クリスマス特別編「ロベル君と初めてのクリスマス」
連載中の「乙女ゲーの世界に転生したけど転生先が雀な件について」の番外編です。
時系列は第1章終了後です。
よろしければそちらをお読みになってから読んでいただけますとありがたいです。
この世界に転生して、初めての冬がやってきた。
この日、私はロベル君と暖かい部屋で遊んでいた。
「そういえば、もうすぐクリスマスなんだよ」
「チュン?(クリスマス?)」
「異世界なのにそんな文化が?」と一瞬首を捻ったけど、よくよく考えればゲームにもそんなイベントがあったな。
確か、この世界のクリスマスは「白の聖女」の誕生日を祝う日だったはず。
やってる内容はほぼ現実のクリスマスと一緒。
違うのはサンタクロースがいないことくらいだろうか。
それでも、クリスマスに親しい人にプレゼントを渡す習慣はあった。
ゲームでは最も親密度の高い攻略対象からクリスマス当日にデートに誘われ、その時にプレゼントを渡されたっけ。
え?
「ロベル様が『白の聖女』の誕生日を祝うのか」だって?
やだなぁ、祝うわけないじゃないですか。
祝おうとするとめっちゃ機嫌悪くなりましたよ。
でも、プレゼントはくれたよ。
だって、ヒロインの誕生日も同じ日だったからね。
追加ダウンロードのストーリーで凄い嫌そうだったけどプレゼントくれたんだよね。
いやぁ、あれは感動モノだった……。
私は良いツンデレを見たよ……。
「……スズ?」
「チュン(何でもないよ)」
おっと、いけないいけない。
私としたことが、ロベル君との会話中に自分の世界に入りかけるとは。
「クリスマスはちょっとだけご飯が豪華になるから、毎年楽しみなんだ」
「……チュピ?(ちょっとだけ?)」
「うん。骨付きの鶏肉が出たり、デザートにケーキがついたりするんだ」
「チュンチュピ?(お父さん達と食べないの?)」
「スズが来る前までお父様達とご一緒に食卓を囲めるだなんて考えたこともなかったよ」
ニコニコと笑顔で発せられた言葉に、私は怒りを覚えた。
まさか、クリスマスの日すらも一緒に食事したことがなかったとは……。
あの親バカとブラコン、いつかシメてやる。
ふと、私はあることに気づいた。
「チュピピ?(ねぇ、プレゼントは貰ってたの?)」
クリスマスの日に一緒に食事を取ったことがないなら、プレゼントも渡されてないのでは?
もしそうだったら、私はあの人達の目ん玉を潰すことも辞さないよ?
「プレゼント……?」
ロベル君が可愛らしく首を傾げた。
あ、わかりました。お父さんとユリウスの目ん玉潰してきます。
「えっと、兄様からはクッキーとか、色んなお菓子を貰ったよ」
おっと、ユリウスの奴はきちんとプレゼントを渡していたらしい。
なら、お前は許そう。
「チュピ?(お父さんからは?)」
「えっ、お父様からのプレゼント?」
ロベル君がウンウンと唸りながら考え込んでいる。
まさか、本当にお父さんからは一度も貰ったことが無いとか……?
「……あっ! 一度だけ、お洋服をいただいたことがあるよ」
「チュン?(一度だけなの?)」
「うん。一昨年くらいに服が小さくなってきたなと思ったら、クリスマスの日にお父様がプレゼントしてくださったんだ」
それ、たまたまクリスマスの日に渡しただけなんじゃないかな……?
そう言おうかと思ったけど、ロベル君が嬉しそうに笑うので、私は口をつぐんだ。
「……チュピピ(今年はプレゼントいっぱい貰えるといいね)」
私がそう声をかけると、ロベル君は照れくさそうに笑った。
「プレゼントも嬉しいけど、僕はお父様や兄様、それにスズと一緒にクリスマスを祝いたいな」
ロ、ロベル君……!
大丈夫だよ、その願いは絶対叶うから!
君の知らないところで、あの変態共がちゃんと準備してるみたいだからね。
当日を楽しみにしてて!
