第一章 ~ 私の仕事? ~ (6)
何を言うのですか、少年っ。
それは間違っていますぞっ。
6
「ーーはいっ?」
静まった部屋に戸惑った声が響く。恐らく表情を読めるのならば、キョトンとしているのが適切だろう。
「いいから出て行けっ。お前みたいな奴に付き合ってられるかっ」
部屋の奥の窓を指差して怒鳴った。ウサギを睨みつけて。
「いや、いや、いや。ちょっと待ちたまえ、少年。それはダメでしょう」
手にしていたモップを放り投げ、慌てふためると、その場にクルクルと走り回っていた。
慌て騒ぐ姿が滑稽に見えてしまう。両手で耳を押さえたり、バタバタと上下に振り続けるのは、よほどウサギとしては堪えているようだ。
うろたえる姿に、強まっていた怒りがなぜか静まっていた。
「少年よ、それだけは止めておこう。もう私との間柄ではないか」
「何が間柄だ。お前が勝手に入り込んできただけだろっ」
「何を言うのかね。少年が選んだ者を、私が消す。これはもう素晴らしいコンビネーションではないか」
必死に訴えてくるウサギを、蔑んだ眼差しで迎え撃つと、またしても硬直してしまった。
ようやく、普通のぬいぐるみになったのか、と安堵して、強張っていた肩から力を抜いてうなだれた。
「何を言う。いいかね、よく聞くといい。少年が選んだ時点で、我々は一蓮托生であることを、忘れてはくれるなよぉ、おぉっ」
それまで固まっていたのに、急に顎を上げると、息を吹き返して短い腕を突く出して叫喚するウサギ。
悠然として腰に手を当てるウサギ。確実にこちらを蔑んで睨んでいる。
じっと目を合わすウサギ。こちらも負けじと目を逸らさないでいた。
一向に揺るがないウサギに根負けし、頬を緩めた。こちらの負けである。
安堵した様子で両手を広げるウサギ。表情が晴れ晴れとしていくのはわかってしまう。
「わかってくれたかね、少年」
嬉しさで飛びついてきそうな瞬間、ウサギの両耳を掴み、引き上げる。
「お? お? お? 少年、早まるな。私を始末しても意味はないぞ」
「うるさいっ。お前と一緒にするなっ」
大声を上げるウサギを一蹴し、左右に大きく揺らしてやった。ウサギは「ぬわっ」と悲鳴を上げながら、手足をバタバタとさせる。
必死になってわめくウサギに、多少は心が和んでくれ、ちょっと頬が緩んでしまう。
「わかった、わかった。では、これでどうだ? 新たな標的がいる。そいつを一緒に選ぼう。それで手を打とうじゃないか、少年」
「何がわかっただ。僕はそれが嫌だって言ってるんだ」
話を無視して進めようとするウサギを睨むと、ムカつく笑顔を浮かべる。
そして、また手をパンパンと叩いた。
「とはいえ、今回の標的はすでに決まっているのです。ずばり、こいつですっ」
またマジックをしたみたいに、ウサギの右手に一枚の写真が現れた。
まるで、隠し撮りをしたみたいな構図の、一人の男が写っている。
「……お前、これ?」
写真に写る人物を目の当たりにして、面喰らってしまう。
驚きで力が抜けると、すかさずウサギが手を押し退けて逃れ、床に体操選手みたく着地する。
不敵な笑みを浮かべながら、テーブルの上にすかさず上ると、手にしていた写真を掲げた。
「そう。何を隠そう、今度の標的は、少年が通う高校に勤める数学教師、三上修吾 であるっ」
騒ぐウサギを、怒鳴る気力すら奪われてしまった。
「これはなんという偶然。まさか二回も少年が通う高校に標的が現れるとは。これは学校が呪われているのか? いや、それとも少年の引きが強いのかぁ」
と、僕が黙っているのをいいことに、ウサギは調子に乗って大声を上げた。今度は黄色のメガホンを右手に持って。
三上 修吾。
印象としては、清廉潔白。人当たりがよく、大して悪い印象を抱くことはなかった。細身で背が高く、メガネをかけているからか、勉強はできても運動はできなさそうな印象で、それを男子生徒に茶化されても笑って受け止める人物で、女子からの人気も悪くなかった。
だからウサギの狙いがまったく掴めず、信じられずに無様に口を半開きにしていると、ウサギはお手上げ、と言いたげに溜め息をこぼして嘆き、肩を大きく揺らした。
「少年、青いですぞ。人を見た目だけで判断してはいけないぞ」
どうもバカにされているみたいだけど、心を読まれてしまい、唇を噛んでウサギを睨んだ。
「それじぁ……」
「三上修吾は罪多き人物ですぞ」
さぁ、お仕事の時間ですぞ。