第一章 ~ 私の仕事? ~ (7)
さぁ、大切な話ですぞ。
楽しみですな。
7
落ち着け、まずは落ち着くべきである。
本音としては、完全にウサギの話を信じているわけではないけれど、風間のこともある。
感情に流されてウサギを責めるのは止めておこう。
胡座を組んで座り、気持ちを鎮めようと努めるのだけど、ウサギが踊っているので、心が落ち着かない。
「……三上の罪ってなんなんだよ」
うなだれながら、弱々しく聞いてしまう。
「ふむ。ずばり言おう。三上の罪は“脅迫”であります」
「ーー窮迫?」
思いもよらない答えに、声が上擦ってしまう。
「まぁ、私個人の見解としては、イケメン。これに勝る罪はない。と断言したいところでありますが」
ウサギは声を荒げると、写真をテーブルの上に叩きつけ、写真を何度も踏みつけていた。「ぬおっ」と唸り、怒りをぶつけながら。
それは僻みでしかない、とは黙って眺めていた。
「っと、失礼。取り乱してしまいました。私としたことが」
ゴホンッと咳払いをし、ウサギは写真を拾い上げてホコリを払う。
「人とは誰にでも苦手なものがありますよね。少年、あなたが数学や英語が苦手なように」
「まぁ、な」
「もちろん、少年の高校にも、数学が苦手な人物はほかにもいて、少なくありません。なかには次のテストどうしよう、単位落とすの危ないなぁ、と悩んでいる学生さんは少なくありません」
ウサギは頭を抱えて歩き回ったり、膝から崩れて座り、手を着いて嘆く素振りをした。人が苦しんでいるのを表しているのだろうけど、どう見てもコントの一部にしか見えない。
すると、ウサギは不意に立ち上がり、ポンポンと右手を上下に動かした。あたかも、絶望する者の肩を叩くみたいに。
「そこに、三上は告げるのです。「単位がほしいか」と。そして、悩む学生に対し、「ならお金を用意しなさい」と。この男は」
「……嘘だろ?」
「私の調査に抜かりはございません。すべて事実ですよ。どうです? 許すわけにはいかないでしょう、この男は」
「そんな、僕はそんなこと言われたことないぞ」
「それは少年が苦手としても、自力で回避できる実力の持ち主ですからですよ。対象者は追試にかかり、それでも危うい人物を狙っているので」
頭を抱えてしまう。自分のことを褒められているなかでも、疑念ばかりが強まってしまう。
「さぁ、楽しみはこれからですぞ、少年」
軽い頭痛に襲われていると、ウサギの楽しそうな明るい声が鼓膜に響く。
顔を上げると、ウサギがふざけたダンスを踊っていた。こいつのダンスのあとにはいいことがない。
不安が強まる。
「さて、今日の標的は決まっていますので、少年に選択肢がありません。それは非常に残念だ。そこで新たな選択肢を与えましょう」
「ーー選択肢?」
「ーーそう。何を使って三上を消すか、道具の選択です」
「消すって、お前、僕はそんなこと」
「大丈夫、大丈夫。執行は私が行いますので。では、まず一つ。王道たる刃物っ」
困惑するのをよそに、ウサギは声を荒げ、右手を突き上げた。すると右手にはサバイバルナイフが握られている。
「これを胸にズバッと。これは心臓の鼓動が一番感じられるかもしれません」
と、何度も刺す素振りをする。
「おっ、でもこれは血を浴びてしまいますね。ではこちらはどうでしょう」
と、一回転する。するとナイフを握っていた右手には、リボルバー式の拳銃が握られている。
「これでドンッと一発。気分は殺し屋。その孤高なる姿に心臓は高まるでしょう」
と両手で銃を構え、撃つ仕草をすると、こちらを見て首を傾げる。
「あれ? お気に召さない? なるほど。ではこちらはどうでしょう」
「ーーおわっ」
声がもれてしまい、目を剥いてしまう。
またくるりと体を回転させたウサギであったけれど、今度は右手に大きな鎌を握っていた。
しかも、今回はナイフや拳銃とは違い、ウサギの数倍大きな、人が持ちそうな鎌を手にしていた。
体に似つかない大きさに、ウサギは体を揺らし、「おっととと」と刃先をこちらの頭に落とそうとしてきたのである。
だから、驚きで声がもれ、恐怖で後退りしてしまう。すぐに扉に塞がれて止まるしかない。
「ーーと、失礼。では改めてこちらの武器。大鎌です。死神の必需品。もうこの刃先はたまりません。洗練された曲線美。まさに神の美しさ。これでスパーンッと一刀両断。どうでしょう」
そこで鎌の刃先を向けられる。
「って、さっさとそれを仕舞えっ」
「っと、失礼」
また手を叩くと鎌は消え、代わりにメガホンを握ると、ウサギはまたしても腰を振り始めた。
凶器から解放されて安堵していると、ウサギのふざけた姿に怒りが蘇ってくる。
「さぁ、どうする。決めよう。さぁ、あと一声ですよ、少年っ」
メガホンを叩いて訴えるウサギ。すぐにでも殴りたい。
「……お前が三上を? んなわけない。そんなふざけたこと」
「だから少年よ、私を見くびらないでもらえますかね」
腕を組み、強くかぶりを振っていると、バカにされて怒ったのか、ウサギは激しくテーブルをメガホンで叩き、声を荒げる。
どうも滑稽に見え、鼻で笑うと、ウサギは「うぬっ」と鼻を鳴らし、より乱暴にメガホンで叩いた。
「ーー私はーー」
「ーー知るかっ」
ここは無視だ。
無視するのが無難である。
なぜです?
なぜ、わからないのですか?