第四章 ~ はぁ? 主? ~ (2)
今はダメなのですっ。
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牛の忠告を聞くことはない。ウサギを説得する義理もないので、無視することにした。
ただ、牛の言った、「今晩」という意味はわからず、ウサギに聞くこともしなかったけれど、「今晩」を指す時間になり、意図を理解した。
風が吹く公園の芝に、立ち竦んだ状態で目が覚めてしまい。
そこは人の気配がない、静寂した公園が領地であると。
「どこにいるんだよ、いるんだろ」
牛が呼んだのであれば、“影”に怯える必要もなく、大声で叫んだ。
周りが静かであるから、より声が通った。
声が木霊すると、ウサギの姿がないことに気づいた。
どこに行ったんだ、と舌打ちしていると、後ろからガサガサと騒がしく鳴った。
「少年、今はダメですっ」
茂みから出てきたウサギは一目散に駆け寄ってきて、足に飛びついた。
「何をやってるんだ、お前?」
どこか切羽詰まったウサギは、口に手を当て、耳をピンッと伸ばした。
まるで、「しっ」と黙れと言いたげに訴えていた。
わけがわからず、「はぁ?」と声が出そうになると、言葉が喉で詰まってしまう。
ウサギが小声でずっと訴えているけれど、耳に届かない。意識がウサギが逃げてきた奥を捉えて。
瞬間、記憶が恐怖を呼び起こしてしまった。
“影”が来る、と。
そこで気づいた。ウサギが「逃げろ」と訴えていることに。
息を呑む隙もなく、ウサギを掴んで茂みに身を隠した。
「さ、さ、さ、少年、今はにげーー」
やけに臆病になったウサギ。草陰から“影”の様子を伺っている横で、ウサギが騒ぐので、顔を地面に押しつけて黙らせた。
不思議なことに、“影”の様子を見守りたかった。それでも声が出るのを堪えるため、自分の口元を空いた手で押さえた。
息すらも堪え、身を屈めていると、やはり“影”が木々の影から姿を現した。
ただ、その様子に首を伸ばして頬を歪めた。
石畳に現れた“影”は背を丸めて、やはり獲物を探すように頭の部分が左右に動いている。手には今日も刀を持っていた。
必死に堪えていた息が声とともに、出そうになってしまう。「なんで?」と。
辺りの様子を伺う“影”の濃さが薄くなっていた。この前までは体全体を暗闇の色に染められめいたのだけれど、時折、風に雲が流れるように途切れ、影に覆われていた部分が見え隠れしていた。
特に両手の手首辺りは完全に晴れており、しっかりと人間の腕が見えていた。
“影”の正体は人間なのか、と強い疑問が体を突き動かし、前のめりに草陰から覗いていると、隙を突いて抜け出したウサギは必死に僕の腕を掴み、引っ張っていた。
ウサギの訴えを無視しながらも見守っていると、“影”の腕に何かがついているのを捉えた。
……あれは、痣?
それはとても小さいのだけれど、やけに鮮明に見えてしまった。
前回と今回との違いはなんなのか、と睨んでいると、さらに“影”に異変が訪れた。
ずっと背中を丸めていた“影”は急に背中を反らし、夜空を仰ぐようにすると、両手を左右に広げた。
何かの行動に身構えると、強風が全身に襲った。まるで“影”が獣みたく咆吼し、その勢いが風となって襲うように。
勢いに身を反らし、ややあって視線を戻したとき、思わず「ーーえっ?」と声が洩れた。
そこにいた“影”が忽然と姿を消していたのである。
慌てて首を伸ばし、辺りを見渡した。それでも“影”の姿はなく、風に飛ばされたみたいに消えていた。
胸を締めつけていた緊張感も晴れ、気のせいか風も軽くなった。
「……もう、いないのか?」
「……みたいですな」
恐る恐る呟くと、つられてウサギが草むらから顔を覗かせ、呟いた。
“影”がいないことを確認し、通路に出た。
頬に触れる風が優しかった。
「あれは、なんなんだ?」
「まったくであります。なんで、私ともあろう者が追われなければいけないのだ。まったく不愉快である」
ウサギは憤慨し、そばの草をバシバシと蹴っていた。気持ちを紛らわすのに。
そんなふざけた姿を横目に、“影”のいた場所を眺めて考えてしまう。
「夢のあとで襲われる。何か因果関係でもあるのか?」
「それにしても、あのブタ牛野郎は何をしているんだ。私を待たせるなどと。あいつが早く来ていれば、“影”に襲われることもなかったのに。今度会ったなら、あのブタ牛め……」
と、怒りの矛先をあの牛に変え、どこから出したのか、拳銃を空に向かって構え、手をバタバタと振っていた。
「そう言えばお前、あの“影”のことを知ってるのか?」
何気なく聞くと、ウサギは拳銃を仕舞い、ポンポンと体のホコリを払った。
「まさか、ここまで影響が出るとは、私も正直驚きです。そうですな、そろそろ少年にもーー」
「何をバカウサギが騒いでいるのだ、見苦しいっ」
どこか真剣な口調になったウサギを、別の声が遮ると、耳を垂らして表情を曇らせた。
すぐさま声の方に体を向けると、うしろの方に、青いぬいぐるみの牛が悠然と立っていた。
戸惑うのをよそに、体を反らして横暴な態度で近寄ってくる。
「何を偉そうに。呼んだのは貴様だろう。遅れて来るとは、何様だ。その間に私がどれだけ危険にさらされたと思っている。そこにひざまずいて謝れっ」
ウサギは怒鳴り、牛を指差すと謝罪を強要する。もちろん、牛は拒絶して笑い、歩みを止めない。
「ワシだって用事があるのだ。ワシと同じ場におれることにお前こそ、光栄だと敬う気持ちはないのか、バカウサギ」
ウサギと牛は距離を詰めると、頭を突き合わせ、押し問答を始めてしまった。
またバカみたいな戯れが始まるのか、と頭を抱えてしまった。
何が敬う、だ。




