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【短編版】神クラスの奴隷商人のハズが一人も売れません!

作者: だぶんぐる

いつか……連載するかもしれません……。

一先ず、『GC短い小説大賞』用の『このヒロイン実は……』をテーマに描いた作品です。

楽しんで頂けたら何よりです!


※連載版始めました! こちら読んで気に入られたら是非連載版も!

https://ncode.syosetu.com/n3539hy/

「ふざけるな! お前の所の奴隷なんて一人も買えるかよ!」


「ああ! お待ちを!」


また……売れなかった……。


僕の名前は、イレド。奴隷商人だ。

別に奴隷商人になりたくてなったわけじゃない。

僕にはそれしかギフトがなかったからなっただけだった。


ギフト。

この世界の人間の誰もが与えられる才能。

【戦士】や【魔法使い】、【料理人】や【商人】そう言った才能の事をギフトと呼び、その才能の中から向いているものやなりたいもの、もしくは、その中でもランクが高いものを選ぶのが普通だ。

ランクは、下がFから上はS。Sは世界を探してもほとんどいない。普通、DかEスタートくらいで修行してBになればいい位。Aになれば一流。Sは神と呼ばれる。


そして、大体、3~4つ程のギフトが与えられる。


だけど、僕はたった一つ。しかも、【奴隷商人】。


抗って、他の職業を目指してみたけどダメだった。他の職業に関する才能が微塵もなかった。


ギフトは大体、その人の人間性が現れると言われていて、そのせいで僕はかなりいじめられた。

なんてったって、たった一つのギフトが【奴隷商人】。しかも、Sランクなのだ。

奴隷商人の神となれるような人間性ってそりゃ友達になりたくないだろう。


だけど、僕はその道を選ぶしかなく、家も追い出された。


奴隷商人に弟子入りし、下働きをしていたのだが、『お前の育てた奴隷なんて売れない』と追い出された。

なけなしの手持ちの金と、師匠に連れて行けと言われた奴隷たちがどこからか手に入れてきた金で細々と奴隷商を営んでいるが、一向に売れない。


「はあ……神クラスの奴隷商人なんて嘘っぱちじゃないか……」

「どうされたのですか? イレド様」


僕のすぐ傍で鈴のような声が聞こえてくる。

近い。

耳元だ。息がかかってくすぐったいし、感じる湿度が変な気分にさせる。


「やめて、ヴィーナ」


紫髪で褐色肌のスレンダーな女性が妖艶な笑みを浮かべながら離れていく。


「興奮しましたか?」


彼女の名はヴィーナ。僕が初めて買って育てた奴隷だ。

彼女は、今、僕の秘書のような事をやってくれている。


奴隷に店の事をやらせているのかと他の奴隷商人に驚かれたが、人を雇う余裕がないのだ。

仕方ない。

しかも、彼女は有能で、僕の身の回りの事はほとんど彼女がやってくれている。

有能で美人だ。でも、売れない。


まあ、今、売れると僕がとても困るので、彼女は最後の手段にしている。


「したから、むしろやめて。これで僕が君を襲って子供でも出来たらどうするの」


身重の奴隷なんて売れるはずがない。


「あ、あの……! 望むところなんですが……!」


なんでだよ。


真っ赤になってヴィーナがぼそぼそ言っているが、意味が分からない。

一人も奴隷を売れない奴隷商の嫁になりたいなんて正気の沙汰じゃない。


ヴィーナはちょっとおかしいところがある。それが売れなかった原因かもしれない。

あとは……


「足……治せなくてごめんね。一人でも売れて、お金が入ったら治療費にでも回せたらと思っていたけど……」


ヴィーナは右足がない。出会った頃から。まあ、足だけでなく他もボロボロだった。

だから、安く売られていたのを僕が買い取った。

それから色んな治療を施したけれど、足だけは治せていない。


「いいんですよ。お気になさらないでください」


 優しく微笑んでくれる彼女を見ると本当に申し訳なくなる。

 何か言わなきゃと口を開こうとした瞬間、ウチのメイドをやってくれてる奴隷のキヤルがやってくる。


「ご主人様、スレイ様がお越しです」

「またか……」


 僕は溜息を吐きながら、声を溢してしまう。


「イレド様、私が……」

「いや、いいよ。アイツは僕が対応するから」


 そう言って僕は、スレイの元へと急ぐ。

 スレイは、屈強な男奴隷と妖艶な女奴隷に囲まれながら笑っていた。


「やあ、スレイ。今日はどうしたんだい? ウチの奴隷を買いに?」

「そんなわけねえだろ! 聞いたぞ! さっきも商人が文句を言いながらお前の所から出てきたって! そんなところの奴隷が俺の奴隷兵団に入れると思うなよ!」


 スレイは金色の髪を掻き上げながら大声でそんな事を言う。

 周りの奴隷達も自分たちの立ち位置に満足しているのであろう笑っている。


 スレイは、ギフト【騎士】のDランクを授かり、自身で奴隷を雇って奴隷兵団を率いてダンジョン攻略等を行っている。

 元々はスレイと僕は家同士が仲良く、僕達も仲が良かった。


 と、僕は思っていた。


 ギフトが明らかになるまでは。

 僕のギフトが明らかになり、僕が家を追い出されると、スレイは僕を執拗に馬鹿にし始めた。


 奴隷兵団なんて率いているのも、僕への当てつけなのかもしれない。

 スレイの奴隷兵団は、奴隷の身ではあるものの高ランクの冒険者で、彼ら自身もそれを誇りにしているし、スレイも度々それを自慢してきていた。

 きっとこう言いたいのだろう。


『お前の所の奴隷なんか要らない』と。


 スレイはニヤニヤと笑みを浮かべたまま、隣にゴツイ男の奴隷を置き僕に対し威嚇させ、女奴隷の身体をまさぐっている。

 本当に何をしにきたのだろうか。

 そう思っていると、スレイは手を挙げ奴隷達に指示を出し、口を開いた。


「今日は、そんな売れない奴隷商人イレドに奴隷をやろうと思ってな」


 そう言って連れてきたのは、身体が鱗だらけの女の子だった。

 歩くのも辛そうでふらふらし、肩で息をしている。


「……スレイ、この子は?」

「ウチの奴隷だよ。魔法が多少使えるらしいから買ってやったんだが、毒竜と戦った時に、毒か呪いにやられたみたいで使いものにならなくなってな。……やるよ。俺はもう要らないから。売る為の奴隷を買うのにも金が要るだろう? ただでくれてやるんだ。感謝しろ」


 上からの物言い。

 女の子は、要らないと言われ絶望に染まる。


「……分かった。じゃあ、この子はウチで引き取る。ありがとう」


 僕がそう言うと、スレイは心底愉快そうに顔を歪め嗤う。


「あっはっは! こんなヤツも引き取らなきゃいけないくらい追い詰められているのか!? 分かった分かった! じゃあ、今後もゴミが出来たら持ってきてやるよ! なあ! おい! 笑え!」


