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#003.強盗と6人目の弟子

「マスターと街、久しぶりです!」

「ん、師匠が構ってくれて嬉しいなのです。」


 ティフィとフィアが上機嫌で俺の手を引っ張る。2人は街に憧れのようなものが強いので、街を見て回ったりするときはいつも機嫌がいいが、今日はルナが俺を連れ出していいと許可を出した為、俺と一緒に回れて尚ハッピー、といったところだろうか。2人は俺にも憧れみたいなものを持っているからな。


「マスター、どうかしたですか?」

「ん、師匠、何か考え事してるなのです?」

「いや? 特に何も。」


 どうやらボーッとしていたのを考え事をしていると勘違いされたようだ。


「ティフィとフィアは何がしたい? 折角こうして街に出たんだから、何かしたいことがあるなら可能な限り応えてやるぞ。」

「…………」

「…………」

「どうした? 何でもいいぞ。」

「……マスターがこんな優しいことを言うはずないです。」

「ん、この師匠は師匠じゃないなのです。師匠の偽物なのです。」

「成敗するです!」

「ん、偽物は覚悟しろなのです!」


 2人はそう言うや否や、殺気を放ちながら隠し持っていた小刀を抜いて斬りかかってきた。俺はその両方を手の平で受け止める。刃が皮膚と血管を簡単に斬り裂き血が溢れ出るが、斬り落とされることはない。


「失礼なことを言うな。それと、街中で武器を抜くな。市井の方々に迷惑がかかるだろう。」


 俺は受け止めた小刀を握りつぶしながら溜息を吐く。肉体強化をしていればこの程度、余裕だ。傷もすぐに塞がるだろう。


「むっ、私の渾身の一撃を受け止めたということは本物のマスターです。疑って申し訳ありませんです。」

「ん、以下同文なのです。ごめんなさいなのです、師匠。」

「よし、許す。だが、新しい小刀が欲しかったのなら斬りかかってこなくても欲しいと言えばいいんだぞ。」

「マスターが優し過ぎて怖かったです。だから偽物かもしれないという疑いを晴らすのと一緒に目的を達成しようとしたです。」

「ん、師匠は修行の時とっても厳しいなのです。急に優しくなると怖いなのです。」

「お前たちにそんなに厳しくした覚えはないぞ? グレイスはお前たちの10倍はきつくしごかれていたはずだ。」

「グレイスお兄ちゃんはそのくらいでちょうどいいです。」

「ん、遅刻魔は反省させるべきなのです。そもそもあの遅刻魔は手癖が悪いなのです。犯罪者には厳しくするべきなのです。」


 相変わらずグレイスには当たりが強い。まあ、グレイスに窃盗で前科が付いているのは純然たる事実なのだが。


「マスターは何であんなのを拾ったですか?」

「ん、それは謎なのです。」

「グレイスは俺が拾ったんじゃなくて、官憲の犬に押し付けられたんだよ。そうじゃなきゃ、いくら俺だってあんなのを弟子や従業員になんかしない。今となっては同情もあるがな。」


 これは本心だ。あいつもあいつなりに色々あったからな。じゃなきゃ、あんな遅刻魔は3日でクビだ。


「釈然としないです。私を拾った時、マスターは、『君は良い目をしている。決意の籠もった良い目だ。気に入った。俺のところへ来れば、最低限の衣食住は保証してあげるけど、どうする?』って言ってたです。私は寒いの嫌だったので、一も二もなく飛びついたですけど、私は押し付けられたんじゃないです。」

「ん、ティフィに同意なのです。私を拾った時、師匠は、『食べる物がないのは辛いよな。俺の喫茶店なら、取り敢えず食べ物をあげられるけど、どうする?』って言ってたなのです。私はひもじいの嫌だったので、一も二もなく飛びついたなのです。でも、私も押し付けられたんじゃないなのです。」

「お前らと成人した男を一緒にするな。最初にお前らを拾ったのはただの善意だ。まだ『無償の善意』が残ってた頃だからな。それと、俺みたいな奴の言うことを信用すると、痛い目見ることもあるから注意しろよ。」

「それは分かってるです。でも、あの時マスターに会わなかったら私は凍死して野良犬のおやつになってたです。だから、マスターには感謝してるです。」

「ん、私も師匠に会わなかったら餓死して今頃骨すら残っていないなのです。師匠には感謝してもしきれないなのです。」

「感謝してるならあんまり我が儘言っちゃダメだぞ。」

「むっ、それはそれ、これはこれなのです。」

「ん、ティフィに同意なのです。私たちに我が儘を言うのをやめさせたいなら、実力で止めてみろなのです。優しい師匠は私たちに暴力を加えることなどできないなのです。仮にここで殴ったり蹴ったりしてきたら、騒ぎまくってやるなのです。」

