深山
始発に揺られ
たどり着いた夜明け前の駅に一人
山にいだかれた駅舎の上には群青の空
宇宙へと続く深く澄んだ蒼
無人の改札は異世界への入り口のように
無機質な灯りに照らされている
ほんの少し明るさが見えた空に勇気づけられ
足を踏み出した
目指す祈りの場へと続くと信じ歩き続ける
片側一車線のアスファルトの道は私だけのもの
この道はどこに続くのだろう
黒い影を落とす山の奥深くに迷い込み
戻れないのではとさえ思える
明け切る前の山はただ静かだ
静寂と冷たい空気の中を
不安をかき消すようにひたすら歩き続けた
もう大丈夫だよと空が明るさを増していく
間違えたことに気づき始めたとき
湿り気を帯びた澄んだ空気の中に
艶やかな毛並でこちらを見つめる一頭の鹿
見つめ合い引き寄せられるように足を踏み出したとき
ギュンと一声鳴いて 純白の尻尾を見せ駆け去った
神聖な山のふところで出会ったそれは
神様の遣いのように凛としていた
あるいは
祈りの場をめざし間違えた道をただひたすらに歩き続けたご褒美に
顕われた山の神様の化身
心の中に柔らかな風が吹く
もう空は明るい
明け切った山は日常の姿を現し アスファルトの道を一台の車がゆく
遠回りしてしまった祈りの場へと続く道がそこにあった