夜を越えて、月曜日。
仕事。仕事。見積。パワハラ。怒号。
嫌だ。終わりたくない。
どっち?
そんなの、異世界時間が長い方がいい。
俺はそう、望みながら、世界の輪郭が戻っていく様子を見ていた。
ここから始まるのは
異世界を望む者
異世界を拒む者
両者の戦い。
【Prologue 21時から異世界時間 おわり】