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利家と成政 ~正史ルートVS未来知識~  作者: 橋本洋一
【第一幕】尾張国統一編
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前兆

「ほう。信長が領地を渡すと言っているのか?」

「ええ。信安と信賢との戦いに援軍として参戦してくださればの話ですが」


 尾張国の北、犬山城の一室。

 その城主である織田信清と成政は交渉していた。

 兵力で劣る信長してみれば、少しでも味方が欲しいところであった。


「わしが、先代の信秀と何度も戦ったことは、知っておろうな?」


 信清は真ん丸な目玉をした男である。瞳孔が開いていると錯覚してしまいそうなほど、大きく見開いていた。それが特徴的で他の部位は印象に残らない。口髭を生やしてはいるが、その生えかたと丸い目でどうもなまずのように思えてしまう。


「ええ、存じております」

「ならば、わしの答えは分かっているだろう。断る」


 断固として頷くことはないという態度。

 だが、成政もこのままでは引き下がれない。

 帰ってしまったら、ただの子供の使いと変わりが無い。


「理由は――先代と対立していたから、ですか?」

「それ以外にも理由はある。それは信長が信用ならんということだ」


 信長が信用ならない。

 成政は「尾張の大うつけと呼ばれていたのは遠い昔のことです」と言う。


「今は尾張国の覇者にならんと――」

「わしが信用ならんのは、そこだ。それこそが信長は他人を昔から欺いていた証拠ではないか」


 成政はそういう見方もあるのかと唸った。

 信長が成長してうつけから脱却したと考えず、信清が言ったように周囲を騙していたと考える。

 流石に尾張国で小規模ながら独立勢力で居続けた男である。


「今、領地を渡すと言ったが、いずれわしを滅ぼすつもりではないのか?」

「殿の考えることは、家臣の私では推し量れません」

「否定はせぬのか。だとすれば、信長に味方する道理はない」


 話は以上だと言わんばかりに手で追い払う仕草をする信清。

 成政は「では、こう考えてみるのはいかがですか?」と引き下がった。


「信安は、あなたに援軍を頼みましたか?」

「……兵力の多い信安には不要だろう」

「不要? それは兵力だけの話でしょうか?」


 成政の言葉に目をさらに大きくして「何が言いたい?」と問う信清。


「織田伊勢守家が、わしを攻め滅ぼすと言うのか?」

「そこまでは言いませんが、おそらく臣従させようとするでしょうね」


 成政はここに狙いを絞るしかないと考えた。


「もし殿が負けてしまえば、尾張国は織田伊勢守家のものになるでしょう。そうなれば北で独立勢力だったあなた様はどうなると思いますか?」

「それは――」

「言葉を選ばずに言えば、目障りな存在になる」


 信清は成政を無礼者と怒ったりしなかった。

 ただ黙って話を聞いている。


「織田伊勢守家の基盤は尾張国の上四郡、つまり北です。尾張国を統一しようと思ったら、まずは北から固めるのが定石でしょう。しかし我が殿は尾張国の南に本拠地があります。信清様とは敵対しないでしょう」

「……だが尾張国を統一すれば、いずれわしを滅ぼさんとしないか?」


 成政は「それはないでしょう」と断言した。


「滅ぼす相手に対して、領地を与えようと思いますか?」

「…………」

「滅ぼしづらくなりませんか?」


 成政は声に出さずに欺瞞だなと思った。尾張国を統一してしまえば、多少領地が増えても滅ぼそうと思えばできる。それに信長の次の目標は美濃国だから、いずれは臣従させるか滅ぼすことになる。


