17話
書き溜めがぁ!(悲鳴)
どうぞ。
夕飯が終わって、俺はさっさと部屋に引っ込んだ。いろいろと試したいことが多くて、思考がきちんとまとまっていない。ゲームの中で考えて、流れのままに試していく……俺が今までやってきた方法を、そのままやるつもりだった。
ログインすると、安宿の天井が目に入った。
「そうそう……食べ物を補給できるところ、探すんだった」
活動時間に応じた空腹度は、VRMMOにおける定番のシステムだ。料理というクラフト要素を入れるためでもあるし、「現実に準拠する体感覚を長時間損なわないこと」という条項に違反するからでもある。VR空間で異性になって性行為を行う、なんてことが規制されているのはそのためだ。
「効果が微妙そうなら、屋台で済ませてもいいかな……。手軽に作れたらいちばんいいんだけど」
今のところ、食材になりそうなモンスターも素材も見かけていない。宿泊料金は安いのに、思ったよりもしっかりしたキッチンがあるので、スキルと素材が揃えばなんとかなりそうだ。
今のところできそうなことは、ログアウトする前に手に入れた紙を、いつでも使える状態にしておくことくらいだろうか。例のテープはそのままでいいとして……“遠目の術”の方は、生えてきたスキル〈符術〉を伸ばすのにもよさそうだ。
「目を書いて、MPを注ぐ……だけか。ほんとにできた」
嘘だなどとは思っていなかったのだが、スキルとしてのハードルが低すぎて驚いた。もしかすると、あの店主さんに教えたのも一般人だったのかもしれない。買ったセットを使い切って、五十枚ものお札ができあがった。スキルレベルも瞬く間に5まで上がって、組み合わせの特技まで出てきている。
「思ったより、紙はいっぱい必要みたいだな」
コストパフォーマンス最優先に考えて紙を選んだつもりだったが、あれこれと手を出すとリソースが足りないのは、どのゲームでも同じらしい。最初から消耗品なのは分かっていたので、これも愛嬌だろう。消費する額よりも多く稼げばいいだけのことだ。
階段を下りて安宿を出た。PKの根城もあるせいか場末の印象が強かったが、建物のつくりは案外しっかりしていて、それが違法建築や浮浪者の流入を許してしまったようだった。大きな柱に寄りかかっているだけの小屋や、屋根のある場所に布団を敷いただけの住居もどきまである。
そういうクエストがないのか、あるいは怖がられているのか、志願者にすり寄ろうとするものは一人としていない。一回の素泊まりで安宿を引き払ってしまったが、単なる手続きミスだったあれも正しい判断だった気がしてきた。嗅覚でなんとか分からないかな、と空気の匂いをすんすん嗅いでみたが、あまりいい匂いはしない。
「ん……食べ物、ないのかな」
ほこりっぽい匂いとわずかな土の匂い、それに煙っぽい匂い。調理過程だとしても結果だとしても、口に入れて美味しいものではなさそうだった。どこを見ても屋台や料理店はないようなので、素直に建物の多い方、スタート地点近くへと進む。
徐々に街並みがきれいになり、NPCだけでなくプレイヤーも増え、ネトゲのコアタイムがしっかり始まった印象があった。初期配布の衣装には俺が思っていた以上にバリエーションがあったのか、ライヴギアに合わせたわけでもないらしい、いろいろな服装の人が歩いている。なかには、俺と同じ着流しの人もいた。
建物の無機質さが気になり始めたところで、キッチンカーが目に入った。何を売っているんだろうと見てみると、焼きおにぎりが並んでいる。
「お? 君って夕方の子だよね」
「え、はい。ザクロです」
ゴマみそとおかかの二種類をもらいつつ、「いやあ、強いなあ」とじろじろ見られていた。
「ベータのときから引き継げる特典もね、いろいろあるから……このキッチンカーもそうなんだよ。君はいなかったよね?」
「情報はほとんど集めてなくて。面白そうだったので、紙にしたんです」
「へぇ。紙はいろいろ大変だから、プレイ人口少なそうなんだよなあ……〈符術〉は取った? あれがあるとだいぶ違うよ」
「ご存知なんですね……。仕入れのときに教わりました」
一通り触ったよ、と笑う。
「機械が最強って情報を広めたやつは、大変なことになるだろうね。普通なら骨だよ」
「どういうことですか?」
「うーん……、君ならすぐに分かると思うよ。確実に」
「なんですか、意味深に」
はっきりと言うつもりはないらしく、お金だけ受け取って店主は「じゃあね」と笑った。不承不承ながら、俺は買った焼きおにぎりをベンチに座って食べる。
なんとなく予想はついているというか、キャラクリエイトのときに言われた「費用がかさむ」あたりだろう。コストを少しでも安くしようとして紙を使っているわけだが、機械のパーツが壊れたらいったいどうするのだろうか。
「あ、そうそう……ブレイブも売るんだった。身に行かないと」
お店で売るよりも、プレイヤー間での取引で売りさばく方が高額になりやすい。そこらへんで拾えるアイテムでも、いま出せる金額で売っていれば必要だからと買う人がいる……その「出せる金額」は、人によってまちまちだ。ほんのはした金でしか引き取ってもらえないようなアイテムでも、プレイヤーによっては天井知らずの値が付く貴重品である、なんてことは珍しくない。
俺は、案内図に書いてある「マーケット」に向かうことにした。
あちこちの本屋を巡っていると、やっぱり売れない本が出てきてますね。研究で追っていた作者さんがちらほら。『少年、私の弟子になってよ。』はアレ続くのか……まあ信者いそうだし、うん。というのは関係なく、今回はネトゲ用語について軽く触れておきます。
「コアタイム」
たくさんの人が同時接続できるゲームにおける、「人がいっぱい集まる時間」のこと。だいたい20時から24時あたりが一般的なコアタイムに該当し、金曜日など休日前はもうちょっと伸びることもある。野良パーティーを組みやすくなったり、プレイヤー間取引が活発化したりとメリットは多い……のだが、PCのスペックによっては「街に人が多すぎてろくに動けない」「みんなで戦ってるのに自分だけ止まる・落ちる」なんてことも。敷居が高いと人が増えないので、最近のネトゲなら推奨スペックは低いはず……たぶん。
ギルドやフレンド募集でもけっこう重要視される部分で、私のフレンドさんは夜にログインできないのでわりかし苦労している。ギルドやクランに加入するときは、コアタイムを把握して自分がログインする時間と合うようにした方がいい。だいたい募集要項に書いてあるので、やり方と合わない・時間が合わないところには行かないこと。全チャで「追放された!!」とか叫ぶイカレ(冗談ではなく実在する。今もいる)みたいにならないようにしよう。
VRゲームものでもほぼ触れられることのない要素だが、じゃあ「時間帯合わないってー」「仕事です」「大会あるんだよね」などとフルボッコ食らう帰宅部が見たいかと言われれば違うので、別に知らなくても問題ないかも。これを新しい仲間の見せ場にできるシャンフロはさすがの手腕である。作者のネトゲ経験をある程度把握できるが、「強い人がいないから手札が足りない」なんて作劇くらいにしか使えないのが痛い。