そんなわけで、クリスマス当日。
夕食どきになって食堂に行くと、いつもの食卓に豪華な料理が沢山並んでいた。
食事を始めるなり、お父さんとユリウスはロベル君にめちゃくちゃ話しかけてきた。
「ロベル、このサラダ美味しいよ」
「パパの食べてるチキンも美味しいよ! 沢山あるからいっぱい食べてね!」
ロベル君の目の前にある取り皿には、二人によって次々と料理がのせられていった。
全く、こんなに一度にのせられても彼は食べられないでしょうが。
「あ、ありがとうございます。兄様、お父様」
山のように積まれた料理に戸惑いながらも、ロベル君はニコニコと笑っていた。
「……お二人共、料理盛るのはそのくらいにしてくださいね。そうじゃないとロベル坊ちゃんのお腹が破裂しますよ」
お父さんの横に控えていたプラムさんが、呆れ顔でそう言った。
「あと、料理をわけるのは俺達がやりますから。仕事奪わないでくださいよ」
「えー、でも、ロベルには私が取り分けてあげたいんだよ」
不満そうに、お父さんが唇を尖らせる。
一方のユリウスは、何故か頬を赤らめて興奮していた。
「私が取り分けたものがロベルの血肉に……」
「ユリウス坊ちゃん、それ以上言ったらダメですよ?」
ナイスです、プラムさん。
それ以上言っていたら、ユリウスに蹴りを入れにいってたよ。
何てことをロベル君の前で言おうとしてるんだ、ブラコン変態野郎。
「……まあ、今夜ばかりはわかりましたよ。パパヴェル様もユリウス坊ちゃんも、もちろんロベル坊ちゃんもお好きなようにお食事を楽しんでください」
何だかんだ二人の熱意に押されたのか、プラムさんが折れた。
結局、その後もロベル君はお父さんやユリウスに甲斐甲斐しくお世話されていた。
まあ、本人が嬉しそうだったから良いんだけどね。
あ、ちなみに私はドライフルーツをロベル君から手渡しで食べさせてもらってました。
いやぁ、フルーツは甘いし、大好きなロベル君にアーンしてもらえるし、まさに二度美味しかったです。
そんな夕食の後。
「それじゃあ、二人にクリスマスプレゼントを渡そうか」
気持ち悪いくらい良い笑顔のお父さんが、「パンパンッ!」と手を叩いた。
すると、プラムさん達が部屋の外に準備されていたプレゼントを運び入れ始めた。
そう、“運び入れ始めた”んだ。
台車の上に乗せられて次々とプレゼントが運ばれてくる。
最終的にはそのプレゼント達によって、大人の背を越えるほど大きな山が二つ作り上げられていた。
「ち、父上。これは私の分ですか?」
ユリウスは自分の目の前に積み上がるプレゼントに呆然としていた。
「もちろん! ロベルが生まれてからはちゃんとクリスマスを祝っていなかったからさ」
「ロベル坊ちゃんの中にいる『魔王』がクリスマスを祝っていたせいで怒って目覚める、なんてことになったら大変ですからね。今日はスズさんがいらっしゃるので問題無いと判断して、このように祝っているというわけです」
どうやら、ロベル君誕生以降、この家ではクリスマスを祝うのを控えていたらしい。
それでも、食事は普段よりも豪華にするとか、わかりにくく祝ってはいたみたいだけど。
「しかし、私は幼い頃既に多くのプレゼントを戴いております。それなのに、ロベルと同じくらい貰うのは……」
「ユリウスもロベルと同じくらいの期間プレゼント無しだったんだから、同じ量になるのは当然だろう。不平等は良くないからね」
お父さんはニッコリと笑った。
「それに、ロベルもユリウスより量が多かったら遠慮してしまうだろう?」
お父さんの言う通り、もしそうしていたら、ロベル君は優しいからユリウスのことを思って受け取るのを遠慮しそうだね。
「兄様」
二人のやり取りを見ていたロベル君がユリウスに声をかけた。
「僕は兄様と同じくらいプレゼントを貰えて嬉しいです。お父様は僕もユリウス兄様も同じくらい愛してくださっているんだなって、そう感じられますから」
屈託のない笑顔でそう告げられたユリウスは、一瞬驚いたように目を見開く。
そして、ロベル君に向かって微笑んだ。
「……ロベルがそう思っているのなら、ちゃんと受け取らなくてはね」
ユリウスがロベル君の頭を撫でる。
その手つきは普段の言動からは考えられないほど優しく、ロベル君のことを大切に思ってくれているのが伝わってくる。
「ロベル」
今度はお父さんがロベル君の名前を呼んだ。
お父さんは膝をつき、ロベル君に目の高さを合わせて、真正面から彼を見つめた。
「今まで寂しい思いをさせて済まなかった。家族らしいことを何一つしてあげられなくて、愛してるなんて言葉も言えなくて、本当に済まなかった」
「そんな、しょうがないことですから……」
「しょうがないことではないよ。ロベルに辛い思いをさせたのに、その一言で片付けられる問題ではない」
真剣な眼差しでロベル君を見つめるお父さん。
いつもの親バカはなりを潜め、ただのイケメンパパがそこにはいた。
「これからはいっぱい甘えて欲しい。叶えられない願いもあるだろうが、できる限りのことは叶えよう」
お父さんが柔和な笑みを浮かべる。
普段からこういうふうに接してくれると有難いんだけどなぁ。
てか、ロベル君の顔を真正面から見ても鼻から出血しなくなったんですね、お父さん。
「……欲しいものなんて、無いです。叶えて欲しいことも、僕にはもうありません」
そう言うと、ロベル君は可愛らしく笑った。
「だって、こうやってお父様や兄様、それに皆さんとお祝いできるだけで僕は満足ですから」
それが本心から言ってるのがわかるくらい、ロベル君は良い笑顔をしていた。
本当に、ロベル君は優しすぎるよ。
そんなところが素敵で可愛らしくて、とても愛しいんだけどさ。
……でも、それをお父さん達の目の前で言うのはちょっとまずかったかもしれない。
「ロベル……!」
お父さんの目に大粒の涙が浮かぶ。
そして、それがそのまま滝のように流れ落ちるのだと思っていたら。
「本当に良い子に育ってくれてパパは嬉し……カハァッ!」
涙が零れるより先に、お父さんの口から血が零れた。
「チュチュッ!?(何で!?)」
今、心温まる良いシーンだったのにどうして吐血しちゃうかな!
