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2話

 どうぞ。

 春休みの午後、やることがそうあるわけでもなく、鏡をずっと見ていることもなかった。どんな変化が起こっても日常は続いていて、昨日やおとといや、一週間や一か月の単位でずっと動いている。


 俺がやろうとしていたことも、今日きちんと始まっていた。


「あ、カルヤ。ゲームって今日の正午からだったよね?」

「うん、『ナギノクイント』。始まってるみたいだよ」


 VRデバイスはもう買ってあって、個人認証も事前登録も済んでいる。ベータテスト時代から有志が集めていた情報をあえてほぼ確かめず、ぶっつけ本番でやろうと思っていた。姉には「ちゃんとやった方が賢くない?」と言われたが、“あえて”をやってみたい年頃なのだ。それでどうしようもなければキャラを作り直すのもいい、使えるなら使い続けるのもいいだろう。


「毛布、薄めのかけとこっか?」

「ん、トイレも済ませたし……そうだね」


 春休みの時期に、脚をほとんど露出しているとさすがに寒そうだ。昼食を食べて体も温まっているけど、このままVRゲームをやって体をほったらかしにしていると、風邪をひいてしまう気もする。


「ありがとう、姉ちゃん」

「あたしはいろいろ読むものあるし、静かな方がいいから」


 受験生である姉は、部屋では静かに読書していることが多い。飽きたらベッドに転がったり昼寝したりもしているので、どっちの時間が長いのかは分からない。俺も俺で、暇さえあればVRゲームばかりやっているから、姉の方がまともだろうとは思うが。


「いてらー」

「いってきます」




 枕と連動したチョーカーとバイザーを起動して、目を閉じる。一瞬のブゥンという音を経て、俺の意識はメタバース「NOVA」にいた。ふだんゲームばかり遊んでいる身からすると、巨額を投じて作られたこの空間も、単なるホーム画面だった。なんとかいうおおげさな正式名称も、とくに大した意味を感じない。


「……よし、ちゃんとインストールされてるな」


 最近のゲームは、ホーム画面にそれぞれのテーマを現した扉を作るのが習わしになっている。惑星を開拓するストーリーらしい『ナギノクイント』を始めるためには、アステロイドベルトみたいな遊歩道を渡って、星系図が書かれた扉を開ければいいのだ。サービス開始のタイムカウントがゼロになる瞬間に立ち会うと、鍵が開く音も聞こえるらしいが……現代の最高のぜいたくには、まだ立ち会ったことがなかった。


 扉をくぐると、そこは星の海だった。


『志願者番号125836、君の活動名を入力してくれ』


 中性的な機械音声に言われるまま、俺はいつも使っている「テンガラ」というキャラネームを入力して――思い直し、あれこれと迷ってから「ザクロ」と書き換えた。


『よし。「ザクロ」が活動名として了承された。意識アーカイブを転写する肉体のデザインについて、希望はあるか』

「あります」

『了解した。ボディーパレットを使って、草案を提出してくれ』

「わかりました」


 現実での俺の姿――絵に描いたような美少女の姿を投影させたが、そのままで遊んでいてはどんな危険があるか分かったものではない。肌の色をよく日焼けした浅黒いものに変えて、そこから灰色の髪に藍鉄色の瞳、涼しげな顔をした少女を作る。服装はボディースーツだった。表情でだいたいの印象が決まるらしいので、どんな顔だろうと見る人が見れば俺だと分かるだろう……ガワが変わっていれば、時間稼ぎはできる。さっそく決定ボタンを押して、全体図を送った。


『活動名「ザクロ」の出力体草案を受領した。ただちに意識体の姿に投影する。異常があると思われた場合は、あとから変更することも可能だ』

「ありがとう」


 たまには褐色肌に灰色ポニテの少女、なんていうイロモノも面白い。ジョブや武器なんかはどうだろう、と思ったタイミングで、ちょうどその説明がやってきた。


『では次に、ライヴギアの種別を選択してくれ。文面での説明が理解できない場合、口頭での説明も用意している』

「はい。あ、これが目玉システムの……」


 志願者――星の海に浮かぶ惑星を調査する役割を持つ者たちは、どうやらシステマチックに作り出されては送り出される、使い捨ての労働力らしい。初期装備として配れるものも上等ではなく、ワンセットの小さい武器だけであるようだ。


