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 序  ~  これは夢である  ~

 ピンクウサギが喋る。

 その変な姿。

 それは夢であると信じたい……。

            序



      ~  これは夢である  ~



 これは夢である。

 絶対に夢である。そうでなければ、こんなことはあり得ないはずだ。

 なぜなら、目の前でウサギが踊っているのである。

 それも、ウサギは二本足で立ち、腰に手を当てて尻をフリフリと振りながら。

 それはもう腹立たしいほどの動きで。

 カワイイ? いやいや。そうではないのである。

 なぜなら、こいつは本物のウサギではない。ピンク色をしたウサギの“ぬいぐるみ”なのである。

 整理しよう。

 これは絶対に夢である。

 目の前で背丈が三十センチほどの、ピンク色のウサギの“ぬいぐるみ”(強調)が踊っているのだから。

 しかも、僕の部屋で。

 白を基調とした壁に面してベッドがあり、その前には木製のローテーブルがあり、その上でピンクウサギがふざけて踊っているのである。

 部屋に入った途端、そいつを目の当たりにしてしまうと、息が詰まってしまった。瞬きを何度も繰り返しても消えてくれないのだから。

 しかも幻聴なのか、ふざけた鼻唄交じりの声が舞っている。信じれるわけもないけど、ぬいぐるみから聞こえてしまう。

 頭を抱えてしまう。頭を強く打った覚えはないのだけど……。

「……なんなんだよ、これは……」

 誰かに問いかけたい願望が声に漏れていた。すると、声に反応するみたく、ぬいぐるみの動きがピタリと止まる。

 もう一度言っておきたい。これは夢である。動くはずのないぬいぐるみなのだから。

 願望は空しく、ピンクのウサギは振り返った。

 口は×印みたいに縫われているのに、まるで笑っているみたいに見えた。

 ダメだ。そんな非現実的なことは起こるなっ。

「おぉ、少年っ」

 いや、いや、いや、待て、待て、待て。

 いや、いや、いや何を言っている?

「何をそんなに驚いているのだ?」

 いや、止めろっ。平然と喋るなっ。

 信じたくないのに、つい手の平をウサギに見せて制止してしまった。すると、信じがたいことにウサギは黙ってしまう。

 考えろっ。

 ここは見慣れた自分の部屋である。そこになぜ、こんなふざけた奴がいるのだ?

 混乱から倒れそうで、ドンッと音を立てて扉にもたれてしまった。

 ここから逃げ出したい。

「どうなっているんだ、これは?」

「おぉ、おぉ悩め、悩め少年。悩むことはいいことだ。うん」

 こちらの混乱を嘲笑うように、ウサギは腕を組み頷く。

「はぁ? いや、はぁ?」

「うん、うん。いいねぇ、その困り顔。確か君は山下大志、十七才。高校二年。部活には入っていない帰宅部。クラスでもさほど目立ってはいないけど、それなりに高校生活を満喫していると。まぁ、もう少し背が伸びてくれれば、と願っている可愛い部分も持ち合わせていると。ふむふむ」

 ウサギは短くて丸い右手を顎に当てながら、淡々と呟いていく。

 いや、待て。なぜこちらのことを知っているのだ。一言もこんなふざけた奴に言った覚えはない。

 しかも憎らしいけど、言い当てられている。

 ウサギは笑った。動くはずもないのに。釣られて笑みを献上してやる。

 きっと疲れているんだ。今日一日、調子が悪かったんだ。そうだ、そうに違いない。

 ふむ。ちょっと風呂に入ろう。そこで気持ちを落ち着かせれば、この幻覚も消えてくれるはずだ。

 そうだ、そうに違いない。

「さて少年。君のことはこれぐらいで充分であろう」

「いや、短いだろっ」

 と、つい反応してしまった。何か軽くあしらわれるのが癇に障り、手を伸ばしてしまう。

 しまった、と後悔したときにはもう遅かった。ウサギはニヤリと笑う。

 それが憎らしく気持ちをえぐってくる。

「では、今度は私の出番ですね。そう、私は最強のウサギ。いや、ウサギではないっ」

 ウサギは両手を左右に大きく広げ、太陽の日でも浴びるように、また尻を振り出した。

 もう付き合っていられない。

 大きく溜め息をこぼして部屋を出た。

「おぅ、おぅ、おぅっ。ちょっと待ちたまえ、少年っ。まだ私は何も……」

「よしっ。うん。風呂だ風呂」



 疲れているんだ、今日はちょっと疲れている。

 疲れを取りたくて、湯船の温度を上げていく。ついつい上げすぎてしまい、額に大きな汗の粒が浮かんでいく。

 湯船の淵に頭を凭れさせ、気持ちよさに目を瞑った。そのまま睡魔を待っていたときである。不意に眉間にシワを寄せた。

 いつもならば、静かに浸っていたいのに、気分が乗らない。

「なんだったんだ、あのウサギは……」

 夢か幻覚なんだと押し込もうとしているのに、消えてくれない。むしろ、あの腹立たしいウサギのダンスが暗闇に浮かんでしまう。

 うなされるように奥歯を噛んでしまう。

 お願いだから、消えてくれ。

 と懇願して湯で顔を洗った。額に浮かんだ汗の粒は流れてくれたのに、爽快さはまったくない。むしろ不快感が強まってしまう。

 踊るウサギが消えてくれない。

 忌々しい姿から逃れようと、目蓋を開くと、また唇を強く噛んだ。

 風呂場の壁はピンクとまでではないけど、赤系の色でまとめられている。

 あのふざけたウサギを連想してしまう。

「……けど、あのウサギ、どこかで見た覚えがあるのだけど……」

 顎を擦りながら唸ってしまう。何か記憶のどこかからか、ウサギが大声で叫び、手招きをしているようで。

 でも確かに見覚えがある。そう遠くない日のこと。ほんの一瞬だったのかもしれないけれど。

 ふと湯気で曇った天井を眺めた。

「……そうだ。あれは今朝だったよな……」

 今回、ジャンルとしてはコメディーにしました。

 話を考え始めたとき、最初にぬいぐるみが喋り、その姿に呆れる光景でした。

そこでバカなことを言う奴に振り回されるのがいいのかな、と思い、そこから話を進めていきました。

 これからピンクウサギの言うことに振り回される姿を楽しんでいただけると、嬉しいです。

 よろしくお願いします。

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