「……フィア、脅迫上手くなったな。お手上げだ。」


 どうやら2人に我が儘をやめさせるのは無理らしい。溜息を吐いていると、


「マスター、着いたです。」

「ん、武器屋なのです。」


 2人が俺の上着の袖を引っ張った。話しているうちに武器屋に到着したようだ。


「私は前にマスターに買って貰ったのと同じ形のが欲しいです。」

「ん、私は前に師匠に買って貰ったのと同じ形で刀身が黒いのが欲しいなのです。」

「……お前たちがアレで良いなら構わないんだが、今はもっと性能が良い小刀もある。もしそっちがよかったら、遠慮しないでいいから言えよ。」

「分かったです。」

「ん、了解なのです。」


 素直に返事をするフィアたちをほほえましく思いながら俺は武器屋のドアに手をかけた。すると、その瞬間、


 ――キィィィィン


 耳鳴りのような音が響いた。鳥肌が立ち、背筋に悪寒が走る。この感覚はまずい。明らかに良くないことが起きている。


「ティフィ、フィア、下がれ。」


 俺の声に何かを感じたのか、ティフィとフィアは質問をすることもなく素直に一歩下がった。少し武器屋のドアを開けて中を窺うと、2人組の覆面をした男が武器屋の女性店員に魔銃を突き付けている様子が見えた。


「マスター、何が見えたです?」

「ん、気になるなのです。」


 ティフィとフィアが小声で話しかけてきた。俺は小声で返事をする。


「強盗だ。」

「グレイスお兄ちゃんです?」

「ん、あの遅刻魔ならやりかねないなのです。」

「あいつがやるのは窃盗で強盗じゃない。そもそも、中にいる奴らはグレイスと体格が違い過ぎる。」

「じゃあ、どうするです?」

「ん、このままじゃ小刀を買って貰えないなのです……」

「簡単なことだ。制圧する。2人とも、ちょっと耳を貸してくれ。」


 俺は2人にある指示を与える。すると2人はいつもの顔から『仕事』の顔に変わり、軽く頷くと店の裏へと走っていった。


「さて、あんまり悠長にしてはいられないし……ま、簡単な方法でいいか。」


 正直言って、認識されずに店の中に入ることは容易い。だが、いきなり店の中に俺が現れたら強盗がパニックに陥って魔銃の引き金を引くかもしれない。それはまずいので、俺は最も簡単な方法を選んだ。