「紙に石に、水と骨と機械……?」

『そうだ』


 意識体の状態では、それぞれを手に取って振るうことも自由自在らしかった。現実にフィードバックされない状態だと、かなり無茶が利くのだろう。


 一本の骨を手に取ると、虚空から湧いて出た骨がからからと合体し、内側から光が漏れる不思議な大剣ができあがった。詳細を確認すると、心材やコア、彫り込みや被覆材なんかがそれぞれ別のものになっているらしい。五種類あるカテゴリでも、内訳はほとんど同じだった。


「これ、どうやって使うんですか?」

『手に持って振るうのがもっとも簡単な使い方だ。コアを分割して、本体と乗り物のように扱うこともできる。鎧のように身にまとうことや、何かをするための補助的な道具として使うこともあるだろう』


 カスタムして使え、ということらしい。試しにコアを三分割してそれぞれに心材をくっつけ、被覆材を足のように取り付けると、二体の骨蜘蛛と指揮棒ができあがった。


「ふーん……いいなぁ。悪だくみもできるけど、真っ当にも遊べる……」

『何を選ぶか、どのように使うかは君次第だ。ただし、ライヴギアの種類は出力体……先ほど決定した体と紐づけられるため、活動を開始したのちに変更することはできない』

「それぞれの注意点って、聞けますか?」

『了解した。紙は耐久度が低く、損耗が激しい。石は属性が偏りやすく、素材が集まりにくい。流体は一部保管が難しいものがあり、補給も難しい。骨は干渉を受けやすく、安定性に欠ける。機械は修復不能な部品があり、費用がかさむ』


 なるほど、と文字の説明と併せて読んだ俺は、それぞれの欠点を補う方法をすこし考えてから……種類を決めた。


「紙にします」

『了解した。これまでの事項で変更したい箇所はあるか』

「ほかの服ってありませんか?」

『機能は落ちるが、フィルムの種別はいくつか存在する』


 作業着以外で作業をするのか、という至極真っ当なご意見だった。とはいえ、見た目もブツものちのち変えるのに決まっている。初期装備を変えられるなら、フィルム(見た目)を変えておくのも悪くないだろう。いくつか見て、俺は若草色の着流しを選ぶことにした。


「紙を使うなら、やっぱ和風だよね……」

『情報を登録。出力ポイントでの初期状態を決定した』

「どうもありがとう。それじゃ、始めます」

『活動名「ザクロ」の活躍を期待している』


 球形のポッドに入った俺は、そのまま惑星へと撃ち出された。

 以前研究で取り上げた亜逸先生が、新作として富士見ファンタジア文庫刊『放課後はケンカ最強のギャルに連れこまれる生活 彼女たちに好かれて、俺も最強に!?』(R5/5/20 株式会社KADOKAWA)を刊行されたので読みました。作家性も出ているし全体的に洗練されていて、かなり面白かったです。七菜なな先生の新作がアレだったので「追ってもダメかな……」とか考えていたんですが、そんなことなかったですね。やっぱり自分の知っている範囲内を自分の知っている言葉で書かないとね。あらすじ・あとがきも良好。


 イラスト含め下着へのこだわりが増していてフェチとしての喜びもあり、最初に立ちはだかった絶望的な強敵を倒すというカタルシスも最高でした。弱者の反撃という何より心地よい展開にここまで説得力があるのも、きわめて現実的な話題の範疇で物語が組み上げられているからでしょうね。最後の「やるのか?」がたまらんな。


 私がこの作家さんの個性においてもっとも評価する「敵の有能さ」についても、組織内での情報共有や人数を把握したうえでの分断工作など、卑怯な作戦がてんこ盛りでしたね。ヘイトを稼いだ雑魚を一発で沈めたりいじめてた不良をワンパンしたり、アホほどタフでバカみたいに強い敵を得意技で……と、倒すときの爽快感にもすばらしい貢献をしています。そもそもの題材が人同士のケンカなので、人間に対する嗜虐性がいい感じに発散できて抑えられているのだと考えられます。あと武器の使い方、これもいい。


 確かMFの方からも不良モノというか『東リベ』だかの後追いは出てましたが、こっちはどうでしょう、メイン層への訴求力はどれほどあるんでしょうか。くせが少ない主人公は作家史上いちばんまともだと思いますし、とくに問題なくすらすらと読めるので、イラストが気に入った方はぜひ買ってみてください。タッチとオノマトペからして、もとからの活動範囲で知っている人もだいぶ多そう。絵師さんへのお布施代わり、またシコりたいときにもおすすめです。

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