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 第一章  ~  私の仕事?  ~  (5)

はっきり、言いましょう。

    私は消えませんよっ。

           5



 やはり、誰もが風間という人物について話題になることは一度もなかった。

 授業の始まりに点呼を取るとき、名前を呼ばれることも。

 ならば、どうして自分だけが存在をしっているのか、という疑問に押し潰されそうになりながら、ゆっくりと流れる時間に逆らえなかった。

 不安が背中に貼りつき、倒されそうになりながら家に帰り、着替えもせずにベッドに倒れてやろうと、部屋の扉を開けた瞬間、眉間にシワが寄る。

「……お前、いるのかよ」

 ウサギを見つけてしまい。

「よ。お疲れ、少年」

「……お前、消えてなかったのかよ。ったく」

 もう、動揺から臆するわけにはいかない。

 扉を閉め、深く息を吐き捨てると、腕を組んで悠然と立った。

「おい、おい、おい。私をどんな存在だと捉えているのかね。幽霊ではないぞ」

 まったく臆することなく話すウサギは、より腹立たしい。何より、ウサギの格好に。

 一体、こいつの周辺はどんな空間になっているのか疑いたくなる。

 ウサギはくつろいでいる。

 テーブルの上で正座し、お茶? を飲んでいたのである。

 テーブルをなんだと思っているのか。いや、それよりも手にしているのは湯呑み。どこからそんなものを。

 まるで、老人が縁側でお茶をまどろむような姿が腹立たしい。

「私も正直、今日は疲れましたので、休ませていただけると嬉しいのですけれどね」

「何を言っているんだ。お前が何をしたって言うんだよ」

「朝に言ったではないですか。私は狩人。罪多き者を消すのが仕事であると」

「消すって、あれは冗談だろ」

「まさか。私は本気で言いましたよ。今回は初回ということで、最速でさせていただきましたよ」

 お茶を飲み終えたのか、ウサギは立ち上がり、両手を広げて悠然と背伸びをしてみせた。

「いやぁ。登校中に追いかけるのも大変でしたよ。やっぱり、狩りは夜にじっくりとするべきですねぇ」

「……登校中?」

 今度は体操でもしているのか、手を左右に伸ばすウサギ。すると、頭に引っかかるものがあった。

「ーーお前、まさかっ」

「どうでした? 一人の人間が消えた世界というものは?」

 消えた存在。

 思い浮かぶのは風間という人物。

 急激に恐怖心が強まってしまい、声が上擦ってしまう。

 こちらの動揺を嘲笑うように、屈伸運動したウサギはベッドへダイブし、クネクネと泳ぐフリをして遊んでいた。

「ーーお前、なんで消したんだよ」

「それは愚問ですねぇ。“風間進”が消去に値する人物であったということです」

 息が詰まってしまった。“風間”という名前を聞いて、久しぶりに安堵する一方で、心が落ち着かない。

「風間という人物は、どうも人を見下す傾向の持ち主だったらしく、イジメの主犯でもありました。だからこそ、消したのです」

 仰向けになり、両手を天井に向けるウサギに声が詰まる。

 風間という人物を言い当てていた。

 彼が教師にバレないようにイジメをしているのは周知のことになっていた。

 それでいて、罪悪感を微塵にもみせず、自分が世界の中心だと傲慢な態度を取っていた。

 その姿に嫌悪感抱いていたので、敬遠していた。

 仮にウサギの言い分が正しいのなら、彼が消えたとしても、どこか爽快感に包まれてしまう。

 でも、信じたくないので、拳を強く握ってしまう。

「そもそも、彼を選んだのは少年、君なんだよ」

「はぁっ、なんで僕がっ」

「今朝、お見せしたじゃないですか、写真を。そこで選んでください、と」

 ウサギは体を横にして、頬杖を突きながら指摘する。

 声に導かれるように、今朝の出来事がうっすらと蘇ってくる。

 確かに今朝、騒がしいテンションで三枚の写真を出していた。時間に急かされ、はっきりと見ていなかったけど。

「……確かにあった…… あのとき、風間の写真が」

 そうだ。それでなんでこいつが、と不快になって一瞬だけど睨んだ。

 でも、それだけ。何も言ってなんかいない。

「もう、そのとき感じましたよ、風間に対する強い思いが」

「僕は何も言っていないじゃないか」

「いえ、いえ。私にはしっかりと届きましたよ。君の「こいつだ」というのは」

 ウサギはピョッンと立ち上がると、自分の体をギュッと抱きしめ、クネクネと体を捻らせていた。

「そんな。そんなの僕は関係ないじゃないかっ。勝手にお前がっ」

「大丈夫、大丈夫。気にすることはありません。元々、消していいとお達しがあったのですから」

「……じゃぁ、僕が人殺しの手助けを?」

 急激に寒気が襲い、背中を丸めてしまう。その場に立っていられず、ドサッとしゃがみ込んでしまう。

 無様な音を聞いたウサギは耳をピクッとさせ、動揺しているのを諭すように、両手を上下に動かしていた。

 ぬいぐるみだからこそ、表情は変わらず、赤い目で睨まれていると、怖さに襲われてしまう。

「そんなに気にしないでくだされ。そう、気楽にいきましょう」

 声を弾ませ、ウサギはピョッン、ピョッンと跳ねている。

 励ましているつもりでいるのか? バカバカしい。

 悔しいけれど、ふざけた動きを見ていると、恐怖が薄れていくのも事実である。

 そこでウサギの動きは止まる。

「では、改めて私はこの世にはびこる罪の存在を消していくことを仕事にしております」

「それって殺すってことか?」

「それは捉え方次第ですよ。罪を消すだけです」

 そこでまたどこから出したのか、柄の長いモップで、窓を拭く素振りをした。

「……出て行け……」

 どうにもバカにされていくようで、胸が苦しくなり、強くなるものがある。胸を掻きむしっていく怒りに、静かに声がこぼれる。

「ーー出て行けっ」

溜まっていた感情を一気に吐き出した。全身にまとっていた怒りをすべて。

「ーーはい?」

 ウサギの動きが止まる。表情がないはずなのに、間の抜けたように見えるのは、変な形で固まっているからなのかは無視しておこう。

「ここから、さっさと出て行けっ」

 いや、いや、いや。

   なぜ、そんなことを言うのですかっ。

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