第9章
新たに作られたマーサがマルスとゼムの訓練を受けている頃、川崎副司令は西郷とエドワーズにあることを伝えるために、第7艦隊へと向かう。喫緊に迫る、セレクターズの大攻勢に備えるためであった。
激しい剣戟を繰り広げていたマルスとマーサは、時間がきたので一斉に動きを止める。
「上達したね、マーサ。これなら、たいていの戦闘用ロボットは倒せると思うよ」
対人戦闘など、二人にとっては余裕で対処できるので、話題にもならない。
「でも・・・・」と、マーサは言いにくそうに、
「マルスは手加減してませんか。あたしと同等なんておかしいです」
「ぼくがフルパワーで戦ったら、マーサの訓練にならないし、そのあたりは手加減はしてるよ。でも、心配はいらない。基礎的な動きができていれば、後はマーサの能力が向上すれば自然に戦闘能力は上がるから」
傍らで聞いていたゼムが、
「マルスは器用だな。私は手加減ということができない。マルスとは全力で戦うしかなかったからな」
「あれはあれで、良かったと思うよ。だいぶ鍛えられたから」
「今では、私の方がマルスに手加減してもらわないといけないな」
マルスは笑って、
「ごめん、ゼムは手加減できる相手じゃないよ。強すぎる」
「ふっふっふ、私は、もうマルスに勝てる気がしないがな」
ゼムは満足げに言った。
「じゃあ、ゼムがあたしと戦ってもらえませんか?」とマーサが言った。
「私と? どう思う、マルス」
「大柄のロボットと戦う経験としては悪くないとおもうな。やってみたら」
マルスは前向きだった。
「じゃあ、やってみるか。マーサ、言っておくが私はマルスのような手加減ができない。君はすでに手加減できるレベルではないからな。本気でやる」
「はい! お願いします」
そこへマルスが割って入った。
「まって、最初にぼくがゼムと戦うから、マーサはその戦い方を参考にするといいよ。だから、まずは見ていて」
「それはいい考えだ。私も賛成だ」と、ゼムが応じる。
「はい」とマーサは素直に応じ、部屋の隅に身を引く。
「マルスとの模擬戦は気持ちが高ぶる」といいながら、ゼムはライトセーバーを訓練モードで作動させる。
「ぼくもだよ」といって、マルスもライトセーバーを作動させた。
マルスの姿がふっと消える。大柄なゼムの姿は完全に消えることはないが、それでも人間の目にはほとんど識別できない。時折、ライトセーバーの干渉が生み出す光がきらめくのが、両者が激突した証だった。
「あっ」とマーサが声を上げた。ゼムの動きがとまり、マルスの姿が現れる。
「やはり、勝てんな」とゼムが言った。マルスはライトセーバーの作動を止めた。
「こんなふうに戦うといいよ」
「あたしと戦うときの応用ですね」
「そうだね。力に勝るゼムと戦うには、力で押すのは得策じゃない」
「わかりました、やってみます。お願いします、ゼム」
「いいよ、きたまえ」
プレスト海軍副司令である川崎中将は、多用途機アーチャーの副操縦席に座り、第7艦隊旗艦である空母ジュノーに向かっていた。機長席にはニーナが座り、機体を操縦していた。
「副司令がわざわざ出向く必要があるのですか?」
「第7艦隊の二人の司令官を同時に呼びつけることもできないですし、西郷とエドワーズに直接会って、話しておきたいことがあるのですよ」
「そうですか」
さして、気にとめたふうもなく、ニーナは機体を操る。
「ねえ、ニーナ、この機会に話しておきたいのだが」
「何でしょう」
「セレクターズの大攻勢を無事にしのいだら、私は退官するつもりなんだが、ニーナも一緒に退官して、私の家に来ませんか」
「私が退官?」
「もう、君も十分働いたでしょう。もちろん君は予備役扱いになるでしょうが、残りの人生はのんびりすごしてもいいのではないですか。私の妻も、娘がいるのもいいと言ってくれてますのでね」
「私、退役するなんて考えたこともありません」
「まあ、そうでしょうね。でも、ルーナやレナがいることですし、私は君と余生を過ごしたいと思っているのですよ」
「私とですか?」
「そう、君と。私のわがままにつきあうと思って、考えてくれないかな。所管替えとかの手続きは心配しなくていい。ちゃんと考えてあるから」
「わかりました。考えておきます」
眼下に空母ジュノーを視認し、ニーナはアプローチに入る。アーチャーは垂直離着陸機なので空母ジュノーにゆっくりと降下し着艦した。
川崎はアーチャーから降り、出迎えのロボットの案内で艦隊司令が待つ会議室へと向かった。会議室ではすでに西郷とエドワーズ、そしてエレクトラが待っていた。
「わざわざ、お越しいただいて恐縮です」と西郷が川崎に挨拶する。
「君らをそろえて司令部に呼びつける訳には行かないのでね。今後のことで、君らと話しておきたいことがあります。詳細はニーナが来てからでよいですか」
「はい」