「どーも、こんにちは。」


 即ち、ドアを開けて客のように店内に入る、という平凡極まりない方法だ。実質、これは一番安全でもある。


「ん?」

「ああ?」


 覆面の2人組はこちらに顔を向けると、すぐさまこちらに魔銃の銃口を向けた。


「どうした? おもちゃの銃なんか持って、ごっこ遊びか? なら俺はここで失礼しようかな。ごっこ遊びに付き合ってられるほど暇じゃないんで。」


 俺はあえて『ごっこ遊び』というワードを強調して強盗をおちょくる。挑発しておけば意識はこちらに向くからその間は店員が安全、という寸法だ。


「んだ? テメエ、死にてえのか?」

「愚問。流石、おもちゃの銃で強盗の真似事をする御仁は頭の中も普通ではないようだ。」


 俺は尚もおちょくりながら一歩ずつ強盗たちに近付く。


「まさか白昼堂々強盗紛いの行為をするような阿呆がいるとは思わなかった。しかも俺が気に入っている武器屋で。」

「……るっせえ! すっこんでろ!」


 強盗の1人が痺れを切らし、俺に向かって魔銃を撃った。高速の弾丸が俺に迫る。だが、その銃弾が俺に届くことはない。


「させないです!」

「ん、師匠に危害は加えさせないなのです!」


 ティフィとフィアの声が響き、空中に現れた東国の投擲武器、手裏剣が弾丸を斬り払った。更に、


「犯罪者は死すべしです!」

「ん、沈めなのです!」


 再び2人の声が響くと、強盗2人が白目を剥いてその場に崩れ落ちた。そしてその後ろに、戦隊ヒーローのようなポーズを取ったティフィとフィアが姿を現す。


「マスター、タイミングはどうだったです?」

「ん、師匠の役に立てたなのです?」


 2人が目からこれでもかってくらいキラキラビームを出しながら聞いてくる。


「ああ、最高だったよ。それに2人とも、透明化の魔法も手裏剣技術もちゃんと向上している。これなら安心してこれからも仕事に付き添わせることができるな。」


 俺が拘束魔法で強盗を縛り上げながら頭を撫でてやると、ティフィとフィアはホワホワになった。


「はうううう……マスターに褒められたです……」

「ん、嬉しいなのです……」


 顔を赤くして照れている2人を俺はその場に放置し、脅されていた女性店員に近付くと、頭を軽く叩く。


「はうっ? い、いきなり何を……」

「黙れ、この腰抜けが。お前だって一流の武器屋を自負するなら何かしら抵抗しろ、情けない。お前、一から叩き直してやろうか?」

「そ、そりゃないですよぉ……免許皆伝って言ったのお師匠様じゃないですかぁ……」


 この武器屋唯一の店員であり店主のリリナ・ファーナは涙目で抗議してくるが、俺はどこ吹く風とばかりに受け流す。会話で分かっているとは思うが、こいつも俺の元弟子だ。リリナは接客が絶望的にヘタクソなので喫茶木漏れ日の店員をさせる訳にはいかなかった。その為、修業を一通り終えた後に独立して武器屋をやっている。接客が絶望的なのは相変わらずだが、武器作成の腕はいいので経営は順調なようだ。少なくとも、売上金を狙って強盗が入るくらいには。


「ま、それは兎も角、今日は何の御用ですか? ティフィちゃんとフィアちゃんまで連れてきて……」

「まず官憲の犬を呼んでくれ。」

「……お師匠様、その言い方止めた方がいいですよ。いくらグレイスさんを押し付けられたからって……」

「あいつらの強引さは糞どもの次くらいに嫌いなんだよ。いいから呼べ。用はそれからだ。」

「はいはい、分かりましたよ。」


 リリナは水晶玉を取り出し、ブツブツと何か呟く。すると、店の入り口から2人の警吏が入ってきた。その2人は床に転がっている縛られた覆面2人組を見つけると、敬礼だけしてその2人を引きずりながら連行していった。


「捕縛に対する礼も襲われたことに対する気遣いもない……これだから官憲の犬は嫌いなんだ。」

「お師匠様の警察嫌いは知ってますけど、あんまり大きな声で言わないでくださいね。で、御用は何なんですか?」

「ああ、この2人の小刀の新調だ。それと、頼んでいた新しい剣、できていたらくれ。」

「つい1か月前に小刀買って行きましたよね? もう使えなくなったんですか? メンテナンスなら無料でしますけど……」

「いや、ついうっかり俺が握りつぶしてしまってな。」

「ついうっかりで小刀握りつぶす人なんてお師匠様だけですよね……まあ、小刀ならいっぱいありますからいくらでも見ていってください。」

「はいよ。まあ、既に見てるだろうがな。」


 後ろを向くと、予想通りティフィとフィアは既に小刀を物色してはしゃいでいた。


「俺の剣はできてないのか?」

「ミスリルがなかなか手に入らなくて、まだ作れてません。オリハルコンはあるんですけど、オーダーは神金の剣じゃなくて聖銀の剣でしたよね?」

「ああ、神金は使おうと思わないからな。あの糞と同じものを使うなんざ、考えただけで虫唾が走る。」


 これは本心だ。あんな奴が使っている金属を使うくらいならマジで死んだ方がましだと思う。


「マスター、マスター、こっち見てくださいです。」

「ん、見て欲しいです。」


 ダークな思考に落ちかけていた俺をティフィとフィアの声が現実に引き戻した。


「ん? どうした?」

「前とおんなじ形のがいっぱいあって悩んでるです。」

「ん、どれが良いと思うなのです?」


 2人は両手に抱えきれないくらいの小刀を見比べていた。


「試し斬りしてみたらいいんじゃないか? リリナ、ここ確か武器が試せる部屋が併設してあっただろ。」

「あ、はい。じゃあ試し斬りはそちらでしてみてください。ちょっと戸締りするので待っててくださいね。」

「店を閉める必要はないぞ。勝手に試すだけだから。」

「それは却下です。お師匠様があの部屋を破壊するかもしれませんので。」


 リリナはさっさと【休憩中】の看板を表に出してドアに鍵をかけてきた。


「じゃあ行きましょう。」


 リリナは有無を言わさずに試使用部屋に向かう。俺は溜息を吐くも、キラキラした目をしているティフィとフィアには逆らえず、試使用部屋に向かうのだった。

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