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第16章 遠征前夜

追い詰められたガバメント社が新たなテロを繰り出す。すでにその動きをつかんでいたプレスト海軍は最終局面に向けて動き出す。

マルスは遠征にむけて、玲子と過ごしていた。

「せっかく来たんだから、君の話も聞きたかったんでね」と西郷はオルソンにすすめられたいすに座った。

「話とはなんでしょう。レポートには書いてないことですか」

「まあ、そうだ」といって、西郷はテーブルの上で手をくんだ。

「ガバメントは相変わらず、テロの前に金融操作をしているのか」

「ええ、してますね。だから、テロの日時はかなり正確にわかります」

「アルトシティ攻防戦からはじまって、つい先日のテロに至るまで、金融操作は失敗しているんだろう。なぜ、続けているのか?」

 オルソンは皮肉を含めた笑みを浮かべた。

「これまでの成功事例の積み重ねに比べ、一連のテロ失敗の事例はわずかです」

「損害は大きくはないのか」

「大きいですよ。でも、ガバメントはこれからもテロによる金融操作で利潤を見込めると判断しているのです」

 西郷はくんでいた手を広げ、指先でとんとんとテーブルをたたく。

「すなわち、テロをこれからも起こし続けるということか」

「そういうことになると思います」

「ガバメントの経営は揺らいでいるか」

「ほとんど全ての契約をキャンセルされたうえ、今後の受注が見込まれません。経営は傾いていますが、中将も考えておられるように、起死回生をはかっているものと思われます。その一歩がクーデターです」

「なら、仕方がない。こちらも相応の対応をしよう」

 オルソンはぞわっと背筋に悪寒を感じる。

「相応の対応ですか?」

「ああ、手段を選ばないということだ」

 西郷の考えることはろくなことじゃない。それはオルソンにもわかる。感情を押し殺し、オルソンは問う。

「私はなにをすればいいですか?」

「ひきづつき、情報分析を・・・ 上原博士にも頼んでおいたが、敵のロボットの解析も頼む。特に指令系統へのハッキング方法がわかるとありがたい」

「わかりました。それについては、まだ、確証はないのですが、フォースネットの機能を利用している可能性があります」

「フォースネットを使っているのか? それはまた大胆な」

 フォースネットは連邦軍が使用する戦略ネットワークである。あらゆる兵器システムの制御、情報共有に使われていた。

「既存の世界規模のネットワークがそのまま生かせますので合理的です。ちょうど3体のロボットが起動したタイミングで不振な通信を記録しているので、重点的に解析しています」

「なるほど、ある意味、好都合かもしれんな」

「好都合とは、なんですの?」

「亡霊作戦のフィナーレだよ。敵のロボットを任意のタイミングで覚醒させたいのでね」

 そう言うと、西郷は席を立った。

「そういうわけなので、是非とも解析を頼む」

「わかりました」

 部屋から出ていった西郷の後ろ姿が、ドアに遮られて見えなくなった。

「怖い人・・・・ ガバメントもテロから手を引けばよいのに、あんな人に勝てるはずがない」

 ふっと、オルソンはため息をついた。西郷の意図は理解していた。それは亡霊作戦の立案時にすでに想定されていたからである。なにもかも、西郷が想定したコースの一つをたどっている。オルソンは会議机から立ち上がった。

「私は私の仕事をしますか」

 オルソンはそう独り言をいうと、デスクに向かった。


 玲子が学校から帰ると、シチューのいい香りが漂ってきた。

「ただいま」と台所に顔を出すと、マルスが鍋をかき回していた。トリオはマルスのすぐ横に立っている。二人は振り返って、

「お帰りなさい」と返事をした。

「今夜はシチューなの?」

「そうだよ、トリオに教わって作ったの」

「そうなの、楽しみだわ」

 ロビーはリビングでマルスとトリオの支度を眺めているだけだった。自分の出る幕ではないとおもっているのか、全く動かない。

「ロビー、ただいま」

「お帰りなさい、お嬢様」

「伯父さんと小母さんはもう少しかかるの?」

「もうまもなくお帰りです。先ほど、ダグラスを車で離れたところです」

「そう、じゃあ、みんなそろって過ごせるね」

「はい」


 玲子は手を洗って、室内着に着替える。マルスは明日から遠征でしばらく帰ってこないことは聞かされていた。マルスが投入されるということは、かなり難易度の高い作戦なのだろうと玲子は予測している。マルスはファントム最強と評価されている。ゆえに、困難な作戦に投入されるのは仕方がない。もちろん、過酷な任務に投入されるマルスをあらかじめケアしておくことも玲子には求められているが、マルスに優しくすることは、玲子にとっても楽しいことなので、悪いことではない。

