第一章 ~ 私の仕事? ~ (1)
一つ、申したいことがある。
どうも、私が面倒な生き物みたいではないか。
とんでもない。
とんでもないぞ。
第一章
~ 私の仕事? ~
1
ずっと誰かに見られている。
朝起きたときから、そんな冷たい視線を肌に感じてしまい、不快感を全身にまとっていた。
「なんか、機嫌悪そうだな、今日は」
「腹でも壊したか、変な物を食べて」
「なんだそれ、その言い方は。僕をなんだと思ってるんだよ」
心配しているのか、茶化しているのかわからない言葉に、ぞんざいに吐くと、椅子に持たれた。
不機嫌を全面に出し、眉をひそめてやると、満足したのか、声をかけた二人に笑みがこぼれる。
「すぐに反論してくるってことは、問題ないよな」
隣の席で頬杖を突きながら、あくびをしたのは川口明。緊張感のまったくない姿に呆れていると、肩を回して体を解し、またあくびをした。
立っていると背が高く、威圧感のある奴なのだけれど、話しているとそんなことはない奴である。
「んで、お前もよくこんな短い時間にゲームしてるな。もう次のチャイム鳴るぞ?」
「ーーん? いや、いや、違う。ちょっと見てるだけだよ。俺だってバカじゃないし、時間は守るよ」
と右手でスマホをいじりながら、左手を振っているのは木元優太。
机に腰かけながら、ずっとスマホをいじっている。
「それで大志、お前はなんで機嫌が悪いんだよ」
「いや、別にイラついているわけじゃないんだよ。なんかさ、今日は朝からずっと誰かに見られている気がして、気持ちが悪いんだよね」
眉をひそめ、教室を見渡した。肌にへばりつく悪寒を払うべく、腕を擦りながら。
つられて明も辺りを見渡す。
「ただの気のせいじゃないのか?」
「だといいんだけどさ」
教室に変わった様子はもちろんない。いくつかのグループに分かれた生徒の話し声が賑やかに舞っているだけで。
「大丈夫、大丈夫。お前に
ストーカーするような変人はいないからさ」
「どういう意味だよ? なんか、腹立つ言い方にしか聞こえないんだけど」
どこか含みのある言葉に優太を睨むと、満面の笑みでガードされてしまった。
「ま、お前に魅力はあまりないってことかな」
そこに明が追い詰めて被せてきた。しそると優太は勝ち誇ったみたいにケタケタと笑い出してしまう。
憎らしくなり、手にしたスマホを奪ってやろうと右手を伸ばすと、簡単に避けられてしまい、右手が宙を握ってしまう。
さらに優太は嬉しそうに首を振る。
どうも、ずっとバカにされているみたいで落ち着かず、腕を組んで唸った。
「どうせ、お前の嫌いな数学と英語が続いているから、気分が乗らなかっただけだろ?」
優太を睨みつける姿に呆れた明は、そこで結論づけた。
「だといいんだけどさ」
「そうそう。考えすぎだって。俺はそんなこと考える暇すらないんだしさ」
「お前はスマホを見すぎだって言ってんの。よく飽きないよ、ほんと」
「だから、俺だって遊んでるわけじゃないんだって。今だって、バイトを探してるだけなんだからさ」
「ーーバイト?」
聞き直すと、笑っていた優太の表情が真剣になった。
「ーーそ。ちょっと欲しい物があってさ。それで探してたってわけ。でも意外とないんだよね。高校生となると」
「ま、学生だと時間も限られてくるからな」
「何がしたいのさ、お前は?」
「まぁ、なんでもいいんだけどね。時給が高ければ。それで楽なら言うことなし」
「なんだよ、それ」
「バカか」
身勝手な要望に、明と二人ですぐに突っ込んでやった。
「実はさ、あそこのコンビニで募集してたんだけど、あそこはさぁ……」
「あそこのコンビニ?」
そこで三人の表情が一気に曇ってしまう。急にゲリラ豪雨を浴びたみたいに唇を噛んで。
学校から歩いて十分ほどの距離にある大手のコンビニ。
距離的にも、品揃えからしても申し分ないのだけれど、ただ一つだけ問題があった。
「……クレーマー店か……」
ポツリと呟いた。
その店には、周りでは有名なクレーマーがいたのどある。文句の矛先は、その場にいた客にも飛び火するのが有名で、みんな嫌っていたのである。
「……あいつさえいなければ、めっちゃいい条件なんだけどさ……」
髪を掻きむしりながら悔しがる優太に、大げさに手刀を切ってやった。「ご愁傷さま」と。
すると、同調した明も手刀を切り、すぐに笑った。もちろん優太は釈然とせず、左手を大きく振り払い、「アホかっ」と騒いだ。
それを見て、また二人の笑い声が大きくなるなか、チャイムが鳴った。
しばらくふざけていると、教室の扉が開き、教師が入ってきた。
「ほら、早く座れよ」
席を立っている生徒に声をかけると、生徒は一斉に自分の席へと散っていく。明に優太も自分の席に戻った。
苦手な授業も重なって気分が優れないことが一日ずっと続いていた。
何度も教室を見渡してみても、誰かと目が合うことはなく、嬉しいのか寂しいのかは微妙であるけど。
でも続いていた。それも敵意や憎悪といった、冷たい視線ではないだけに、余計に気分が優れずにいた。
「ーーあ、もう誰かに拾われたんだな」
今日は大人しく家に帰り、奇妙な視線から逃れようと、素直に家に帰ろうとしていたとき、家の近所にあるゴミ捨て場に足がふと止まった。
ゴミの収集日ではなく、ゴミが捨てられていないブロック塀で区切られた小さな一角。そこに自然と足が止まり、ふと呟いてしまった。
今朝の登校の途中にも、足は止まったのである。
普段から、ルールを破って時折、収集日でもない日にゴミが捨てられていることもあった。今朝もそうであり、あるゴミが捨てられていたのであった。
「まぁ、そうだろうな」
きっと誰かが片づけたのだろう、と考えつつも、気になって足が止まってしまったのである。
今朝の出来事。
気にも留めていないことであったけれど、風呂に浸かっていると、唐突に思い出してしまった。
そう。あのゴミ捨て場に捨てられていたのが、先ほど悪夢みたいに踊っていたピンクのウサギであることを。
ブロック塀の隅に、座り込むように捨てられていたウサギ。少しホコリを被り、黒ずんでいた姿で、まるでこちらをじっと眺めているように捨てられていた。
それがあのウサギ?
「いや、いや、ないない」
風呂から上がり、部屋に戻ろうと、濡れた髪をタオルで吹きながら階段を上っていても、あり得ない憶測が消えてくれず、何度もかぶりを振って掻き消した。
「何を考えてんだか……」
バカげたことに寒気に襲われ、嘲笑してしまう。そのまま落ちそうになるほど重い頭を押さえ、部屋の扉を開いた。
疲れているだけ、と納得させて。
大きく溜め息をこぼし、部屋を見渡した瞬間、目を見開いてしまう。
「ーーよっ。スッキリしたかい、少年っ」
ピンクウサギの声が…… 響く。
ピンクのウサギが……。
……いた。
当然でしょう。
私がいないわけ…… ないではないか。
うん。うん。