 スレイの周りの奴隷達が大声で笑っている。命じられてか、それとも自分の意思か。

 いずれにせよ、気分は良くない。


「あー笑った笑った。じゃあ、精々売れるようにがんばれよ。神クラスの売れない奴隷商人のイレド君」


 スレイが奴隷売買の手続きを手早く済ませ去って行く。

 といっても、今回は隷属契約の放棄だけなので、確認程度だ。

 あとは、ウチで再度隷属契約を結べばいい。


「さてと……ごめんね、ヴィーナ」

「かまいませんよ、イレド様」


 濡れた布を持って来たヴィーナが僕の隣に立っている。


「また、苦労をかけるね」

「大丈夫ですよ、私がなんとかしてみせますから」


 奴隷が一人も売れない奴隷商人に収入などない。

 それを、ヴィーナを中心とした奴隷達が頑張って稼いできてくれている。

 ヴィーナは家計をやりくりして、なんとかウチがやっていけるようにしてくれているのだ。

 本当にヴィーナには頭が上がらない。


「イレド様は、奴隷の事だけ考えて下さればいいのです」


 これがヴィーナの口癖だった。

 神クラスの奴隷商人のギフトしか持たない僕に出来ることはそれだけ。


 だから、今も僕が出来ることは……


「さて、と……この子、どうしようか……」


 僕がそう呟くと女の子は身体をびくりと震わせる。

 ヴィーナはそんな彼女を落ち着かせるようにゆっくり身体を拭いてあげながら、チェックをしていく。


「痣も多いし、やせ細って……どうやら、奴隷兵団の扱いはどこも同じようなもののようですね」


 聞いたところによると、奴隷兵団は、大体、精鋭と使い捨てに分けられるらしい。

 精鋭は、高い能力を有し、奴隷にしては良い暮らし。

 そして、使い捨ては、罠の生贄や肉壁にされるらしい。


 彼女は後者なのだろう。


「ですが、今、彼女が苦しんでいるのは……恐らく竜鱗病ですね」

「竜鱗病?」

「見ての通り、身体に竜の鱗が生える病なんですが、竜の鱗は生えてるだけで魔力を吸うので、持ち主の限界まで魔力を吸うのでしょう。それでここまでの状態になっているのではないかと」