「今夜はいっぱい抱っこしておこう」


 一緒に風呂に入ったあと、マルスはドライヤーの風をあて、玲子の髪を梳いている。自分でやればすむことながら、玲子に尽くすことに対して喜びを感じているマルスの気持ちを大事にしてやりたいと玲子は思っていた。トリオの手並みは完璧だが、マルスの場合はそうでもない。多少の不具合は、この際、目をつぶることにしている。

 相変わらず、マルスは玲子のTシャツを寝間着代わりに着込んでいる。最近は軍の任務も多いことから、パジャマを着てくれない。それも仕方がないと玲子は思っている。もっとも、最近ではこの姿も可愛いと玲子は思うようになっていた。

「お姉ちゃん、髪かわいたかな?」

 玲子は手で髪を梳くと、

「うん、完璧!」と言った。

 ドライヤーをしまい、マルスは玲子の膝に座って、玲子にもたれかかる。玲子はそんなマルスの頭や背中を撫でる。マルスにとって、心地よい時間であったが、玲子にとっても心地よいものだった。妹の由美子もたまにわがままで玲子を煩わせたが、ケロッとして甘えることが多かった。玲子の膝の上に座ったり、寒いとか、風の音が怖いとか言って、玲子のベッドに潜り込むことも少なくはなかった。マルスはわがままを言うことはないが、由美子以上に甘えんぼである。


「明日から、マーサを手伝いに行くの」

「マーサ? ああ、リヨン大統領を護衛している子ね」

「うん、なんか、マーサを見ると変な感じがする・・・」

「マルスも可愛かったわよ。女の子の姿・・・ 」

 リヨン大統領の護衛のとき、一時的にマルスは女の子の姿になった。マーサはそのときのマルスの姿とそっくりに作られている。マルスとはちがって、リヨン大統領の護衛として働くマーサは、姿と名前が公となっている。だから、プレストシティでリヨン大統領を暗殺から守った少女も、マーサであるとメディアでは誤って報道されていることも少なくない。もっとも、リヨン大統領もプレスト海軍も積極的にその誤りを正したりはしない。抑止力としてはマーサの実力と見せるのは好都合であるし、マルスのこともごまかせるからである。マーサも多数のロボットとともにリヨン大統領の護衛として働いていることを知っている玲子にとって、そこにマルスまで投入されることにふと疑問を感じた。

「マーサだけでは危ないの? マルスが助けに行かなきゃならないほど」

「攻撃の規模が大きいと予測されているの」

「そっか、プレスト海軍もたいへんだね」

「ゼムとプロメテウスは居残りだよ。お姉ちゃんとプレストシティは、この二人が守ってくれるよ」

「それなら、安心ね。でもね、マルスもリヨン大統領を守ってね。あの人も大切な人よ」

「うん、わかってる」

 さりげなく、マルスにリヨン大統領の護衛が大事であると強調することを玲子は忘れなかった。

「お姉ちゃん、ぼくね、がんばる」

「うん、でも、無理はしないでね」


 玲子は「もう寝よう」といって、マルスを膝の上から下ろす。

「おいで、マルス」といって、マルスと一緒にベッドに横になった。マルスはぴったりと玲子の体にくっついてくる。最初の頃は遠慮がちだったマルスも、最近では遠慮なく体をくっつけてくる。最初から懐いていたとは思うが、懐き方が深化したのだろう。玲子にとって至福の時だった。玲子はマルスを抱きしめて言った。

「マルス、無事に帰ってきてね」

「うん」


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