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第4章 マルスとトリオ

マルス:プレスと海軍の戦闘用アンドロイド。大好きな玲子と引き離されようとしている。

玲子:マルスのマスターでお姉ちゃん。マルスのことをかわいがっている。

トリオ:敷島の策で玲子に与えられた新しい男の子のアンドロイド。

敷島:玲子の母方の伯父、マルスの開発者の一人。

上原:玲子の母親がわりの女性。マルスの開発者の一人。

サム:プレスト海軍のロボット部隊を率いる指揮官

西郷:プレスト海軍第7艦隊司令官

エドワーズ:プレスト海軍第7艦隊副司令官

エレクトラ:プレスト海軍第7艦隊の管制アンドロイド。西郷をマスターにしている。

マイア:プレスト海軍第7艦隊の管制アンドロイド。エドワーズをマスターにしているメガネっ娘。

 サムは内心、承伏しかねたが、

「玲子の気持ちを尊重することを前提に、マルスを引き取りますよ」と、敷島の申し出を受けた。当のマルスはしょんぼりとしている。無理もない、敷島がサムにマルスを引き取ってくれと言ったからだ。1週間の艦隊での訓練の間に、玲子には新しいアンドロイドの子を引き合わせて、マルスを玲子から引き離すというのが敷島の目論見だ。敷島がその場から去った後、サムはマルスを抱き上げた。

「心配するな、玲子がマルスのことをいらないとは言わないと思うよ」

「ほんとに?」

「ああ、敷島博士はそのあたり、玲子の気持ちを理解してないんだ」

 サムの母であるアリスは、敷島が父親としては頼りないと評している。玲子のことを大事に思っているのだが、どこか、考えがずれているのだ。確かに、マルスを失ったら、玲子は嘆き悲しむだろうが、だから、マルスを玲子から引き離すというのは本末転倒である。とりあえず、サムはマルスの心のサポートが重要だと考えていた。


 第1日目の訓練は対艦攻撃で、標的を演じたのは第7艦隊の艦船だった。このときは、巡洋艦ジュピーターも合流し、第7艦隊は稼働するすべての艦船がそろっており、副司令官のエドワーズが申し出て2隻の無人護衛艦を率いて標的を務めた。

「マイア、マルスの位置はわかるか?」

 ジュピターの司令室で特別な椅子に座る少女にエドワーズが問う。第1派の攻撃を模した2機の無人戦闘機ホーネットを艦隊から発進させたあとだった。

「上空7000mに機影を探知していましたが、1分前に位置を喪失しました。レーダーの反応は全くないです」

 マイアはエレクトラと同じアンドロイドの少女で、ジュピターの戦術コンピューターと接続し、艦隊全体を管制する。

「こちらからの索敵を躱すとはやるなあ。こっちにも早期警戒機があれば状況は変わるだろうが」

 マイアは眼鏡のおくから、マスターであるエドワーズを見つめ、

「それでは訓練になりません」と、至極まともな意見を言った。無論、マイアがかけている眼鏡はただの飾りである。エドワーズが眼鏡美人がいいと要望し、マイアが眼鏡をかけることになったのは、第7艦隊では有名である。

「作戦第2段階、ホーネット2機を発進させろ」

 無人戦闘機ホーネットが、ジュピターの後部甲板から発進する。対地攻撃用巡航ミサイルを模擬し、仮想標的であるプレスト海軍の司令部があるダグラスインダストリーに向けて進路をとる。

 今、エドワーズが頼りにできるのは、ジュピターの対空レーダーのみである。併走するアポロンとダイアナは、万が一に備えてジュピターを護衛しているだけで、模擬戦のための戦力ではない。

「先行する2機のホーネットが迎撃されました」

「もうやられたか・・・ いや、早いな」

「今、第2派がやられました。対空レーダに反応」

「迎撃開始!」

「了解、迎撃シミュレーションを開始」

 

 空母ジュノーの司令室では、マルスの動きとジュピターの動きを早期警戒機と偵察機でモニターしていた。艦隊司令の西郷は、モニターでマルスの動きを監視しつつ、エレクトラに報告をもとめる。

「エレクトラ、マルスの状態はどうだ」

「期待値をやや下回りますが、規定値は満たしています」

「やはり影響は出ているか・・・」

 サムと敷島のやりとりは、すでに西郷にも報告されていた。

「敷島博士も余計なことを・・・」と西郷は独りごちた。しかし、西郷が危惧するほどは、悪影響はないようだった。このあたりはサムのサポートの良さだろう。リョーカが誕生直後に不安定な状態に陥ったことを考えれば幸運なことだった。しかし、その西郷も、玲子がマルスより平凡な家庭用アンドロイドに目を向けることになればそれも仕方がないと考えていた。なにより、戦闘用アンドロイドは戦闘による喪失の懸念があるし、マルスがマスターに負担を与えることも知っていたからだ。とはいえ、今後の成り行きについては楽観していた。一度、玲子と話したことがある西郷は、玲子の人となりについても、ほぼ把握していたからである。

