第6章 マルス、戸惑いの中で
玲子が引き続き、マルスの面倒を見ることが伝えられた。でも、マルスは、自分が玲子の負担になっていると聞いたことが気になっていた。
マルス:プレスト海軍の最新鋭戦闘用少年型アンドロイド。普段は玲子のところで暮らしている。
玲子:マルスの面倒を見ている「お姉さん」。両親と妹をテロで失っている。
サム・ダグラス:プレスト海軍において、ロボットの運用を任されている軍人。玲子とは家族ぐるみで付き合っている。
西郷:プレスト海軍第7艦隊司令。
川崎副司令:プレスト海軍の副司令。プレスト海軍におけるロボット運用の総責任者。
ノーマ:サムのパートナーの少女型アンドロイド。空戦に特化した能力を持つ。
エレクトラ:西郷司令付の少女型アンドロイド。ノーマと同タイプ。
玲子が引き続き、マルスの面倒を見ると言うことは、川崎副司令から軍用回線を通じて、第7艦隊に伝えられた。サム・ダグラス大佐からそれを伝えられたマルスは、そのまま、ブルータイタンを使った空戦訓練に望んだ。空母ジュノーに隣接した空戦訓練空域にマルスが乗るブルータイタンとノーマが駆るドルフィンが展開する。
空中戦においてはトップクラスの腕前を持つノーマを相手に、マルスはよく戦っていた。
ブルータイタンは全高8m程度の大型人型ロボットであって、本来は陸戦制圧兵器である。だが、飛行能力をもち、ある程度は空中戦をこなせるだろうとプレスト海軍では見ていた。第7艦隊の総司令である西郷中将はサムとともに、マルスのタイタンとノーマのドルフィンの戦いをモニターで見守っていた。しかし、細かな状況は目視ではわからない。西郷は直属のアンドロイド「エレクトラ」に、
「エレクトラ、マルスの状態はどうだ」と聞くと、
「タイタンの動きはこれまでの記録を上回ってます。マルスのコントロールはレベルが違いますね。ただ、ブルータイタンの制御システムに若干の負荷がかかってます。もし、マルスが全力で制御したら、ブルータイタンが保たないかもしれません」と答えた。
「今はフルパワーじゃないのか?」
「シミュレーターで示したマルスの能力と比較すると3割減と言ったところです」
「やっぱり新型が必要不可欠か・・・・ さすが敷島博士の見立ては鋭いな」
開発中のタイタンの新型は、マルスの開発構想とともに、兵器パッケージの一つとして敷島が提案したもので、その新型は敷島博士の技術的な協力のもと、ローウェルインダストリーでテスト中だった。サムは、
「フォッカー少佐の報告だと、リョーカのテストでは、ほぼ期待の性能を示したそうです。今は微調整を行っている段階で、アトスを中心に基本制御のプログラムを調整しているそうですが・・・」と報告した。
「間に合わせたいな」
「あと、1ヶ月もすれば納入可能と聞いてます」
「ぎりぎりかな・・・」
「ノーマが撃墜されました。3回目ですね。マルスは不敗です」と、エレクトラが報告する。サムが
「まあ、戦闘機にとってはやりにくい相手ですね。侵攻迎撃では戦闘攻撃機のスピードに追いつけないので使えませんが、拠点防空では使えるでしょう」と意見を述べると、
「それでも十分だ」と西郷が答えた。
十分過ぎるほどの成果を見せつけたマルスは、ブルータイタンを補給艦ヴェスタに着艦させる。ヴェスタは補給艦とはいえ、ジュノーと同じ船体構造をもつ核融合エンジン装備の高速艦である。艦隊に同行し、艦内にもつ生成装置で燃料を生産し、ジュピター等のガスタービンで稼働する艦に補給するのも任務だが、艦内でドルフィン等の艦載機を整備できる機能を持っている。マルスが操縦したブルータイタンは直ちに精密な整備に回され、マルスのコントロールの影響を調べるのである。可動式の整備ベッドにタイタンを横たえると、マルスは空を飛んで、自力でジュノーに戻った。ノーマは直接ジュノーに着艦し、すでにサムが待つブリーフィングルームにいた。
「はい、マルス、おつかれさん」とサムはマルスをねぎらう。
「西郷司令の評価はどうでしたか?」とマルスが聞くと、
「完璧だと、喜んでいたよ。マルスには期待できるってね」
「そう・・・」
「そんなことより、空中戦で私が負けるなんて、私のほうがショックです」と、ノーマが口をとんがらかせた。半分以上、冗談であることはサムにはわかる。
