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夜桜橋

作者: 藤泉都理

【渡し】




 夜桜を見上げる姿と。

 満月を背に佇む姿と。

 小薙刀を構える姿がよく似合う彼女になら。

 祓われても本望だと思ったけれど。 




『私は師匠と共に導き教える立場だから今のままじゃ言えないけど。もし。弟弟子が一人前になったなら。その刻は』




 どうして彼女が僕に胸の内を教えてくれたのかはわからないけれど。

 悪霊から助けてもらった恩を返す為にも。



 僕は彼女が想いを寄せる弟弟子が早く一人前になれるように、強くなって、弟弟子に祓ってもらうんだ。 






【済し】




 僕は強くなる為に霊界の重鎮、ベレー帽がよく似合うおじいさんの元へと浮遊しながら向かった。

 本当は鳥みたいに飛翔したかったけど、どうしてもふよふよとしか行けなかった。

 これもきっと僕が弱いせいだろう。


 強くなりたいんです。

 点々と浮いている霊に居場所を訊きながら、ようやく松に寝そべっていたおじいさんを見つけると、勢いよく頭を下げた。

 何の為に。

 おじいさんは寝そべったまま尋ねた。

 何の為に強くなりたいの。


(彼女の為に)


 本心だ。

 彼女の為に。

 だけど、彼女の為だけに、じゃない。




 この世に留まる霊のほとんどは、自分が成仏できない理由がわかっていない。

 生前のことをほとんど覚えていないからだ。

 覚えていたとしても断片的。

 きっと悔いていることがあるからだろうっていうのが、霊たちの考え。

 悔いていることが何か。

 どうにかなるさと流れに任せる人もいれば、思い出したい人もいて、思い出さずに早く成仏したいっていう人もいる。

 思い出したくて思い出せない霊。

 成仏したいのに成仏できない霊。

 祓い人に見つけてもらった人は叶えてもらえるけれど、そうじゃない霊が多い。

 苦しんで、苦しんで、苦しんで。

 悪霊になってしまい、霊を襲うのだ。




 想いを伝えたいと彼女は言った。

 弟弟子が一人前になったらって。

 目の前にいて、話せられるのは、この刻しかない。

 先延ばしにしてほしくない。

 一寸先は不可思議だから。

 生きている今でどうにかしてほしい。


 だけど、彼女は彼女自身と弟弟子のことを一生懸命考え抜いて、導き出した答えなんだと思うから。

 彼女の考えも尊重しつつ、彼女の好きって気持ちを早く伝えられるようにもしたい。


 後悔して、僕たちみたいに、この世に浮くだけの存在になってほしくない。


(まあ、彼女は浮くだけの存在にならないで、このおじいさんみたいに霊を手助けしそうだけど)


『ごめんね。いきなり変なことを話して。あはは。ちょっと、誰かに弱音を聞いてほしかったのかも』


 あなたはどうしたい。

 彼女に訊かれて答えられなかった僕に、彼女は身の内を告白した。

 弟弟子が一人前になったらって決めてはいるけど、今伝えなかったことを後悔しそうで怖いって。


『後悔しない生き方をしなさいって言われているんだけどね』


 彼女は笑ったけど、胸がグッと苦しくなった。


 彼女には笑っていてほしい。

 話したのはこんなにも短い時間だけれど。

 この短い時間に一生分が詰まっているんじゃないかって感覚で。

 強く、深く、濃く、僕に刻みつけられて。

 強く、強く、強く思ったんだ。




 強くなりたいのは何の為?