しばらくして、ニーナが入室し、川崎等は打ち合わせに入った。ニーナは部屋のディスプレイとデータリンクを確立し、必要なデータを表示する。エレクトラも必要な情報をつきあわせる。
「すでに、情報部からの報告に目を通していると思いますが、状況はかなり切迫してきました。セレクターズだけでなくラルゴシティにも攻撃支援の動きが見えることから、次の攻撃はかなり規模が大きいものと予測されます」
「はい、我々もそう考えています」
ニーナは予想される敵の戦力を表示する。潜水母艦2隻に攻撃潜水艦2隻。そして、先日、出航が確認された輸送船4隻。特に輸送船4隻の予想航路と第2戦闘艦隊の行動予測は注目点だった。
「西郷、第2戦闘艦隊は輸送船4隻とほぼ同時期にプレストシティ沖に来ると予想されます。これは君の予測の範囲ですね」
「そうです。エレクトラ、攻撃予測パターンを頼む」
エレクトラはディスプレイに地図と攻撃パターンを表示する。
「輸送船にのせたドラグーンと攻撃型バトルアーマーをこのポイントに上陸させ、シティめがけて侵攻させます。これは陽動ですがシティを壊滅させる規模と見せかける必要があり、おそらくはドラグーン7機と攻撃用バトルアーマー5機と言ったところでしょう」
「それだけでも相当な規模ですね」
「はい。しかし、本命は潜水母艦から発進するドラグーン3機と攻撃型バトルアーマー1機で、これらは海上から直接、ダグラスインダストリーめがけて侵攻、攻撃してくると考えられます」
ディスプレイにプレストシティに向けて延びる二つの攻撃の矢が表示される。
「プレスト防衛軍はどう動きますか」
ディスプレイに第3の矢が表示され、西郷は続けた。
「おそらく陽動部隊と呼応し、陽動部隊を迎撃にでた我が軍を奇襲・殲滅しようとするでしょう。プレスト防衛軍の基地の位置から考えても、陽動部隊の侵攻コースはこのコースをたどることで、我が軍の迎撃部隊を効率的に攻撃することができます」
「なるほど、確かにそれが一番よいパターンですね」
「川崎副司令も、そう思われますか。私には少し迷いがあります」
その西郷の発言を川崎は制する。
「西郷、司令官が悩むのはいけないよ。勝てる戦いも勝てなくなる」
「ですが・・・」
「私は君と違ってモルガン提督とは面識がある。彼は君の手のひらからは逃れられない。そして彼は君の想像どおり、侵攻した兵の帰還を第一に考えるのだよ。それは間違いない。水上の輸送船の運行スタッフをふくめ、脱出を確たるものにするはずだ。おそらく輸送船の近くに潜水母艦を潜め、運行スタッフを回収し、離脱を図る計画だろう。裏切ったプレスト防衛軍の兵を含めてね」
「モルガン提督はそうしますか?」
「間違いなく、そうします。彼はそういう男です」
「ならば、我々はエドワーズに艦隊本体を指揮させ、あらかじめプレストシティ沖から待避させておきます。そして、モルガンの艦隊を餌に第2戦闘艦隊の攻撃を誘い、殲滅します」
「いいでしょう。やりなさい」
川崎はエドワーズに向かって、
「エドワーズ、君にホワイトを撃つ覚悟はありますか?」
「むろんです。かつての級友とはいえ、テロリストに情けは無用、西郷の命に従います」
「いいでしょう」
川崎は再び西郷に視線を移す。
「西郷、スコット司令からの伝言です。すべての作戦指揮を君に預けます」
「ありがとうございます」
西郷は礼を言った後、
「あの、先生、もしかしてそれを言うためにわざわざここへ来たのですか」
「まあ、そんなところです。こんなことは通信では、話せませんのでね。君にとって、モルガンは大した敵ではない。過剰に恐れる必要はないということは伝えたかった」
マーサとゼムの模擬戦はマーサの壁への激突で決着した。
(ゼムも容赦ないなあ)とマルスは思ったが、口にはしない。
「いいところまでいっているぞ、マーサ。正直、私も危なかった」
壁に激突したといっても、緩衝材で覆われた壁面はダメージを与えることがない。マーサは特によろけることもなく、床に降り立った。
「テロリストのロボットって、ゼムくらい強いロボットはいるのですか」
「うーん、今のところは確認されていないね。今まで投入されたテロロボットは、たいてい、遠隔操作型か、かなり低レベルの自立思考能力しかないから。それほど脅威じゃない」と、マルスが答える。
「でも、ダグラス社に作ることができるのなら、他のメーカーでも作れるでしょ」
「理論的にいえばね。ただ、ダグラス社の開発するロボットには独自のノウハウがある。正直、これだけのレベルのロボットが作れるかというと、簡単ではないのだろうな。事実、今まで戦ったロボットはお粗末なものだった」と、実戦経験が豊富なゼムが言うと説得力がある。
「ただ、油断はできないよね。だから、マーサやぼくが作られたんだよ。リヨン大統領の命をねらうとして、最新最強のロボットが送り込まれることも考えなきゃいけない。マーサもそのことは心にとどめておいて」
「はい、わかりました」