表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

Prologue 21時から異世界時間《1》

【Prologue 全7話】

  これは世界観の説明でしかない。

[1]


 鳴り響く怒号。

 心臓を掴まれる感覚。後頭部がじわじわする感覚。


「オイっ!アホレイジっ!いつになったら見積出来んだよ!ドアホがよ!」


 パーマのかかった中別の髪型。紫色のセンスのないネクタイ。社内の平均以下の身長。嫌味ったらしい顔。釣り上がる眉毛。


 辺戸へどがさきが俺を叱責すると、社内が静まり返る。

 誰も助けちゃくれない。

 これが俗に言うパワハラというやつだろうと、誰も助けちゃくれない。助けようがないのは分かるけど、まぁまぁ抑えて、的なこと、誰も言えないのかよ。


 いつになったら見積もりができる?


 そりゃあ、仕入れ先が見積をくれたら、だ。

 くれなきゃ、客には出せない。

 仕入れ先からの見積を元に、俺たちは客への見積を出している。

 そんなのもわからんのか、このパワハラ上司め!


 何が悔しいかって・・・。


 そんな気持ち悪いパワハラ野郎に逆らえない自分自身の弱さ。


 情けねぇ・・・。

 ただ、優しく、弁解するように言い返すしかない。


「いや・・・あの・・・ですから・・・辺戸ヶ崎課長にもメールいてれるとは思いますけど・・・その・・・仕入れ先からの回答がまだでして・・・はい」

 弁明する俺。

 課長への恐怖と、静まり返る社内。

 俺の発言に注目していることに、緊張し、声が震える。


「レイジィっ!てめえよ!催促の電話ぐらい入れたのか?あ?」

「すっ、すいません」

「そんなんだからダメなんだよテメェはよぉ!」

「はっ、はい・・・」

「今すぐ電話しろっ!」

「は、はいっ・・・」


 萎縮しながら、自席に座る。

 深呼吸をして、取引先に電話をかけてみる。向かいの席の事務の女の子は、モニタ越しの俺の視線に気が付いて、目線を逸らした。


『はい。アルファポリ物産ですが』

「もしもし、なろう物産営業部の天成あまなり零士れいじと申しますが・・・」


 担当者に代わってもらい見積の催促をする。

 催促される側の俺は、催促するのが不得意だ。

 

 担当者は、出来るだけ急ぐ、と言いながらも、言い訳のようにそれを繰り返した。


『ええ。急ぎますけど、まぁ、当社もね。19時までには帰らないと行けませんから』


 そんな事は分かっている。

 ある日を境に出来た法律。それがいつなのかは、分からない。


 全ての労働者は19時に完全に終業して、帰宅しなければならない。


 これは法律なのである。

 公共交通機関も止まるのだ。

 なんでこんな法律が出来たのか?


 21時から、異世界になるからだ。


 21時から、この世界は異世界になる。

 21時から0時まで。

 異世界になるのだ。


 昔の俺に言っても、信じないと思うけど。

 これは、現実であり、非現実なことだ。

 もうずっと前からそうだったかのように、俺たちは異世界のルールも脳みそに刻まれているし、そうやって生活が出来ている。


 21時から異世界時間アナザー・タイム


 そして、0時になれば、寝床に戻っている。

 現実の世界に戻っている。これが、知らぬ間に俺たちの世界常識になっていること。


 そして俺は・・・。

 今日こそ。

 着々と進めていた計画を実行しようと思っていた。


 今日。

 21時からの異世界時間で。

 パワハラクソ上司。

 辺戸ヶ崎をブッ殺してやる。



【Prologue 21時から異世界時間】



[2]



 18時30分に社内に響く完全終業のチャイム。


 皆、機械的な動作で仕事を辞める。

 パソコンは少しの余地を残して強制的にシャットダウン。皆が帰り支度を始めた。

 辺戸ヶ崎が離れた席から俺に語りかける。声、デケェよ。


「おい。レイジ。週明けに、途中でいいから見積を俺に見せろよ」

 今日は金曜日だ。月曜日の話をすんなよ!


「はい・・・」

 結局この日は、見積は出せなかった。

 憂鬱な気分を抱えたまま土日を消費するのは精神的に良くない。


 でも、社会人になって3年目、大体こんな感じだ。1日で、1週間で仕事が完結する事なんて、稀だ。


 まぁ、そんな事はどうでもいいか。


 辺戸ヶ崎よ。

 お前はもうすぐ終わるのだ。


 月曜日、お前は出社していないだろう・・・。

 お前は、数時間後・・・異世界時間で死ぬのだから。


 支度を済ませて、オフィスを出る。ビルのエレベーターを待つ。

 この時間帯は大混雑だ。15階建のビルなのにエレベーターは2つしかない。バカかよここの建物造ったやつは。やっとの思いで乗る。


 ぎゅうぎゅう詰めのエレベーターから解放されると、隣にいた女に声をかけられる。駅までは歩く方向が同じなので、仕方なく一緒に歩く。

 俺の向かいの席にいる事務の女だ。


「天成さん、今日も辺戸ヶ崎さんにこっ酷くやられてましたね・・・」半笑いで問いかける彼女。

 性格が悪いのか、それとも彼女なりの気遣いなのか、そこを見極めるまでの仲ではない。


「いや、催促しない俺も俺だし・・・」

 などと自己反省を述べておくが、失態と叱責は別の話だ。

 あのパワハラクソ上司め・・・。


「天成さんは、アナザーとかどうしてるんですか?」

 返答に困ったのか、彼女は話題を変えた。

「俺はそこらへんをプラプラしてる。高橋さんは?」

「私ですか?私はもちろん自宅待機ですよ」

「そうだよね・・・女の子は特にそうだ」

「あっ、でも、最近は男の人でも危ないみたいですよ」


 地下鉄駅に向けて、オフィス街を進んでいく。

 フランチャイズ店の看板が消灯していく。

 ビルは防犯上の理由で灯りはついているが、人がいないと、何故か暗く感じる。

 地下鉄駅の看板が見えてきた。


「男でも危ない?」

「知らないんですか?憂鬱連合ゆううつれんごう

「へ?何それ?」


「あとは、自分で調べてください。それじゃあ」

 そう言って彼女はウサギのように跳ねながら、去っていった。


 俺はそれを見届けるようにして、踵を返す。人混み。帰宅を急ぐ人の流れに逆らう。


 今日は家には帰らない。

 作戦決行の為に・・・。


 向かうは公園。

 辺戸ヶ崎の住む家の近く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