 要は信清を言葉巧みに騙せるかどうかの問題である。

 そしてそれは半分成功していた。信清は自分の利益を考えているが、進退までは考え切れていない。彼の尺度では尾張国を統一した後のことは推し量れないのだ。


「……信長は、本当に領土を譲るのだな」

「ええ。間違いありません。必ず渡すでしょう」


 ここで二人の間に齟齬が起きていた。

 信清は『譲る』と言った。つまり自分は信長と立場は対等だと思っている。

 しかし成政は『渡す』と言った。つまり信清を臣下にしようという信長の意図を暗に告げている。


 成政は気づいているが、信清は気づいていなかった。

 いや、成政はわざとそういう風に交渉を進めていた。


「……分かった。信長に援軍を出そう」


 信清が決断したとき、成政は織田伊勢守家との戦いに勝てることを確信した。

 これで信長は尾張国の覇者となれる――



◆◇◆◇



 成政の交渉がまとまった頃、利家は末森城の城下にある柴田勝家の屋敷にいた。

 広い部屋で白湯を出され、柴田が来るのを待つ。

 いかにも武人の部屋という印象。奢侈な調度品はなく、質実剛健という言葉が似合う。


「待たせたな、利家」


 襖が開いて柴田が部屋に入る。

 もちろん、鎧姿ではなく、略服を着ていた。

 利家は鎧姿の柴田しか見ていなかったので、新鮮に見えた。


「突然の来訪、申し訳ございません」

「いやいや。ちょうど暇をしていたのだ」


 利家は怪訝な表情で「暇、ですか?」と訊ねた。


「柴田様は信行様――失礼しました、信勝様の家老ではありませんか?」

「ああ。しかしわしは根っからの武人だ。政務のことが津々木に任せている」

「津々木って……信勝様の側近ですよね?」


 柴田はそこで淋しそうに微笑んだ。

 それは利家の胸を締め付けるような切ないものだった。


「いいんですか? 側近に政務を任せるって――」

「わしはどうやら、信勝様の信用を失くしてしまったらしい。会話もほとんどできていない。ま、戦に負けたのだから仕方ないが」

「たった一回、負けただけじゃないですか。そんなことをしたら――」

「ふふふ。勝ったほうが同情するとは。おかしな話だ」


 柴田が可笑しそうに笑って、それから利家に「酒は飲めるか?」と問う。


「ええ。人並みには」

「今日は飲もう。良い酒があるのだ」


 柴田が侍女と下人に命じて酒と肴を用意する。

 利家は杯を上げて、少しずつ飲んだ。


「……美味い」

「はは。酒の味が分かるか」

「殿と違って下戸じゃありませんから」

「そうか。信勝様はお強かったが」


 強い酒にも関わらず、柴田は豪快に飲み干した。

 なかなか強いなと利家も少し口に含んだ。


「それで、何の用でここに来た?」

「えっと、殿が信勝様の改名の理由を、柴田様に聞けと」


 利家は何の考えもなしに、正直に告げた。

 柴田は「そんなこと、わしが知るはずなかろう」と困った顔をした。


「改名したときぐらいから、粗略に扱われ出したのだ」

「ふうむ。よく分かりませんね」

「……本当にそれだけか?」


 柴田が逆に探るように言ったが、利家はあっけらかんと「それだけですよ」と笑った。


「俺は探るとか交渉とか向かないんですよ」

「まあな。お前は真っ直ぐな男だからな」

「ありがとうございます」


 利家はしばらく、柴田と何気ない会話をしていた。

 戦や武芸のことが中心だったが、ふとした流れで嫁の話になった。


「利家。お前は嫁を貰わないのか?」

「……それ、可成の兄いにも聞かれましたよ」


 利家は酔った頭で考える。

 浮かんだのは、何故かまつの顔だった。

 あの月夜で、慰めてくれたまつの温もりを思い出していた。


「まあ、近いうちに婚姻すると思います」

「そうか。それは何よりだ。守る者があれば、お前は強くなる」

「柴田様はどうなんですか?」


 それは何気ない問いだった。

 何の意図もなかった。

 だが柴田の表情が少し曇ったのを利家は見逃さなかった。


「……柴田様?」

「あ、ああ。わしは嫁を貰わんよ」

「それは、どうしてですか?」

「わしは罪を犯したからな」


 罪を犯したという意味は分からなかったが、柴田がそれ以上聞かれたくないことを察した利家は「そうですか」とだけ答えた。


「柴田様は、嫁を貰わなくても、十分お強いですから」

「……がはは、こそばゆいことを言いおって!」


 利家は酒を飲みつつ前世の父親が生きていたら、こんな風に酒を飲むのかと考えていた。

 ある意味、前世で果たせなかったことができたなと、柴田に感謝した。

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