 なるほど、彼女の身体は薄く緑に発光している。恐らくこれが魔力だろう。

 自然に魔力を持っていかれれば、当然弱る一方だ。


「さてと……」

「この子を、助けて下さるのですね」

「え? うん、当たり前じゃない?」


 ヴィーナがまたおかしな事を言う。

 ここで預かって、助けないという選択肢なんてあるわけないじゃないか。


「ふふ……ええ、そうですね。失礼いたしました」


 ヴィーナが笑っている。本当におかしな奴隷だ。こういう所さえなければ売れると思うんだけどな。

 まあ、彼女が売れると困るのは僕だけど。

 僕は、笑い続けるヴィーナに首を傾げながら、女の子と向き合う。

 彼女のぼさぼさの髪の隙間から見える青色の瞳は悲しそうに揺れていた。


「安心して、絶対に君を元気に、そして、売れるような奴隷にしてみせる……」

「む、むり、だよ……」


 その時初めて彼女が口を開いた。


「アクア、は……病気だから……捨てられた……もう、誰も買ってくれない……」


 彼女の名はアクアと言うらしい。彼女の美しい瞳に良く似合った名前だ。


「違うよ、アクア。それをなんとかするのが僕の、奴隷商人の役目なんだ。僕のスキルならできるはずだから……」

「でも……」

「それにね、君は可愛らしい女の子なんだからもっと自信を持っていいんだよ?」

「かわ……!?」


 真っ赤になった顔を隠すように俯くアクア。

 普通にアクアはかわいいと思う。そのかわいさは鱗なんかでは消せないくらいに。

 まあ、鱗は鱗でかわいいと思うし。


「おっほん! イレド様、出会って早々口説くなんていい度胸をしていますね」

「い、いや、そんなつもりは……」


 ヴィーナがジト目でこちらを見てくる。そんなに怒らなくても……。

 それに、こういう状況の奴隷に一番必要なのは、生きる希望と自分を認めることだ。

 ヴィーナの時だって、僕はいっぱい褒めてあげたのにな……。


「おほん! それより早く『視て』差し上げて下さい」


 ヴィーナに急かされながら、僕は顔を真っ赤にしているアクアの顔を覗き込む。


「ひゃっ!? あ、あの……あまり見ないで……気持ち悪いでしょ?」

「そんなことないよ。すっごくかわいい」

「かわわわ」

「おっほん!」


 ヴィーナさん、咳払い三度目。


 彼女的には僕が奴隷に手を出すんじゃないかと心配しているんだろう。お手付きになれば、それだけで価格は下がる。

 けど、僕は本人が望まない限りそんなことさせるつもりないんだけどなあ。

 早くしなさいというヴィーナの視線も怖いので、僕が使える神スキルの内の一つを発動させる。


「【奴隷神眼ドレイ・アイ】」


 僕はアクアの文字通り身体の隅々まで視る。

 このスキルは、奴隷の状態を詳細まで知ることが出来るスキルで、ステータスから状態、魔力の流れまで全て見通すことが出来る。奴隷限定だけど。


「どうですか? イレド様」

「うん……竜鱗病ってので間違いはないようだね。原因は、身体に埋め込まれた鱗みたい……。ヴィーナ、スコルを呼んでもらえる?」

「かしこまりました」


 ヴィーナは、スコルを呼びに向かう。

 その間、アクアと二人きり。アクアはずっともじもじしていた。


「大分、楽になったみたいだね」

「え? あ、そういえば……なんで……?」

「これだよ」


 僕は、自分の掌の中に、桃色の魔力球を作ってみせる。


「これは……?」

「これは僕の神スキルの内の一つ、【奴隷神実ドレイ・フルーツ】。分かりやすく言うと、魔力の塊だね。僕はこれで奴隷限定だけど、魔力を分け与えることが出来るんだ」


 そう言って、僕は、さっきは驚かないようにこっそり与えた魔力を、目に見えるようにお腹の中に押し込んであげる。


「んっ……!」


 アクアが色っぽい吐息を漏らす。無心だ、無心。


「すごい……身体がポカポカして、楽……それに……」

「それに?」

「……なんでもない、です。ありがとうございます」


 アクアはそう言ってプイと僕から視線を逸らす。

 奴隷と奴隷商人は信頼関係が一番だと僕は思うんだけど、先は長いかもしれない。


「なあに、イチャついてるんですか?」


 気付けば、ヴィーナが傍にいた。大丈夫、手は出していない。性的な意味では。


「イチャついてるわけじゃないよ。魔力譲渡していただけで」

「……私にも、してください」

「あとでね。それより、スコルは?」


 そんなやりとりをしていると、勢いよく扉が開かれ、彼女がやってくる。


「はっはっは! イレド君! 聞いたよ! 竜鱗病患者だって!? いやあ、本当に君の奴隷になって正解だよ! 退屈しない!」

「そうだよ、スコル。そして、原因は身体に埋め込まれた鱗だ。これを取り出してほしい。君なら出来るよね?」

「もう治療法まで分かっているのか! 鱗を取り除く? 愚問だな! 余裕だよ」


 彼女は、僕の奴隷、マッドサイエンティスト、スコル・ウォーカー。

 彼女のスキルを使えば鱗を取り出すことはできる。


「じゃあ、アクア……君の中にある悪いものをこのスコルが取り出してくれる。ちょっとアブナイ人だが、大丈夫。僕を信じてほしい」

「……うん、ご主人様を信じる」


 アクアが強い意志を持った瞳で頷いてくれる。


「はっはっは! もう堕としたのか流石ご主人様だ! よしよし! では、同胞の誕生を祝って、早速行こうか……イレド君、場所を教えてくれ」


 僕は【奴隷神眼ドレイ・アイ】によって見つけた鱗の位置を示す。


「そこから僕の人差し指一本分くらい奥に、ある……。危なそうなものは動かしておくよ」


 そう言って僕は左手で彼女の身体を触りながらもう一つのスキルを発動させる。


「スキル【奴隷神操ドレイブ・コントロール】」

「ふわああああ! な、なにこれ!? 身体の中が、く、ぅ……かき混ぜられてる!?」

「はっはっは! 心配するな! アクア君! これは異常者たる我らが主のスキル【奴隷神操ドレイブ・コントロール】! 自身の奴隷限定で、身体を操ることが出来るんだ」

「なに、その力……聞いたことない」

「はっはっは! 私達のご主人は異常だからね!」


 異常異常言うのやめて欲しい。僕だって、好きで奴隷商人になったわけじゃない。

 まあ、このスキルは色々と助かってはいるけれど。


「では……やろうか。スキル【切断】」


 真剣な目に変わったスコルは自身の右腕に魔力を送り、極薄の魔力の刃を作り出す。

 そして、すっとアクアの腹を一瞬で切り裂く。


「う……く……!」


 痛みなのか恐怖か声を漏らすアクア。

 うっすらと赤く滲んだその瞬間、僕はアクアの身体の中に手を伸ばし張り付いて離れようとしない鱗を引きはがして抜き出す。うん、アクアから竜鱗病が消えたみたいだ。


「ありがとう、スコル。後は……」


 僕はスコルに視線を送ると興奮した様子の彼女は両手を刃に変えて迫ってくる。

 その目は狂気と悲しみが入り混じっている。


「やっぱりなっちゃったか……スキル【奴隷神鎮ドレイ・アイス】。スコル、『落ち着け』」


 僕の言葉にスコルはふらりと身体を揺らすと、ハッと気づき頭を振る。


「……ああ、すまないね。イレド君助かったよ」

「それも覚悟の上だからね」

「い、今のは?」


 アクアが怯えながら顔だけこちらに向けて問いかけてくる。


「僕のスキルでスコルを落ち着かせたんだ。彼女は血に興奮するところがあってね」


 とある事件により血を見ると極度の興奮状態に陥ってしまうようになった彼女は医者の世界を追放される、はずだった。

 だけど、僕の力で彼女の衝動を抑えることが出来、それ以来彼女は僕の元で闇医師として働いている。いつか、自身でその衝動を乗り越えることが出来たなら彼女を買ってくれる人なんていくらでも現れるだろう。