 そんなの決まっている。


「幸せになる為です!」

「えー。おっちゃん。淡々とした霊が好きだから君みたいに熱々とした霊はやだ」

「え!?」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまった。






【渉り】




 おじいさんから拒絶された僕は、彼女に出会う前の淡々とした自分を思い出しながら、必死に淡々とお願いしたら、おじいさんは首を縦に振ってくれた。

 ありがとうございます。

 飛び跳ねたい気持ちを必死に抑えて、淡々とお礼を述べた。

 修行の開始だ。






「早く成仏させてください」

「もう某に頼まないでくれませんかね」


 向日葵畑で手を振る姿が。

 太陽に向かって駆け走る姿が。

 片眼鏡を眼鏡拭きで拭う姿がよく似合う彼ならば。


 強くなった僕を辛うじて成仏させてくれるだろうと予想していたが、予想というのは大概外れるもの。

 修行時の僕に匹敵するくらいに一生懸命。それはもう形相を変えて彼は挑んだのだが、成仏はできなかった。

 強くなりすぎたかな。

 なんて嫌味を心中で言いながら、諦めないでくださいと迫った。


「僕はどうしても君に成仏させてほしいんです」

「姉弟子がいるので彼女を紹介しますよ」

「いいえ。姉弟子じゃだめなんです。君じゃないと」

「某では力不足です。あなたのような強い霊なら余計にね」

「一人前になりたくないんですか?」

「某はまだ中学三年生です。一人前なんて。まだまだ先ですよ」


 彼は片眼鏡の鼻パッドを摩りながら苦笑した。


「まあ。同じ中学三年生。しかも誕生日は某より後の姉弟子は一人前ですけど」

「同じ年。正確には彼女が年下だとしても、彼女が先に修行を始めた、とか?」

「そうですね。一週間早かったですね」

「一週間は大きな差ですよ」

「修行も一緒にしているのに、彼女はいつも涼しい顔で終わらせますが、某はいつも倒れ込む情けない姿を晒しています」

「一週間が大きかったんですね」

「もう下手な慰めは結構です」

「慰めじゃなくて本気で思っています」

「あなたがどう思おうが、某には関係ありません。諦めてください」

「じゃ。じゃあ、君はいつ諦めなくなるんですか?高校三年ですか?大学四年ですか?就職してからですか?」

「君に宣言する必要はないです」

「あります。僕は君に成仏させてほしいんですから」

「しつこいですね。どうして某にそこまで………なるほど。わかりました」

「え?」


(な、何だろう。いきなり無表情になって)


 思わず身構えてしまった僕を、彼は無表情のまま見上げた。


「霊だから。という理由だけで某は判断しません。強いあなたなら、意思疎通もきちんとできそうですし。だから、とりあえず。節度ある付き合いを重ねて行きましょうか?」

「え?」






【量り】




 節度ある付き合い。

 朝の登校時、パン屋で待ち合わせて一緒に学校へ行きながら会話。

 昼の休憩時間、給食がない中学校なので、屋上に行って家族手製の弁当、もしくは購買部、またはパン屋で買った物を食べながら会話。

 夕の下校時、一緒に学校から帰りながら会話をしてパン屋で別れる。


「という予定を立てたんだが、どうだろうか?」

「そんなことを言っている場合じゃないと思うんですけど!?」


 僕と彼は一緒に駆け走っていた。

 強くなったおかげで可能になった空中での駆け走り。

 何度経験しても感激が薄まることはないのだが、今は論外。

 駆け走りに必死で感激は薄まっている。けれど薄まっているだけ。なくなることはない。


(えーっとえーっと。何で駆け走っているんだっけ?)


 悪霊を見つけて。

 僕を護る為に彼が立ち向かって。

 片眼鏡を眼鏡拭きで拭いたら、ベレー帽がよく似合い僕のお師匠さんであるおじいさんが来てくれて。

 おじいさんが彼の協力霊(霊を成仏させたり、悪霊を祓ったりする時に祓い人に力を貸す霊)なのかと思ったら。

 眼鏡の拭き方がなっとらんってすごく怒りだして。

 おじいさんまで悪霊になっちゃって。

 見つけた悪霊とおじいさんが合体して。

 逃げているわけです。


「逃げているわけじゃない。あなたを安全に匿える結界に向かっているだけだよ」

「そこは君も安全に匿ってくれるんですか?」

「いや。あなただけだ」

「えええ!?」


 混乱する。とても。だって。

 悪いけど、彼がこの事態を解決できるなんて思えないからだ。


(こ。こうなったら僕が)


「なぜ急に立ち止まろうと考える?」

「君は心の中を読めるんですか?」

「いや。ただ、そう考えていると、あなたの顔を見ればわかっただけだ」


 わかりやすいよ。

 彼はこんな刻なのに笑う。

 強い人だ。

 強い人だ。

 僕もこんな刻なのに、胸が熱くなった。


 けれど。


「君は祓い人なんですよ」

「知っている」

「祓い人は悪霊のせいで怪我をしたり、ひどい時は、意識を失ったまま起きられなくなったりするんですよ」

「知っている」

「生きているのに」

「死んでいるからいなくなったって構わないと言いたいのかい?」

「言わないよ。僕。強くなったんだよ。強くなったんだ」

「悪霊と闘ったことはあるのかい?」

「ない」

「じゃあ。一緒に闘おうか」


 立ち止まった瞬間は、同じ。

 立ち向かった瞬間も。

 彼は片眼鏡を外して。

 僕は僕という霊力を掌に集めて。

 身体が小さくなったって構わない。

 消滅さえしなければ、僕は。

 彼を見た。

 彼は持っていた。

 片眼鏡を変化させた彼の武器を。

 竹の扇を。


「おじいさんと悪霊を分裂させる。あなたは悪霊にそのありったけの霊力をぶつけるんだ。ただしあなたは消えてはいけない。某はまだ節度ある付き合いを重ねていないのだから」


 彼は不敵に笑った。

 こんな刻なのに、胸が高鳴った。

 いや。こんな刻だからこそ、なのか。


 吊り橋効果。

 ふとその単語が頭を過った。


「おじいさんは某の協力霊だ。某が助けるよ。いつものように」

「え?」


 いつもの?

