第12章 私のそばにいて
マルスが還った翌日、玲子は体調を崩してしましました。
第12章 私のそばにいて
朝、玲子の隣で目覚めたマルスが、玲子の様子がおかしいのに気がついた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「うーん、頭が痛い・・・」
マルスの無線で呼ばれたのか、トリオがパジャマのまま、駆けつけてきた。
「お姉ちゃんが、どうかしたの?」
「頭がいたいんだって」
ベッドの脇に来たトリオが、玲子の顔をのぞき込む。そして、眼球に埋め込まれた赤外線センサーで体温を測る。このあたり、家庭用に作られたトリオの方がマルスより高性能である。
「うーん、熱があるね。お姉ちゃん、喉とか痛くない?」
「喉は大丈夫。咳もないし・・・」
部屋に上原もやってきた。トリオが部屋を飛び出したから、何事かとやってきたのだ。
「どうしたの? 玲子に何かあった?」
トリオが振り返って、
「お姉ちゃん、熱があって、頭がいたいんだって」
「今日はお休みだから、安静にしてなさい」と上原が言った。
「うーん、瑞穂と約束があったんだけどなあ」
「連絡して、今日の約束はキャンセルなさい。無理はだめよ」
「瑞穂お姉ちゃんには、ぼくから連絡しておくよ」とマルスが言った。
「じゃあ、お願い・・・」
トリオが「お姉ちゃん、食欲ある? 何か食べたいものはない?」
「あんまり食欲ない。ホットミルクだけもらえる?」
「いいよ、暖めてくるね。お兄ちゃん、キッチンに来て」
マルスより小さなトリオだが、このあたりの判断力と行動力はマルスに勝る。
トリオは暖めたミルクをカップに注ぎ、トレーに乗せて準備をする。
「お兄ちゃん、今日は休めそう?」
「うん、今、連絡したら、今日はお姉ちゃんの側にいろってみんなが・・・」
「じゃあ、これ、お姉ちゃんに持っていって、今日はお兄ちゃんがお姉ちゃんの側にいてね」
マルスはトリオからトレーを受け取りながら、
「トリオの方が、お姉ちゃんの役に立つと思うけど」
「お兄ちゃんにできないことも有るけど、ぼくにできなくて、お兄ちゃんにできることがあるんだよ。だから、今日は、お兄ちゃんがお姉ちゃんの側にいて」
そんな話をしていると、玲子が頭を押さえながらリビングに入ってきた。
「ホットミルク、ここで飲むわ」
マルスがトレーに乗せたカップを玲子に差し出す。
「ありがとう、マルス。トリオもね」
玲子はホットミルクをゆっくりと飲む。飲みながら、
「マルスは今日はお休み?」と聞くと、マルスが「うん」と答える。
「じゃあ、今日は私のそばにいてね」
玲子が言うと、マルスにとって、有無を言わせない命令になる。
「はい」
ホットミルクを飲み干すと、玲子は立ち上がって流しにカップを置いた。
「ありがとう」
「おなかがすいたら、いつでも言って。なにか作るから」
「ありがとう、トリオ」
玲子は部屋に帰りしな、マルスに
「おいで、マルス」というと、「はい」といってマルスは玲子の後に付いていった。
「ねえ、マルス、一緒に寝てくれない」と玲子はベッドにあがりながら言った。「はい」といいながら、マルスもベッドにあがる。玲子はマルスを抱き寄せながら、毛布を自分とマルスにかける。
「今日はマルスと一緒にいたいの。今日は私のわがままにつきあってね」
「うん」
マルスをぎゅっと抱きしめながら
「やっぱりマルスなんだな・・・ ほんとにごめんね」
「なにが?」
「昨日、再起動したとき、私、マルスのこと本物だと信じてなかった」
「そうなの?」
「おばさんもおじさんも、マルスは直るって言ってくれたんだけど・・・ マルスそっくりの別のロボットじゃないかと不安で・・・ みんな、私に嘘を言っているんじゃないかって、勝手に思いこんでたの」
「ぼく、お姉ちゃんのマルスだよ」
「うん、わかってる。もう、わかってる」
玲子はぎゅっとマルスをだきしめながら、眠りに落ちていった。
「玲子は大丈夫なのか?」と、リビングで朝食をとりながら敷島は心配そうだった。年頃の娘なので、寝室に様子を見に行くことを遠慮しているのだ。
「お兄ちゃんを抱き枕代わりに寝ているって」と、トリオが答える。マルスと直接のデータリンクを構築できるトリオやロビーは、玲子のことをリアルタイムで把握できていた。
「よく眠っておられるようですよ。心配はないと思いますが」と、ロビーが言う。
「そうか・・・ それにしても、マルスじゃないといけないのか。トリオじゃだめなのか」
「ぼくは、お兄ちゃんの代わりにはなれないよ。ぼくはお兄ちゃんみたいに、お姉ちゃんに全てをゆだねることはできないから」
思いがけないトリオの発言に敷島は「うん?」と疑問の声をあげた。上原は、
「それがね、マルスとトリオとの違いなんですよ。トリオはマスターの間にちょっとした壁を作って、完全には人間には依存しませんからね。玲子にとっては、トリオはその分、遠い存在なんですよ。あえて言えば、ソレイユとの友人関係に近いでしょうね」
敷島はちらりとトリオを見て、そして上原に視線を戻して言った。
「マルスは違うと言うのか」
「マルスはね、全てを玲子にゆだねているんです。人間に反抗しないように、人間に従順にとプログラミングした結果、いきすぎた依存心が生まれたんですね。でも、それが玲子にとって、心地よいものだったんです」
「それがマルスでないといけない理由なのか。よくわからん」
「わからないでしょうね、敷島さんには。私にもわかりません。わかってたら、玲子の為に特注のアンドロイドを作ってましたよ。商品化のための試作とか何とか言ってね」
「いまからでも作れないのか」
「無駄ですよ。玲子にとって、すでにマルスという存在が大きいですからね。マルスが失われたときには、意味あるかもしれませんが」
「そのときは、作ってくれるか」
「それが必要ならば、作ります。会社に許可をもらいましょう。ですが、できれば自立できないロボットは作りたくありません。ロボット自身がつらいですからね。マルスやリョーカを、実用上、問題ないレベルで維持できているのは、玲子やサム、ルイスの功績ですよ。でも、それが、誰よりも人間を守りたいという気持ちに直結して、能力を向上させているのも事実です。マーサ以降のアンドロイドは、どうがんばっても、マルスやリョーカのレベルにはならないですしね」
お昼頃、目が覚めた玲子はマルスに呼ばれたトリオに、
「熱、下がってるね。疲れていたのかな。大丈夫? お姉ちゃん」
「だいぶ、楽になったわ」
「昼食、何か食べる?」
「食べたい。何か作ってくれる?」
「うん、いいよ」と、トリオは部屋を出て行った。
部屋に残ったマルスは、
「瑞穂お姉ちゃんがお見舞いに来たいって」
「そう、じゃあ、来てもらって。私も会いたい」
「じゃあ、メール、返信しておくね」
マルスはベッドからおりて、
「ぼく、トリオを手伝ってくるね。支度ができたらお姉ちゃんを呼びにくるから」
「ありがとう。よろしくね」
マルスは服を着替えて、部屋を出て行った。その様子を見ていた玲子は、
「可愛い」と思わずつぶやいていた。