「まあ、買われるなんて暫くはないだろうけどね。私も退屈させない君の元を離れたくはない」


 僕の心を読んだかのように、スコルがそんな事を言ってくる。

 スコルの知的探求心というか、好奇心は今、僕に向いているらしい。

 まあ、飽きたらちゃんと自立してくれることだろう。


「それより、アクア、調子はどう?」


 僕がそう聞くと、アクアは自分の腕や足を見て、不思議そうな顔をする。

 やがて自分のおなかをさすると、ぽろり、そんな音が聞こえてきそうな感じで、先ほどまで生えていたはずの鱗が落ちて行く。

 代わりに、そこには綺麗な肌があるだけだった。


 これで、ひとまず完了かな。


 アクアを見るとぽろぽろと大粒の涙を流しながらこちらを見ていた。


「あ、ありがとうございます……わたし、わたし……」

「良かったね。ほら、泣かないで」

「はい……ご主人様……わたし、頑張る……から」


 そう言ってアクアは僕の胸に顔を埋める。そしてそのまま泣き疲れたのか寝てしまう。

 その様子を微笑みながら見ていたヴィーナが近づいてくる。


「アクアちゃんは、どうするおつもりですか?」

「ん~、まあ、いつも通り。ここで奴隷教育を施して売り出すよ。出来るだけ早く」

「それでいいのですね?」


 ヴィーナはこちらを真っ直ぐに見つめてくるが、僕は奴隷商人なんだ。不思議な事はない。


「大体、一人も奴隷を売れていない奴隷商人がこれ以上抱え込めないでしょ? 暫くの間だけは、ヴィーナ、申し訳ないけどうまくやってくれないかな」

「……かしこまりました」


 僕はヴィーナにアクアを預ける。ヴィーナと、呼ばれてやってきたキヤルにアクアは連れられて行く。

 僕は、明日からのアクアへの奴隷教育のプランを練り始める。


「スキル【奴隷神道ドレイブ・マップ】」


 頭に思い浮かんだアクアの育成計画の何パターンかを紙に書き記していく。


「相も変わらず、凄いスキルだね。奴隷の適正や能力、性格を分析し、理想の育成計画や指示書を作るとは」

「奴隷限定の能力だけどね。しかも、一人も売れない奴隷ばかり生み出す育成計画だよ」

「……その紙も、それなりに高価なんだけどね」

「え? 何か言った?」


 スコルが何か言っていたようだけど、このスキル発動中は、脳がフル起動していて他に意識が回せない。なんてったって、奴隷を育てるための重要な計画だから全力だ。


「いーや、なんでも。それより、私は、ポーションつくりでもやってくるよ」

「すまないな、みんなには苦労をかける」


 スコルは、薬師のギフトも持っている為、ポーションを作って生活費を稼いでくれている。

 そして、そのポーションの材料も他の奴隷が取ってきてくれている。


「いいさ。私達は、君の奴隷なんだからね」


 そういいながら、スコルは部屋を後にする。

 ……うん、早く一人でも売って、お金を稼がないと。


「その為には、アクアも立派な奴隷に育てないとな」


 僕は再び【奴隷神道ドレイブ・マップ】を使い、彼女の未来を描き始めた。


 そして、一週間ほど経って、アクアが本調子になり始め、ようやくアクアの奴隷教育が始まる。


「じゃあ、アクア。君を立派な奴隷として育てていく」

「は、はい!」

「君は、僕が視たところ、戦闘能力が高い。だから、S級冒険者になって、ミリオンクラスの奴隷を目指そう」

「ええ!?」


 アクアが驚いている。別に不思議な事はないんだけど。

 どうやらアクアは、竜鱗病にかかったことで、普通の人の何十倍もの魔力を身体に溜めることが出来る上に、魔力で竜の鱗を生み出せるようになっていた。

 半竜人といえる身体になった彼女はとんでもない資質の持ち主と言えた。

 だから、不思議な事は何一つない。彼女なら、なれる。


「そ、そんなミリオンクラスの奴隷って、超高級奴隷じゃないですか!? そ、そんなの……」

「大丈夫大丈夫。ウチの奴隷はほぼミリオンクラスだから」

「はああああああ!?」


 アクアが驚いている。まあ、それもそうか。

 なんでミリオンクラスの奴隷が売れないのかって話だよね。

 まあ、僕のせいだ。だから、僕が頑張らなきゃいけない。


「アクア。僕、頑張るから、君の為に。だから、一緒に頑張ってくれないかな」

「い、い、いっしょに……わたしの……ために……? ふぁああ……。は、はい! わかりました! わたし、頑張ります! ご主人様の為に」


 アクアが、よほど気合が入ったのか顔を真っ赤にして、拳を握りしめている。


「君が、何不自由ない生活が出来るよう素晴らしい貰い手についてもらえるよう、僕もがんばるよ!」

「はい! ご主人様の為にがんばります!」


 アクアとかみ合ってない感じがする……。きっとまたヴィーナが何か入れ知恵したんだろう。後ろでヴィーナがうんうんと頷いているんだもん。

 まあ、いっか。目的は同じはず。


『高く買ってもらえる奴隷に』


 こうして僕とアクアの奴隷育成が始まった。


「アクア、まずは基礎体力からだ。これは、彼女に担当してもらう。リオ」

「はいよー、ご主人様~」


 僕の1.5倍はありそうな大柄なリオがやってくる。

 彼女は、僕の奴隷戦士として、奴隷が売れない間、僕の奴隷として冒険者の仕事をこなしてくれている。


「やあやあ、君がアクアちゃんだねー。リオだよ。よろしくー」


 アクアがビクッとする。そりゃそうだよね。いきなりこんな大きな女の子に呼ばれたらビックリするだろう。


「あ、あの……ご主人様……」

「アクア、彼女は君の師匠だ。しっかり教えてもらうんだ。それに、心配しないで。リオは、花一つ踏めない程の優しい女の子だ。まあ、敵は容赦なく潰すけど……」


 リオは、自身の銀のたてがみをいじりながら照れている。後半聞こえなかったのかな。


「も、もー、ご主人様ったら、ボ、ボクが、や、やさしいだなんてー」


 ただ、それは本当に事実だ。リオは獅子の獣人で、しかも、『戦士』の神クラスギフト、通称【武神】を持って生まれた。

 だけど、余りにもその強力すぎる力を操り切れず、人を殺めてしまった。


 そして、その罪の意識から自ら犯罪奴隷になったのだ。


 ただ、持ち前の正義感故に、非道な買い主に当たると、どんな制約で痛みを与えられても、殺してしまうので、最終的に買い手がいなくなってしまった。

 そして、僕の所にやってきた。


 僕の神ランクスキルで制約をかければ、リオの力を抑えることが出来たのだ。


 リオは、制約された力でなら何も怯えることなく花や人に触れることに感動し、泣いていた。

 それくらい優しい子だ。


「……だから、大丈夫。信じて」

「はい! ご主人様を信じます!」


 ん? そういう話だっけ? 

 まあ、いいや。なんでかリオとアクアが意気投合し始めたみたいだし、


「よーし! アクア! ミリオンクラスになって、ご主人様をお金持ちにしてみせるよー」

「はい! がんばります!」


 いや、僕は金持ちなんて高望みはしないから、君達が一人でも売れてくれればうれしいんだけど。

 ただ、僕の脳内で【奴隷神道】がその発言を止める。どうやら、彼女達に言わない方が良いらしい。けど、本当に怪我とかはしないでほしいだけどね。


 そんな僕の思いは届かなかったのか、リオとアクアの訓練はとてもハードだった。

 え? 初日からそんなにやる? 

 余りに必死の形相で、それだけ頑張ってくれる感動と、心配が入り混じる。


 訓練が終わった後、アクアが疲れ果てて倒れ込んでいる。


「おつかれさま、アクア」

「はぁ、はぁ、はい、ご主人様」


 僕はアクアに水筒を渡す。アクアはそれを飲み干すと、


「ありがとうございます。ご、ご主人様はご主人様なのに、こんなことまで……」

「君達が高く買ってもらえる奴隷にするのが僕の仕事だからね。この位なんでもないさ」

「あ、あのぅ……ご主人様」

「ん? なんだい? アクア」


 アクアは水筒で顔を隠しながら上目づかいでこちらを見てくる。


「わたし、立派な奴隷になりますね!」


 何と健気な子なんだろう! 絶対良い所に貰われるよう頑張らねば!


「ご主人様のお側にいるために!」


 あれ? そういう話だっけ? 

 けど、僕はそのアクアのキラキラした目を受けてまで反論することが出来ず曖昧に笑った。


「あっはっは! アクアは筋がいいからね! 直ぐにご主人様の護衛になれるよ! まあ、まだしばらくはボクのポジションだろうけど」

「ま、負けません!」


 いや、君達、目的をはき違えないでね。君達は立派な奴隷になって、買われていくのが大事なんだから。


 次の日、


「アクア、今日はね、魔法を勉強しよう。ウチでも珍しい魔法の使える奴隷、アリエラだよ」

「アリエラです。よろしくね、アクア」

「よ、よろしくお願いします!」


 アリエラは魔族だ。

 魔族ゆえに差別を受け、酷い環境で暮らしていた。

 彼女は僕の親友が見かねて連れて来た奴隷だった。

 魔族ではあるけれど、別にそれが問題あるとは思えない。だって、彼女はとても優秀で素晴らしい魔法使いだったから。


「アクア、今からワタシが魔法を教える。まず最初に覚えるのはご主人を治す回復魔法」

「はい! 絶対覚えます!」


 うんうん、奴隷が自分の主人を守ることはとっても大事だからね。

 それに、自分が怪我した時にも便利だ。


「ご主人様、怪我をしても大丈夫ですからね! ちゃんと覚えてアクアが治してみせます!」


 うん、僕を見て言ってるけど、僕は良いんだよ。奴隷商人であって、一時的な主従関係なんだからね。


「まだ、覚えてないのに言わないで。それにイレドを、ご主人を治せるのは一番優れた魔法使いって決まってるの」


 初めて聞いたんだけどそのルール。まあ、アクアがなんかやる気出したのでよしとしよう。

 そうして、アリエラによる魔法教室が始まった。


 アクアは持っている魔力量が多い為、魔力操作に苦戦していたけれど、みるみる成長していった。一つ魔法が出来るようになる度にこっちを向いて出来たアピールをしていたので、アリエラに怒られてた。