「いや、ノーマ、近接格闘戦闘でタイタンに勝とうなどと考えない方がいいぞ。あれは戦闘シミュレーションであって、実戦じゃない。実戦なら、おまえはあんな戦い方はしないだろう」と、サムは突っ込んだ。でも、ノーマは首を振る。
「でも、一撃離脱の不意打ちでしか、勝てる方法が見いだせません。マルスはドルフィンでドラグーンの腕を破壊したというのに・・・」
「でも、あれはドラグーンがタイタンより動きが鈍いからできたんだよ。ぼくだってリョーカがコントロールするタイタンに勝てる気はしないけど」とマルスがけなげにノーマをフォローする。
「確かに、飛行するタイタンは戦闘機では狙いにくい目標ではあるよ。気にするな、ノーマ」とサムも言った。
「それより、マルス、コントロールはどうだった。やはり限界を感じたか?」
「うん、ちょっと重いし、反応も鈍い。全力で動かしたらタイタンの制御装置が保たなかったと思う」
エレクトラの分析は正しかったようだ。
「新型のタイタンが届くのを待つしかないか・・・」
「リョーカの話だと、新型のタイタンはかなり改善されているって言うし、ブラックタイタンよりかなり軽いって」
「その重いというブラックでも、リョーカはドラグーン数体を大破させたんだろ? 君らはちょっとレベルが違う。こうなるとJ9クラスじゃないと新型タイタンの操縦は無理そうだな」
J9というのは量産型メタロイドの最新型で、マルス型アンドロイドの駆動系の基礎となっているモデルである。すでにローウェルインダストリーに量産ラインが作られ、プレスト海軍でも続々と採用され、ライトニングファントムの主力になりつつある。プレスト海軍におけるロボット戦力を総括するサムにとって、新型のロボットの配備と適切な運用はサムに課せられた課題である。
夜間シフトに移る前、マルスがサムに話があると言ってきた。マルスのサポートはサムの重要な役割でもあるので、サムは休憩室の片隅に陣取り、マルスの話を聞いた。
「なんだい?」
「お姉ちゃんのことだけど・・・」
「うん? 良かったじゃないか、玲子はマルスのことをこれからも面倒を見ると敷島博士を説得しただろう?」
「そうなんだけど・・・」
「気になることでもあるのかい?」
「ぼくがお姉ちゃんに負担をかけてるっていうこと・・・ ほんとに、ぼくがいていいのかな」
敷島の話を聞いたマルスは、ずっと気にしていたのだろう・・・
「負担ていうかさ・・・ いや、玲子にとって負担じゃないんだよ。あれは敷島博士が言っただけでね」
サムには玲子にとって、マルスがどういう存在か理解していた。
「マルスはね、マルスに出会う前の玲子のことを知らないから敷島博士の言葉が気になるんだよ。玲子はマルスの面倒をみることになって変わったよ。いい意味でね」
でも、マルスは納得しなかった。
「でも、新しい弟は家庭用アンドロイドでしょ。ぼくより役に立つとおもうけど・・・」
「いや、役に立つとかさ、そういうことじゃないんだよ。玲子にとって必要不可欠な存在になれるかどうかってことでね。もし、新しい弟でもマルスと同じことができるとしたら・・・ あくまでも仮定だけどね、ソレイユでもマルスと同じことが起こったはずさ」
サムはちょっと言葉を切って、マルスの肩に手をかけた。
「でも、起きなかった。ソレイユには玲子を変えることはできなかったんだ。マルスが玲子に生きる気力を取り戻させたことに、皆、ほっとしてるんだ。敷島博士以外は、皆、マルスのおかげだと思っているんだよ」
「敷島博士以外?」
「うーん、敷島博士はね、人の心の機微なところは、なかなか理解できないんだ」
「どうして?」
「どうしてって・・・ 難しいな、その質問。敷島博士はね、玲子が変わったことはわかるんだけど、なんで変わったかはわからないんだ。俺も、結果論でみれば理解できるけど、マルスの面倒を見ることが、これほど玲子を変えるとは最初は思わなかったな」
「そんなにお姉ちゃんが変わったの?」
「ああ、変わったさ。前向きに生きるようになったよ。玲子もそれがわかっているから、マルスの面倒をこれからも見るって言ってくれたんだよ」