「司令、ジュピターが制圧されました。想定の時間でクリアです」とのエレクトラの報告で、西郷はエドワーズと通信回線を開く。

「どんな具合だ? 問題はあるか?」との西郷の問いにエドワーズは、

「いや、完璧だね。単独でこれだけの戦術行動がとれれば問題はない」と答えた。

「詳細なレポートはマイアから送らせる。これより艦隊に合流する。以上だ」

 西郷は回線を切り替え、上空でモニターしていたサムを呼び出す。

「サム、状況はどうだった?」

「特に問題となる点は見られませんでした。ミサイルへの対処も素早いし、早期警戒機からの情報入手も適切だと思います」

「わかった、詳しい報告は後ほど口頭で、マルスと一緒に帰投してくれ」

「了解しました」


 玲子が学校から帰ると、玄関に見慣れない小さな靴があった。

「あれ、お客さん?」

 客にしてはおかしい。小さな靴なので子供である。

「お帰り、玲子、ちょっとリビングにいらっしゃい」と上原が顔を出して玲子を呼んだ。

「なにかしら、おばさん」といって、玲子がリビングに入ると、小さな男の子が立っていた。マルスより少し小さい男の子である。

「この子はね、おじさんとおばさんからの玲子へのプレゼント」

「プレゼント?」

 玲子はすぐに理解ができなかった。

「これからはね、玲子が寂しい思いをしないように、この子がいつもいてくれるから。家庭用アンドロイドだから、家事も任せられるわよ」

「ありがとう」と、状況がよく理解できないまま、玲子は礼を言った。そして、

「この子の名前はなんて言うの?」と、当然のように聞く。上原は笑みを浮かべて、

「玲子がつけるといいわ。好きな名前をつけるといいよ」

「ええっと、急に言われても・・・」と、玲子は戸惑った。

「とりあえず、名前をつけておいて、後で変えてもいいわよ。ロボットだから、戸籍登録するわけじゃないから」

 玲子はちょっと考えると

「じゃあ、トリオ」

「トリオ? いいんじゃない」

「昔、由美子とみていたアニメの男の子の名前なの」

 上原は男の子に向かって、

「じゃあ、あなたの名前はトリオね」

「はい、博士」

「これからは、おばさんでいいわ」

「はい、おばさん。あの・・・」

「なに?」

「あの方は、なんてお呼びすればいいのですか」と、トリオは玲子のことを聞いた。玲子はトリオが上原をマスター認証しているのだと察した。

「玲子、なんて呼んで欲しい?」

 当然、答えは決まっていた。

「お姉ちゃんでいいわ。トリオのお兄ちゃんのマルスもそう呼んでいるし」

 トリオは少し、頭をかしげたが、すぐに

「はい、お姉ちゃん」と答えた。

「ねえ、玲子、トリオって可愛いでしょう。玲子の自由にかわいがっていいからね」

「ええ、ありがとう」


 午後8時過ぎに敷島が帰ってきた。帰るなり

「玲子はどうだった?」と上原に聞いた。

「喜んでいましたよ。すっかり打ち解けて、かわいがってます」

「そうか・・・ 今はどうしている?」

「一緒に風呂に入ってますよ」

「そうか、なら心配ないな」

 敷島は上機嫌だった。

「敷島さん、玲子の話もちゃんと聞いてくださいね」と上原が言った。

「それは、わかっているさ」


 食事をとり、リビングでくつろいでいると、玲子とトリオが風呂から上がってきた。

「ああ、お帰りなさい、おじさん」

「ただいま、玲子、トリオのことは気に入ったみたいだな」

「ええ、ありがとう、おじさん」

 トリオが戸棚からドライヤーを出してくる。

「お姉ちゃん、髪を乾かすから座って」

「ありがとう」と玲子が座ると、トリオはドライヤーの風をあてて、玲子の髪をくしですく。そんな様子を敷島は満足げに見ていた。マルスにはできないが、トリオにはできる。これならば完璧だと・・・


 サムは夜間シフトに入る前、マルスと過ごす時間を作った。本来、休みなく任務に就けるのが普通なのだが、マルスの安定稼働のためと言って、管理部門と話をつけたのである。

「調子悪いところはないか」

 ジュノーの休憩スペースの長椅子に座り、サムは隣のマルスに話しかけた。休憩スペースでは他にも乗組員がくつろいでいたが、彼らは気を利かせてか、サム達とは距離を置いていた。

「大丈夫です」と、マルスは答える。確かに数値上、マルスの不調の傾向はない。ただ、サムはマルスの変化を感じていた。やはり、無視はできない。

「マルスは玲子のことは好きか」(まあ、聞くまでもないが・・・)

「好き・・・」と遠慮がちにマルスは答える。

「玲子も、マルスのことが好きだと思うよ」

「でも、新しいアンドロイドは家庭用でしょ。ぼくにはできないことができるし・・・ いつもお姉ちゃんと一緒にいられるでしょ。お姉ちゃんだって新しいアンドロイドのことを好きになるよ」

「ああ、そうだな。新しい弟のことも玲子は好きになるだろうな」

 サムは小さなマルスの肩を抱いた。

「なあ、マルス。玲子はマルスのことも大好きさ。多分、これからも変わらない。この訓練が終わったら、きっとマルスのことを迎えに来てくれるよ」

「でも・・・」

「敷島博士の思惑はどうであれ、玲子は引き下がらないと思う。マルスも玲子のことが好きなら、玲子のことを信じなさい」


 玲子はトリオと一緒にベッドに横になった。トリオには上原が買ってきた子供用のパジャマを着せてある。なんとなく、伯父と小母が何をしようとしているのか玲子にはわかってきた。さて、どうしたものか・・・ ただ、なぜ、二人がこんなことをするのかが玲子にはわからなかった。トリオは玲子の横で目を閉じて、すでに休眠状態に入っていた。こういうところが、時々、ぐずって寝たがらないマルスとは全く違う。あっさりしているのだ。いい子過ぎるなと玲子は思った。マルスもマルスで素直な子なのだが、トリオはレベルが違う。

「軍がマルスを返せって言ってきたのかなあ・・・」

 ただ、サムは玲子に遠慮なくマルスをかわいがれと言っているから、今更、返せと言っているとは思えなかった。

「明日、おじさんとおばさんに聞こう」と、玲子は心に決めて眠りについた。 



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