 でも、アリエラも、教えましたよアピールしてたよね。

 ウチの奴隷達は本当に優秀で、かわいい。




「女中のキヤル、です。宜しくお願いします」


 今日は、キヤルによる女中講座だ。

 キヤルは、働いていた屋敷で火事が起き、全身大やけどをし、捨てられた。

 道端で倒れている彼女を拾って、ウチの奴隷にした。

 全身包帯まみれの彼女は本当に気配りが凄くて、やさしい。その上、料理や掃除など女中技術は本当に素晴らしい。


「私の仕事は、いかに、あ、主様に笑顔で過ごしていただくか。それを常に考えながら働きます。その為に、命を賭けています」


 うん、キヤルは本当に一生懸命だ。もう少し肩の力を抜いてほしいくらい。

 

「キヤル、そんなに力を入れなくてもいいからね。僕は、キヤルのお陰で毎日快適に暮らせているし、感謝してるからね」


 ちょっと落ち着くように、頭を撫でながらそう言うと、キヤルは全身を震わせて、


「……はいっ! ありがとうございます! これからも私の全てを尽くし、全身全霊をもって、主様の生活を支えて見せます」


 あれ? 僕の話聞いてなかったのかな?


 キヤルがどんどん興奮していってる。それにつられてか、さっき自分の頭をさすっていたアクアも滅茶苦茶興奮している。何故?

 そうして、途轍もない勢いで始まった女中教育の最後、血走った目で僕の手を見てくる二人の求めるものが頭を撫でることだと気づいた自分を褒めたい気持ちでいっぱいだった。


 その後も、ウチの奴隷達による奴隷教育によりアクアはどんどん成長していった。

 正直、ウチの奴隷が優秀過ぎて、僕は簡単なアドバイスと、あとは、よくわからない頭撫で係に任命されていた。まあ、神ランクのせいか、頭撫でただけですごいみんなやる気になってくれたし、重要な仕事だと熱弁されたからいいんだけど。


 そして、ヴィーナのお墨付きも出て、アクアはイレド奴隷商の商品となった。

 だけど、


「はっはっは! イレド! 奴隷を買ってやろうか!? ちょうど使い捨ての方に空きが出来てな!」


 久しぶりの客は、スレイだった。相変わらず奴隷兵団を連れていた。

 友達いないのかな。


「スレイ……残念だけど、うちには使い捨ての奴隷なんて……」

「待て! お、おい! イレド! あの女はなんだ!?」


 スレイの指さす先に居たのは、アクアだった。


「え? スレイ、君、本気で言ってる……?」


 まあ確かに、鱗は取れたし、少しでも彼女の可愛さが映えるように、髪も整え、栄養のあるご飯を与えしっかり睡眠をとらせ肌艶もよくなった。服もヴィーナに任せ、出来るだけ良いものを着せている。

 けれど、元々彼女はそのくらいの美人さんな素質があった。

 だから、一目見れば彼女だって分かると思うんだけど……。


「よし! よし! 使い捨てはしない! あの女は俺の女にしてやろう! いくらだ!?」


 まあいっか! ちゃんと売れるんなら! やったね! アクア、君が評価されたんだ!

 アクアが不安そうな目で僕を見ている。大丈夫、ちゃんと買ってもらえるよう僕がんばるからね!


「ありがとうございます! 100万ゴールドです!」

「はあ?」


 スレイが間抜けな声を出している。なんで?

 だけど、そんな事を気にしている暇はない。大事な契約だ。逃すわけには!


「そして、お買い上げの際には注意事項が! まず、彼女にちゃんとした衣食住を与える事、そして、性行為に及ぶ場合は必ず同意があってからでお願いします。そして……必ずしあわせにしてあげてくださいね!」

「ちょ! ちょっと待て! なんだその契約は!? ふざけているのか!? まず! 金額が高すぎる! そして、そんな注意事項は呑めるか! たかが奴隷如きに!」


 は?


 今、コイツなんて言った? たかが奴隷如き?


「ウチのアクアを馬鹿にしたのか、てめえええええ!」

「ええええええええ!?」


 キレた。完全にキレた。

 こんなかわいいアクアがこんな破格で、しかも、たったこれだけの条件で買えるのにごねようというのか!?


「ウチのアクアは、超絶可愛くて、健気に戦ってくれて、魔法もいっぱい覚える頑張り屋さんなんだぞ! この金額でも泣く泣く下げたくらいなんだ! それをなんだ! 条件だって、飲めないなんて冷やかしかこのやろおおお!」


 僕がスレイに迫ると、額に血管を浮き上がらせて叫ぶ。


「きゃ、客に向かってなんだ、その態度はぁああ!?」


 ……あ、あ、あああ! またやってしまった!

 僕のせいで……。でも、この金額と条件は絶対だ。彼女を不幸にするわけにはいかない!


「ふ、ふざけやがって……俺の家の力があれば、こんな一人も売れねえ奴隷商なんて一瞬で潰せるんだからな!」

「まあまあ、落ち着いてください、お客様」

「あああん!? って、ふあっ!?」


 スレイがヴィーナを見て固まっている。

 そういえば、ヴィーナを見たのは初めてなんだっけ?