あと、出血しなくなったんじゃなくて、我慢強くなっただけだったんですね!
「お父様!?」
心配そうにロベル君がお父さんに聞いた。
お父さんは良い笑顔で親指を立てた。
「だ、大丈夫だよ……ロベルがあまりに愛らしくて血が出ただけだからね」
「それ、何も大丈夫じゃないですからね?」
プラムさんは冷静に突っ込みながら、お父さんを介抱する。
最早見慣れた光景である。
そして、もう一人の方も……。
「いい加減鼻血が出ないように努力してくださいよ。ユリウス坊ちゃんもそう思いますよね……し、死んでる……!?」
プラムさんの視線の先には、恍惚とした顔で仰向けに倒れるユリウスがいた。
実は、ユリウスの奴はお父さんが吐血するより前に気絶していた。
親子揃って何やってんだか。
ほら、ロベル君がオロオロしてるじゃないか。彼を困らせるんじゃない。
「兄様もお父様も大丈夫ですか?」
「あー、平気ですよ。お二人共、身体は丈夫なんで」
そう言うと、プラムさんはいつの間にか準備されていた担架に二人をそれぞれ乗せて、他の使用人さん達と部屋から運び出していった。
「本当に大丈夫なんでしょうか……」
「チュピピ(あの人達なら大丈夫だよ)」
ロベル君が尊すぎてああなってるだけだし。
もしあれで死んだら、世界初の尊死した人物として語り継がれるだけだから。
「チュピィ(てか、こんな大事な日に倒れちゃダメでしょ)」
ロベル君が初めて家族と過ごすクリスマスなんだから、一緒にいて欲しい。
ロベル君はプレゼントよりもそれを望んでいたんだし。
「きっとお父様も兄様もお疲れだったんだよ。それなのに、僕のせいで無理をさせてしまったんだと思う」
ロベル君の顔が段々曇っていく。
ああ、あの親バカとブラコンのせいでロベル君の気持ちが沈んできている!
これは何とか励まさねば……!
「チュ……(ロベルく……)」
「ロベル坊ちゃん」
私が彼に話しかけるより先に、プラムさんがロベル君に話しかけた。
えっ、いつ戻ってきてたの?
「パパヴェル様もユリウス坊ちゃんも無理なんてしてませんよ。確かにお二人共この日のために色々と準備されていましたが、それも楽しそうにやっておられました」
そう言うと、プラムさんが珍しく微笑んだ。
「そのような心配をせずとも、お二人共すぐに戻ってきますよ。何せ、ロベル坊ちゃんと過ごす今日という日を本当に楽しみにしていらっしゃいましたから」
その言葉に、ロベル君の顔が徐々に明るくなる。
「そうだったんですね……」
「ですので、お二人の治療が終わるまでここで待ちましょう」
「はい!」
おお……プラムさん、ありがとうございます。
おかげでロベル君が悲しい思いをしなくて済みました。
「ところで、ロベル坊ちゃん」
「何ですか?」
「坊ちゃんはプレゼントを渡されなくてもよろしいのですか?」
「えっ!?」
プラムさんの言葉にロベル君が肩を跳ね上げた。
彼の肩に止まっていた私は、バランスを崩して倒れそうになる。
「チュン!(おっと!)」
「ご、ごめん、スズ!」
ロベル君が咄嗟に支えてくれたから事なきを得た。
でも、彼は一体何に驚いたんだろう?
