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ファンタジー・ホラー作品集

イブの夜に~神の与え給うたった一度の奇跡~

作者: 香月よう子

 十二月。

 今日は、クリスマス・イブ。


 勤務先のスーパーの店頭で寒風に晒されながら、なんとか最後の一個のクリスマスケーキを売り切って、私はやっと仕事から解放された。


 でも、私にはイブの夜を一緒に祝う相手も家族もいない。

 美味しいケーキを買うお金もない。


 ないない尽くしのクリスマス。


 そんな仕事からの帰り、こみ上げてくる涙を流すまいと、街並みのイルミネーションをふと見上げたときだったのだ。

 頭上が渦巻くように光ったと思ったら、私の意識は一瞬にして飛んでいた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・



 気がつけば、レトロな昭和のような空間の中に居た。

 前方には大きな炬燵がある。

 そして、炬燵の中では、懐かしい亡くなった父が、いつものように新聞を読んでいた。


「お父さん!」


 思わずそう声をあげたが、父は気づいていない。

 そして、父の前には母が居た。

 やはり、生前、父とよく喧嘩していたように、父に背を向け立腹しているようだ。


「お父さん! お母さん!!」


 駆け寄っていこうとしたが、それができない。

 私の前は目には見えないガラスのようなもので遮られている。

 おかしい。

 そもそも、自分がどの時代、どこにいるかもわからない。


 すると、小さな子供が足下にまとわりついてきた。


「……ひっ!」


 私は一瞬、怖じ気づいた。

 その子は、目が盲目、鼻の穴が四つという異形いぎょうの顔の持ち主で、明らかに普通の人間ではない。

 言わば、物怪もののけの類だ。


 でも。

 この子は……。


 その時。

 どこかからか『声』が頭の中に聞こえてきた。


真優まゆさん、聞こえますか?』

「あなた、あなたは誰?! ここはどこなの?」


 それには答えず、『声』は言った。


『あなたは、ご自分の子を自身の手で殺めましたね』


 私は言葉が出なかった。


 優輝ゆうき……。

 可哀想な子。

 知的障害、運動歩行困難を伴う脳性まひ児。


 優輝の育児に心身共に疲れ果て、とうとうある日、私は幼いあの子に手をかけてしまった。

 私は服役し、夫の宗孝むねたかとも離婚。出所後は世間から隠れ息を潜めるように生活していた。

 数年前、最愛の父も母も逝ってしまい、たった一人の兄とは音信不通。

 今、私は孤独な人生の最終段階にいる。


『あなたにチャンスをあげましょう』

「チャンス?」

『あなたをもう一度、結婚前の時代に戻してあげます。ご主人と出逢い、結ばれ、また子供を授かるかは運命次第』

「どうして……。何故、そんなことができるの? ここはどこ?いつなの? あなたは誰?!」


 必死に叫んだ私の耳に、『声』が届いた。


『私はあなたの子孫になるはずだった存在です』

「子孫?!」

『そう。私は、あなたが殺めた子供。優輝が成長し、結婚して授かるはずだった子供たちの魂の代表です』

「優輝……。あの子が結婚……子供」


 俄かには信じられない。

 でも、もしそれが事実であれば、私はあの子の命のみならず、あの子の未来へと広がったであろう可能性まで奪ってしまった……。


 気がつけば、足下にまとわりついていた異形の子は、あの可愛かった優輝に姿を変えていた。


 愛しい……。

 誰より愛しかった優輝。


「ごめんね」


 何百回、何千回繰り返したかわからない言葉を、ボロボロ涙を零しながら私は呟いている。


『あなたは誰より苦しんだ。だからこれは、神が与え給うたった一度の奇跡です』


 ~お母さん。今度は無事に逢えるといいね~


 その言葉を確かに聞くと、レトロだった空間が煌びやかな近未来を感じさせる空間へと変化して、私の意識は次第に遠のいていった。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 十二月。

 今日は、クリスマス・イブ。


「おかあさーん。チキン!チキン! クリスマスケーキも早く食べようよ」


 八歳になる長男が、台所でせわしなく働いている私を急かす。


「ママ。サンタさん、優夏ゆうかの好きなお人形セット持ってきてくれるかな?」


 五歳の長女はまだまだサンタクロースの存在を信じている。


「あー、サンタさん! どうかどうかリカちゃんとドリームハウスをプレゼントしてください!」

「優夏。サンタなんていないよーだ」

「なんで? だって去年のクリスマス、ピアノを優夏にプレゼントしてくれたよ?」

「バカだなあ、それはおとうさんとおかあさんが……」

「おい。優輝ゆうき。そこまでだぞ」


 ソファに座っている夫の宗孝むねたかが優輝に向かって唇に人差し指を立てる。


「はい、みんな、お料理ができたから、テーブルに座って。……優輝。大丈夫? 気をつけて」

「平気だよ。おかあさん」


 優輝は、脊髄性小児麻痺による筋力の低下で、立ち座りが困難なのだ。

 介助が必要だが、それも、優輝の成長と共にやや快方に向かっている。


「「「「メリー・クリスマス!」」」」


 食卓で、家族四人の明るい声が揃う。


 今日は、クリスマス・イブ。

 約二千年前に奇跡が起きた夜。


 私には、ぼんやりとした記憶がある。

 それは前世ではないけれど、前世と言っていいようなものだ。

 私が宗孝と初めて出逢う前の記憶。

 そして……その先の記憶がぼんやりともやのような霧がかかって思い出せない。


 何か。

 何か私にも『奇跡』が起きたのだと思う。

 今の私の幸せは。

 本来なら到底享受できなかった幸福……。


 私はその正体のわからない、いや、きっと神が与え給うた奇跡に心から感謝して、今日も生きる。



お読み頂いた方、どうもありがとうございました(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)いや、こういうお話を書くのは初めてじゃないのかもしれないけど、香月様の新境地をみたような感触がありました。素晴らしい作品ですね。贖罪が物語の根底にある感じがしましたが、どこかしらに宗…
[良い点] 一度だけの奇跡。でも、主人公はきちんとその奇跡に感謝して頑張ってきたからこそ、今の幸福を得たのでしょうね。 ラストはクリスマス・イヴという奇跡の起きた日と主人公の日常とが重なり、とても深い…
[良い点] はああ~考えさせられるお話でした。 明るい声が揃い家族の食卓って本当いいですね! どんな家族にも幸せが訪れますように、とこの季節は特に思いますね! 読ませていただきありがとうございました!…
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