「な、な、なんだこの超絶美人は!? こいつも奴隷なのか!? いくらだ!?」

「1000万ゴールドです」

「ふっざけんなああああ! 国家予算かよ!」


 ふざけてない。彼女にはそれくらいの価値はある。あと、流石に国家予算まではいってない。

 ヴィーナは、僕の方を見て、満足そうにうんうんと頷くと、スレイの方を向き、


「では、こうしてはいかがでしょう? 私共、イレド様の奴隷よりも、お客様の奴隷が優れていれば、価格がおかしいと認め、そちらの言い値でという事で」


 それを聞くと、スレイは満足そうに嗤って頷く。


「……まあ、お前のような美人奴隷にそう言われれば仕方ないな。条件を飲もう。ただ、俺の奴隷は、戦闘用か夜伽用だ。……どっちで試す?」


 スレイの顔がいやらしくて気持ち悪い。そんなの戦闘一択に決まってる。

 スレイは、少し残念そうな顔をしながらも、隣のゴツイ男奴隷を前に出させる。


「コイツは、ウチの最強だ。ギフト戦士のBクラス奴隷だ。まあ、お前如き雑魚奴隷商人の奴隷になったのは可哀そうだし、手加減くらいはしてやろう」


 ゴツイ男奴隷は、へっへっへと笑いながらこちらを見ている。

 随分と余裕の様子だ。


「旦那ぁあ、あの小娘手に入れて、飽きたらオレに下さいよ」

「まあ、いいだろう。それまであの華奢な身体が持てばいいがな。というか、戦闘で壊すなよ」


 本当にアクアって気付いていないみたいだ。

 そのせいか、アクアが大分おかんむりだ。


「ごしゅじんさま、ぼっこぼこにしていいですか?」


 おかんむりだ。


「あ、う、うん……どうぞ」


 アクアは、ヴィーナがどこからか用立ててきた綺麗な短剣を何度もぶんぶん振りながら、前へと出て行く。怖い……。


 そして、二人が向かい合い、ヴィーナの合図で戦闘が始まる。


「はっはっはあ! まあ、旦那の命令だ。加減はしてやるから、ちょっとは楽しませ、ろぉおおおおおおおおおお!?」


 ゴツイ男奴隷のハンマーの一撃を、アクアがこともなげに短剣で受け止めている。

 ゴツイ男奴隷は、乾いた笑いを浮かべ後ずさりしていたが、頭を振り、再び構える。


「な、なるほど……それなりの力はあるみてえだな……! だが、速さはどうかな! そらそらそらそらそらそらそら! そら、そら……そ、そら……」


 男奴隷は、ハンマーを振り回し左右上下からアクアを狙う。

 だけど、その攻撃もアクアに振れることも出来ず空を切り、そのうち、体力切れか、肩で息をしながら、再び下がってしまう。


「もう終わり? じゃあ、わたしの番ね。加減は、してやらない。ごしゅじんさまを馬鹿にしたのは、絶対に許さない」


 そう言って、アクアは全身に竜の鱗を纏い、超スピードで男奴隷を殴り続けた。

 流石に、殺しては駄目だと思っていたらしい。短剣は既にしまってある。


「げ、ひゅ……ゆ、ゆるして……」

「許さない」


 男奴隷のお願いをあっさり切り捨て、アクアは最後の一撃とボディに回し蹴りを打ち込む。

 そして、ぶっ飛んだ男奴隷は、見事スレイの元に飛んでいき奴隷兵団も纏めて吹っ飛ばした。


「な、なんだぁあ、この滅茶苦茶なつよ……」

「お判りいただけましたでしょうか? では、買いますか? かいませんか?」


 ヴィーナが、スレイに詰め寄っている。

 スレイは、悔しそうに歯ぎしりをしながら、立ち上がり、


「こ、こんな所で買えるかあ! 帰るぞ!」


 そう言って、去って行ってしまう。

 また、売れなかった……。


「アクア、ごめんね……僕のせいで……僕が商売下手だから……」

「……は! い、いえ、しょの! えーと、あの……嬉しかったです」


 なんでえ!? 僕がいつも通り色々条件出したせいで売れなかったのに!?

 なんていい子なんだ! アクア!


「ご主人様、流石にあれに買われるのはアクアも不幸です。それに大丈夫ですよ」


 ヴィーナがアクアの背後から現れ、そう言ってくれる。


「もっともっとアクアは成長できます。そしたら、もっともっと価値が上がって……ねえ、アクア?」

「……あ! そうですね! もっともっと頑張ります!」


 アクアァアアア! なんていい子なんだ! 

 そうだね! もっと価値を高めればきっとわかってくれるさ!


「アクア! 僕頑張るよ! また、アクアの為の成長プランを練ってくる!」

「わ、わたしの為に……えへ、じゃなかった! あ、はい! でも、ごしゅじんさま無理はなさらずに!」


 アクアがそんな事をいってくれて、僕は背中を押された気分で気合を入れなおす。


「ねえ、アクア。ウチのご主人様は素晴らしい方でしょう?」

「はい! 神様のようです!」


 またまた。だったら、なんで奴隷が一人も売れないのさ。


「……リオ、アリエラ、ラブ、サジリーと一緒にまたクエストにいってらっしゃい。そして、ランクを上げて来なさい。そしたら、もっともっと価値上がって」

「もっともっと高級奴隷になってしまいますね。そしたら、ずっとご主人様と……」


 二人が何か話しているけど、大分離れてしまったのでちゃんとは聞こえなかった。

 でも、今は、アクアをもっと素晴らしい奴隷にする為に頑張らないと。


「ごしゅじんさまー! わたし、リオさん達と出稼ぎにいってきますねー!」


 アクアの声が聞こえる。うう、ごめんね。アクア。

 僕、君達が早く高く買ってもらえるようにもっと頑張るからね。




********




「すぅ……すぅ……」


 私は、机で奴隷の育成計画を立てたまま眠ってしまったイレド様を抱きしめながら多幸感に襲われていた。


「すぅーはぁー」

「ヴィーナ様……ズルいです……」


 傍らで、キヤルが恨めしそうに私を見ている。だけど、これだけは譲らない。

 イレド様の一番臭は私のものだ。


 イレド様の匂いを嗅ぐと、私はいつだって思い出す。

 あの出会いの日を。


 右足も失い、心も体もボロボロで死にかけていた私をイレド様は、抱きしめ治療魔法をかけながら、ずっと励ましてくれた。

 その時の、匂い、温もり、景色、全て、絶対に私は忘れない。

 あの日、イレド様の奴隷になったあの日の事を。絶対に。

 そして、あの日誓ったことも。


「さて、では、私は行きます。キヤル、イレド様のお世話任せましたよ」

「はい、ヴィーナ様に命じられた女中奴隷メイドレイとして、主様に快適に過ごしていただくために、命を賭けます」


 キヤルは、本当に良くやってくれている。

 家の事はほとんどキヤルに任せているが、どれもカンペキな仕事っぷりだ。


「そういえば、また、王城からキヤルに女中教育のお願いが来ていましたよ」

「またですか……イレド様の家を預かる身としては片時も離れたくはないのですが……まあ、アクアさんも育ってきましたし、恩を売っておくのも必要ですね。また、調整しておきます」