「プ、プラムさん。どうしてそのことを?」
「ロベル坊ちゃんが使用人に頼んでいたのを知っておりましたから」
「そ、そうだったんですか」
ロベル君は明らかに挙動不審だ。
そういえば、さっきプラムさんがロベル君もプレゼントを用意してたとか言ってた。
でも、私はその場面を見てないんだよね。
私のいないところで準備してたってことなのかな?
「まあ、パパヴェル様やユリウス坊ちゃんへのプレゼントと同時に渡されても良いとは思います。しかし、女性に渡すのであれば雰囲気が大切ですよ」
……ん?
プラムさんは何の話をしてるの?
「女性の気持ちを惹きたいのであれば、二人きりの時に渡すべきです。恐らく、あのお二人が戻ってこられたら、ロベル坊ちゃんが寝るまでベッタリくっつかれるでしょう」
あー、それはわかる。
「今夜は寝かせないぜ」とまではいかないだろうけど、「寝るまで離さないぜ」って感じで二人ともロベル君にずっと構ってきそう。
まあ、ロベル君も嬉しそうに二人に付き合うんだろうけどね。
「そうなれば二人きりになっても眠くて今日中には渡せないでしょう。それに、あのお二人にプレゼントを渡しておきながらスズさんには無いなんてなったら、スズさんが悲しみますよ?」
えーと、だから、何の話をしてるの?
「これから少しの間だけ二人きりになるようにしますので、その間にお渡しになってはいかがですか?」
「……わかりました」
ロベル君が何故か決意に満ちた顔をしている。
「では、俺はお二人の様子を見に行ってまいります」
プラムさんは一礼すると、部屋から出ていった。
周囲を見ると、他の使用人の皆さんも見当たらない。
どうやら、今この部屋には私とロベル君しかいないみたいだ。
こういう状況にしてて大丈夫なのかな?
いくらロベル君が大人しくて良い子とはいえ、子供を一人にするのは危なくない?
私でも止められないことはあるんだよ?
例えば、ロベル君の上に物が落ちてきたり、どこかから現れた変質者に襲われたり……。
「スズ、ちょっといいかな?」
「チュピ?(なに?)」
ロベル君は肩にいる私を机の上にのせた。
真正面から見た彼の顔は茹でたタコのように真っ赤だった。
「チュンチュピ?(顔赤いけど、大丈夫?)」
「う、うん」
何故かロベル君はもじもじしている。
具合悪いのかな?
「……実は、スズにプレゼントを用意したんだ」
「チュ?(私に?)」
ロベル君は服の内ポケットから綺麗にラッピングされた袋を取り出した。
もちろん私は開けられないので、彼が代わりにその袋の中身を見せてくれた。
「……チュピ?(これは?)」
中から出てきたのは毛糸で編まれた紐みたいなものだった。
何だろう、これ。
「……ま、マフラーなんだけど、あんまり上手く編めなくて不格好になっちゃったんだ」
ロベル君が恥ずかしそうにそう言った。
あ、マフラーか!
私サイズで考えれば、マフラーに見えなくもない。
……あれ、今「編んだ」って言った?
「チュピピ?(これ、ロベル君が編んだの?)」
「うん」
まさかのロベル君の手作りだと……!
一体いつ編んでたのか気になるけど、そんなことより私のために彼が編んでくれたというのが重要ですよ!
「チュン?(つけてもらってもいい?)」
「う、うん」
ロベル君が私の首につけていたリボンを外して、そのマフラーを巻いてくれた。
「チュピ?(どうかな?)」
「似合ってるよ、すっごく」
「チュンチュッ!(えへへ、嬉しい!)」
世の男子よ、クリスマスプレゼントに貰う手作りマフラーは良いぞ。
身も心もポカポカだよ。
でも……。
「チュピ(私、何も用意してなかった)」
雀の私に用意できるプレゼントなんて大した物じゃないけど、こういうのは気持ちが大事だからね。
ロベル君からプレゼントを貰えるなんて思ってなかったとはいえ、用意してなかったのは失敗だったなぁ。
「そんな、スズからはいつも貰ってるからいらないよ」
「チュピ?(え?)」
「僕といつも一緒にいてくれて、僕のこと励ましてくれるでしょ? だから、このプレゼントはそのお礼なんだ」
ロベル君が照れくさそうに笑った。
……そんなこと思ってくれてたんだ。
いつも一緒にいるのは私がロベル君といたいからで、ロベル君を励ましてるのも他に何も出来ないからなんだけど。
でも、それでも、彼の支えになれてたんだね。
「チーチーチー(ありがとう、ロベル君)」
私はマフラーの温もりを噛み締めながら、改めてロベル君にお礼を言った。
「僕の方こそ、いつもありがとう」
私達は互いに笑いあう。
皆が戻ってくるまでの短い間だったけど、二人きりのクリスマスを堪能したのでした。