 ように?


 疑問符が頭の中いっぱいに埋め尽くす中、彼のかけ声に勢いよく押されるように、限界ぎりぎりまで霊力を掌に集めて、彼が悪霊とおじいさんを分裂させると、悪霊に向かって霊力玉を投げつけた。






【私し】




 悪霊を祓うのは得意だが、霊を成仏させるのは苦手だ。

 唇を尖らせた彼を見て、大丈夫だと、どうしてか思った。

 早く一人前になってもらわなくたって、大丈夫だって。


 無事におじいさんを元の霊に戻せて、悪霊を祓って、人型を保てなくなって球形になってしまった僕はお願いをした。

 駆けつけてくれた彼女と、おじいさんに来てくれてありがとうとお礼を言っていた彼に。


 成仏させてほしいと。


 協力霊にならないか。

 彼女も彼も言ってくれたけれど、丁重にお断りした。

 だって、こんな刻だって思ったんだ。

 こんなに温かくて、熱い気持ちが生まれて、離さずに持っている今が。

 成仏をする時だって。

 弱くなったせいかな。

 選択肢がこれしか思いつかない。


 彼は彼女を見た。

 彼女は彼を見た。

 彼が言った。

 彼女は返事をした。


 僕って惚れやすいやつだったんだ。

 一目惚れ。吊り橋効果。

 彼女も彼も好きだ。

 誰にも言わないけどね。


 ただ、


「ありがとう」


 僕は笑った。

 多分。ぜったい。

 顔をくしゃくしゃにさせて。

 多分。ぜったい。

 とびっきりの笑顔だった。


(どうか、二人が後悔しない道を)


 後悔はつきものだけど、願わずにはいられないんだ。











「あの。霊の成仏を手伝うのは、これっきりだから。もう手は出さないから」

「いいや」

「え?」

「可能ならば、これからも手を貸してくれないか。某はまだあなたみたいに一人で霊を成仏させてあげることができない。どうにか一人で。いや。某とおじいさんとだけでやってみたかった。だが。今は。あなたの力が必要だ」

「で、でも。私。あなた。言ったじゃない。小薙刀を振り回して怖いって。近寄りたくないって」

「何度謝罪してもしたりない。すまない。某は悔しかったんだ。同級生だが、某の方が年上であるにもかかわらず。あなたに敵わなかったことが。修行の期間が一週間短いことなど大した理由ではない。某にただ。いや。けれど。もう決めた。某はやはり祓い人を続けていきたい。一生。あなたは?」

「私も。私だって。一生。薙刀を使い続ける」

「ああ。某はこの扇を使って、おじいさんに協力してもらって」

「あのな。おっちゃんな」


 片眼鏡を眼鏡拭きで拭いていないのにやって来たおじいさんは、彼に引退宣言をした。

 おかげで。


「僕、成仏したはずなんだけど」

「すまない。協力霊は後継霊を指名することができるんだ。後継霊は成仏していようがいまいが関係なくとりあえず祓い人の元に連れて来られる。ただ、もう一度成仏させることもできる。どうする?」

「どうするって」


 僕は彼を見た。

 僕は彼女を見た。

 僕は笑った。

 やっぱり、顔をくしゃくしゃにさせて。

 だって。やっぱり。

 彼と彼女の傍にいたかったから。

 もう少しだけ。

 せめて。彼女が彼に告白するまで。

 いいや。彼が満足する形で成仏させてくれるまで。


「そんなの決まってるよ」




 君たちへの淡い恋心を持ったまま。


 もう少しだけ傍にいさせてほしい。






【亘り】




「片眼鏡を眼鏡拭きで拭く時だけ見せる冷然とした表情がね」

「小薙刀を構える時だけ見せる猛勇とした表情がね」

「料理をしている時の楽しそうな足踏みと表情がね」

「衣服のアイロンがけをしている時のやわらかい鼻歌と表情がね」

「勉強している時に鼻に小さな皺を作るところがね」

「勉強している時に前髪を少しいじる仕草がね」

「「素敵なところの一つなんだよね」」


 わかる。

 僕は心中でだけ激しく同意をしながら、表向きはほんわかと受け答えをする。

 僕の淡い恋心は知られるわけにはいかないんだから。


(でも。ああ。もう。君たち)


 素敵なところが多すぎだよ。

 叫びたくて、でも叫べなくて。

 代わりに空中で転び回りまくった。


((なんで/なぜあんなにあの子には素直に話せるんだろう?もしかして))


 首を傾げる彼女と彼の頬が、うっすらと赤らんでいることなんて知らない僕であった。












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