 キヤルは、ため息交じりにそんな事を言う。

 イレド様の前では、緊張で震えているこの子が、王族に対して何の感情も抱かないのは少し面白い。


「スコル……イレド様の毎日の健康診断、このあとお願いしますね」


 私がそう言うと、扉が開き、スコルがやってくる。


「ああ、君に命じられた医師奴隷ドレイシャとしての仕事はしっかり果たして見せるさ。イレド君には、病の一つもさせない」

「お願いしますね」


 二人にイレド様を任せ、外出の準備を始める。

 すると、ティアラさんがやってきます。


「よお、ヴィーナ。お出かけかいな?」

「ええ、どうやら、ギルドがお仕事出来ていないようなので、少し注意してこようかと」

「なんやて……? 旦那にバレたんか?」

「いえ、まだ大丈夫のはずです。ですが、今後またこのような事があれば……」

「潰すか」

「ええ、まあ、一先ずティアラさんは、このまま裏で商業ギルドを牛耳って頂ければ」


 ティアラさんは、腰に差していたソロバンというものをシャカシャカ鳴らしながら笑って、


「まかせとき。旦那の商人奴隷アキンドレイとして、きっちり稼いできたるわ」

「お願いしますね。ああ、そうそう。これをティアラさんにお売りしようかと」

「……! こ、これは……まさか、旦那の、し、し、下着……? お前、どえらいもん出してきよったな……!」

「どうしますか……?」


 金の天才である彼女もイレド様については馬鹿になる。

 イレド様の下着を前に、彼女は金貨袋を差し出し、


「ええい! もってけドロボー! まあ、どうせ、あんたの事や。全部ご主人の為に使うやろうし」


 その通り。私も馬鹿だ。イレド様馬鹿。

 このお金でイレド様の生活を完璧に彩ってみせよう。


 ステキな商談を終え、私は、冒険者ギルドに向かう。

 そこでは、あのスレイが、奴隷達を足蹴にしながら、酒を呑み、悪態を吐いていた。


「くそ! なんだ! あの店は! ふざけやがって……! ん? お前は……? も、もしかして……俺の奴隷になりに」


 バカが何か言ってます。あなたの奴隷なんて死んでもごめんです。

 私はその声を無視して受付へと向かう。受付は私に気付き直立不動で待ち構えていた。


「ギルドマスターを呼びなさい。一分以内に来ないと潰す。そう伝えなさい」

「は?」


 スレイとやらの間抜け声があげるよりも早く、受付が慌てて奥へと駆けて行く。

 そして、ギルドマスターがやってくる。四十二秒。命拾いしましたね。


「こ、こ、これはどうされました……ブライ……」

「ギルドマスター、契約は覚えていますね?」

「は、はい! それはもう!」

「言いなさい、今ここではっきりと皆に聞こえるように」


 私が圧をかけて睨みつけると、ギルドマスターは慌てて姿勢を正し叫ぶ。


「冒険者ギルドは、イレド奴隷商に不埒な輩が来ないよう、常時冒険者を警備に当たらせること! また、イレド奴隷商様の心的負荷をかけないよう決してイレド奴隷商の奴隷様達の仕事は口外しない事!」

「良く言えました。ですが、ここのゴミクズ冒険者が、イレド様にまた暴言を吐きました。これについてはどうお考えですか?」

「ゴミッ……!」


 ゴミが何か言っていますが、無視します。


「も、申し訳ありません! 冒険者には登録の際には、必ず説明しているのですが、しっかり聞いていなかったのかと……それに、スレイ様は、貴族の出身ですので……」

「関係ありますか?」

「いえ、その……!」

「分かりました。見せしめも必要でしょう。このゴミクズの家を潰します。調べたところ、碌な家でもないようですし」

「おいおいおい、随分な言い草だな、奴隷女!」


 ゴミクズが、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいます。

 不正の塊のゴミクズ貴族の家のゴミクズが何を言ってるんだか。


「何か?」

「何か、じゃねえ! さっきからゴミクズゴミクズと! なんて言い草だ! どうやら、立場の違いってのを分からせてやる必要があるようだなああ!」


 だから貴族は嫌いです。

 身分の違いを絶対だと思っている。奴隷には何をしてもいいと思っている。

 あの方とは全然違う。奴隷をちゃんと人として見て下さるあの方とは。


 ゴミクズは、自身の奴隷兵団に命じ私を囲み、襲わせてきます。


「やってしまっていなさい、忠実なるイレド様の奴隷達」

「「「「「はい」」」」」


 剣の一振り。それで、私の目の前の敵共が吹っ飛んでいきます。


護衛奴隷ガードレイ、リオ。ご主人様の覇道を邪魔する者は全部斬る」


 左の敵共は植物魔法によって拘束され動けなくなっていますね。


魔導奴隷ウィザードレイ、アリエラ。ご主人の敵は私の敵、消す」


 右の敵共は足や手を正確に射貫かれ戦闘不能に陥っています。素早く正確、いい仕事です。

 エルフとはいえ、目が見えない状態で風魔法と聴覚だけで獲物を逃がさないのは天才と言えるでしょう。


狩人奴隷カリュウドレイ、サジリー。主殿に害成すものはどこまでも追い詰めてやる」


 背後の敵共は、武器を破壊され、戦意を失ったようですね。

 流石、使い潰されボロボロにされながらも国崩しを行い、殺戮人形と呼ばれた古代兵器。


機械人形奴隷アンドロイドレイ、ラブ。主の敵、排除完了」


 そして、あのゴミクズには、あの子が……。


「ひ、ひいいいいいいいいいい! な、なんなんだ、お前は!」

「あなたに覚えてもらえなくていい。わたしはあの人の心にさえいられればそれでいい……。毒竜奴隷ヨルムンガンドレイ、アクア」


 身体中に毒が回り、のたうち回るゴミクズ。素晴らしい。

 イレド様にふさわしい、毒竜奴隷という存在の誕生です。


「さて。では、このゴミクズの家を潰しますか。ビスチェ」


 私が声を掛けると、雲に乗った人魚がやってきます。


「はいは~い、人魚奴隷マーメイドレイ、ビスチェ登場ですよ~」

「ビスチェ、聞いていたとは思いますが、このゴミクズの家を潰してきなさい」

「はいは~い、じゃあ、水の球で文字通り潰してくるわね~」


 そういって、ビスチェが雲を操り、空を飛んでいくと、十分後、大きな音と共に何かが崩れて行く音が聞こえます。まあ、最強の水魔法の使い手と呼ばれる彼女であればこのくらいは朝飯前でしょう。


「いいですね、ギルドマスター。これは見せしめです。イレド様に違和感を持たれぬ為の工作には、多少の事は目を瞑ります。ですが、度を越え、イレド様と私達の生活を侵すようなことがあれば……私達は、それを潰します。それが国であったとしても。必ず」

「は、はい! この度は誠に申し訳ありませんでした! 冒険者ギルド、商業ギルド、錬金術ギルド、皆々様のお陰で我々は生きていることを肝に銘じ、今後は絶対にこのような事はないよう致します!! イレド様の筆頭奴隷、嫁奴隷ブライドレイ、ヴィーナ様!」


 ギルドマスターの土下座、そして、周りの様子を確認し、私達は冒険者ギルドを後にします。

 まあ、暫くはイレド様に何かしようという愚か者は現れないでしょう。


 現れれば、潰す。

 それだけですが。


「アクア、よく出来ました。これで貴方も立派なイレド奴隷衆の一人です」

「あ、ありがとうございます! ね、姉さま達を見習って立派に勤めを果たして見せます!」


 アクアは、瞳を潤ませながら両こぶしを握り決意を見せます。

 そうですね、イレド様の奴隷になれたことを誇りに思って頑張ってください。


「ねーねー、ヴィーナ。ボクとアリエラは、力有り余ってるから、もう少し魔物狩ってくるよ。冒険者ギルドも弱っちい冒険者しかいないからさ。魔物が万が一にもご主人様襲わないように徹底的に潰しておくよ」

