第一章 ~ 私の仕事? ~ (8)
公園。
そう、公園ですっ。
8
夜、月が綺麗だった。
雲一つない夜空に、淡く優しい月の明かりが地上を照らしている。
どこか、花の甘い香りが鼻をさする場所に立っていた。
そこは学校の近くにある公園。
ウサギのせいで熱っぽい体を冷やしたくて、公園に訪れていた。
冷たい風が心地よい。
公園はジョギングコースも備えた広い公園。淡い月を眺めながら、石畳を歩いていた。
今は何時だったか。
甘い香りに鼻を擦っていると、ふと疑念が強まった。
いつもなら夜遅くにも、ジョギングを楽しんでいる者の姿があったのだけれど、今日は歩いていても誰一人、すれ違うことはなかった。
ふと足が止まってしまう。
この公園は放課後、何度かくつろぎに来ていたのだけれど、そのときとは雰囲気が違う。
石畳を挟むように芝生が広がり、桜の木や、季節に合った花が綺麗に並んでいた。
それらは普段と同じなのだけれど、何かが違う。
「なんか、静かすぎないか?」
異変を口にしてしまい、周りに視線を配る。
静かである。まったくの無音は気味悪さがあった。それは風の音ですら響くほど、何も聞こえない。
公園の横は公道であり、車通りは多いはずなのに、車のエンジン音すらもなかった。
歩けば足音が大きく鳴る、人の気配がまったくなかった。
耳を圧迫する緊張感に、耳を押さえていたとき、どこかからか、音が聞こえてくる。
不気味な音に、心臓の奥底が震えていきそうで、身構えてしまう。
それは姿のない恐怖が忍び寄ってきそうで、挙動不審になっていた。
次第に大きくなっていく音。恐怖がノイズとなって近寄ってくる。不安で震える心臓の鼓動が重なり、不協和音となって。
「ーーけてっ」
足が竦んでいると、どこかからか途切れた声が届く。はっきりとは聞こえないけれど、緊迫した声であるのは伝わってくる。
瞬間、怯えが消え去り、勢いよく地面を蹴った。
声の主を探している間、やはり足音と自分の吐息以外は聞こえなかった。
「ーー助けてくれっ」
空耳だったのか、と眉をひそめていたとき、遠くから確かに男の声が届いた。
どこか聞き覚えのある声に、耳を澄ます。
「誰か、頼むっ。助けてっ」
切羽詰まった声が近づき、体を向けた先であった。
奥の茂みから、一人の男が勢いよく飛び出してきたのである。
「ーーえっ? 三上?」
「ーーお前、山下?」
茂みから現れたのは三上修吾。
三上は何かから逃げていたのか、表情から血の気が引いていて、肩を大きく揺らし、その場に倒れた。
「ちょっ、先生、なんで?」
緊迫した様子に、体が硬直しそうなのを鼓舞し、駆け寄る。
すると、血走った目で睨み、左腕をギュッと掴んできた。握り潰しそうなほどの力を込めて。
「山下、頼む。助けてくれ。なぁ、なんでもするから頼む」
よく見れば、三上の服には細かな草や土がついて汚れている。それほどまでに、焦っているのか。
そもそも、これほどまでに動揺している三上を見るのも珍しかった。普段は冷静さを崩さず、毅然と立ち振る舞っていたので。
「だから、何があったんですか?」
落ち着かせることもあり、ゆっくりと喋るけど、三上は激しくかぶりを振るだけで、耳を傾けようとしない。
それほどまでの恐怖と対峙してしまったのか。
「追われてんだよ、助けてくれ」
「追われてる?」
腕により力を込める三上の懇願に、頭によぎるものがあった。
ウサギの話によれば、標的は三上。
ならば、三上を追っているのはウサギ。
ウサギに疑いが強まると、三上の表情が青ざめ、急に辺りをキョロキョロと警戒し始めた。
「ーー先生?」
「ーー聞こえる、聞こえる」
声を震わせ、不可解なことを言い出す三上に、眉をひそめたときである。
奇妙な音が聞こえたのは。
耳を手で塞ぎ、身を屈めて怯える三上の横で首を伸ばし、意識を集中して耳を澄ました。
聞こえる。確かに何かが聞こえる。
風が鳴るほどに静かだった公園に、不釣り合いに思える音が届いてくる。
それはどこか鼻唄のようにも聞こえる。どこかで聞いたような声なのは気のせいか?
「なぁ、早く助けてくれよっ」
聞こえる?
何が聞こえます?