「分かりました。お願います。ビスチェは屋敷に戻り、引き続き、水の衣で家を守り続けてください」

「は~い、じゃあ、先帰ってるね~」


 自身の身体を浮かすほどの魔力雲を操りながらビスチェが帰っていきます。


「ラブ。イレド様に気付かれずに、屋敷の外壁にミスリルを混ぜ込む作業はどうなってますか?」

「……78パーセント程完了。三日以内には」

「その二日の間にイレド様に何かあったらどうします。ジェルの配下を使わせて、急ぎなさい」

「了解。ジェルの死霊兵が使えるならば、今日中に完成させる、主の為に」

「私も、ジェル殿の配下を借りるとしよう。屋敷を守る罠のレベルを上げたい」

「ええ、お願いしますね。サジリー」


 イレド様には、指一本触れさせない。私達以外の誰にも。

 屋敷に戻ると、イレド様は目を覚ましたようで、再び、私達の将来の計画を練って下さっていた。


「あ! おかえり! ヴィーナ、どこかに行っていたの?」

「……ええ、金銭を調達してまいりました。これで暫くは大丈夫かと」

「そっかあ、よかったぁあ、ごめんね、いつもいつも」

「いえ、大丈夫ですとも。イレド様は、私達奴隷の事だけ考えて下さっていればいいのです」


 そう。私達のことだけ。

 そうすれば、私達が、貴方を一生養ってみせる。

 何の苦労もなく、美味しいものを食べ、温かい寝床で、楽しく幸せに暮らせるように。私達が。


 その為に、出来ることは全てやってきた。


「うん! 僕、頑張るよ! みんなが高く買ってもらえるように」


 イレド様は、再び、私が用意してあげた最高級の紙に、私達の明るい未来を描いていく。


 ああ、なんという幸せ……!


「イレド様、私達が『高く買って欲しい』のは、貴方様だけですよ」


 何故、この方が『神クラス』の奴隷商人なのか。


 決まっている。この方が、神だからだ。


 私の神。


 誰よりも奴隷に優しく、奴隷を愛して下さる。奴隷の神なのだ。


 どこまでも高めてみせる。自分を。この方の一番お傍にいるために。

 自身でつけた嫁奴隷ブライドレイの名に恥じぬように。


 そして、何もかも不自由なく、それでいて、私達から離れられないように尽くす。


死霊奴隷アンデッドレイ、ジェル」


 私が呼ぶと、影から相変わらず不健康な白さの肌を持ったジェルが現れる。


「ふわ~い、なにカナ? ヴィーナ?」

「アクアの夜の技術は?」

「ああ……もうばっちり」

「よろしい。あと、ラブとサジリーに死霊兵アンデッドを貸してあげてください。イレド様の為です」

「それ言われちゃねえ。わかった。イレドちゃんの為に、貸しちゃうよ。パパにまたおねだりしよーっと」


死霊王が娘にアンデッドをおねだりされるとはシュールな絵ですね。

まあ、私としては夜、イレド様が寝ている間に働く人材が増えるので助かるだけですが。


「頑張りましょう。全てはご主人様の為に……」



**********


 夜。

 寝ようとした僕の所に、とても煽情的な恰好をしたアクアとヴィーナが。


「えーと……アクア、もしかしてだけど、ジェルに教わったのかな?」

「はい! なので、ごしゅじんさまに、練習台を、お願いしたく」


 ジェルもウチの奴隷だ。奴隷は奴隷なんだけど……その、夜の奴隷なのだ。

 娼館で働かせられていたのだけど、奴隷の環境は酷く使い物にならなくなって捨てられた。

 そして、それを僕が拾って……のパターンだった。

 そして、ジェルも元気になったのは良かったのだけど……ジェルは、性行為そのものに嫌悪感はなく、いや、むしろ積極的で……彼女は自身の技術を他の奴隷たちに教えて込んでいるのだ。そして、その練習台となるのが……僕だ。


「なんで誰も止めなかったんだ!?」

「だって、奴隷ですから。こういう言い方はアレですが、学んでおくべきことです」


 ヴィーナの言う事は分かる。奴隷というのはそういう役割があるのも分かる。

 けれど、ウチでは取り扱っていないとはっきり言ってるんだけど!


「まあまあ、いいじゃないですか。アクアだってお年頃です。そういう事にも興味はありますし。それにイレド様なら、一線を越えないようにするのでしょう?」


 勿論だ。そういう事は愛する人と行って欲しい。


「ごしゅじんさま、だめ、ですか……?」


 顔を赤らめながら聞いてくるアクア。いやいやいや!


「でも、イレド様が相手しないとなると、この屋敷には男がいませんし、他の所で求めれば、一線を越えてしまうかもしれませんよ。……いかがいたします?」


 ヴィーナが妖しく微笑みながら僕を見つめる。これはもう……退路がないヤツじゃないか!


「わかったよ! もう! どんとこい!」


 その夜、僕の叫び声が屋敷に響き渡ったのであった。

 ああ、奴隷を一人も売ることの出来ない奴隷商人が自分の大切な奴隷と何やってんだかぁあ……!


「あ、イレド様。イレド様のスキル奴隷神吸(ドレイン)で、力吸ってくださいね。アクアと私から」


 分かってるよ!

 少しでも奴隷商人としてのレベルを高めて、君たちをもっともっと素晴らしい奴隷にしてみせるから!




 この物語は、後に【奴隷の神(ゴッドレイ)】と呼ばれる男が、十二人の奴隷女神ヴィーナスレイブと言う名の女奴隷達に支えられ騙され唆され、そして、愛し、奴隷の国を作り上げた成り上がりの物語である。


お読みくださりありがとうございます。


※連載版始めました! こちら読んで気に入られたら是非連載版も!

https://ncode.syosetu.com/n3539hy/


また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


是非、作者お気に入り登録をして、他の作品もお読みくださるとうれしいです!


少しでも面白い、連載で読みたい! と思って頂けたなら有難いです……。


よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しく、腰の低かった主人公が、「ウチのアクアを馬鹿にしたのか、てめえええええ!」って激怒するところ、大好きです♪
[良い点] 短編にしては多い文章量ですが、飽きることなく読めて内容も凄く面白い。 [一言] 話の中に出てくる、2つ名のルビの当て字がアクセントになっていてクスっと笑ってしまいました。 短編集的なもので…
[一言] 話は面白かったと思います。 ただ、それ以上にルビ振りのインパクトが初め強過ぎて内容が頭に入ってこなかったけど…
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