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#002.本日定休日

「おはようございます、マスター。」

「おはよう、ルナ。」


 ある第1金曜日の朝。喫茶木漏れ日は定休日だ。


「今日は定休日だから、マスターって呼ばなくてもいいんだぞ。」

「んー、でも、私がマスターのことをパパって呼ぶと思います?」

「別にマスターじゃなくてもいいって言っているだけで、パパと呼べとは言っていないんだがな。」

「じゃあマスターか師匠でいいじゃないですか。私がマスターのことをパパって呼ぶのなんて年一で十分。でしょ、お父さん。」

「……師匠の呼称も語尾もブレブレですね、ルナ殿。」


 いつの間にか俺の後ろに立っていたコルトがルナに冷めた目でそう告げる。


「……おはようございます、師匠。」

「おはよう、コルト。買い物ご苦労だったな。」


 コルトは紙袋を抱えている。昨日市場での食材の買い出しを頼んでおいたのだ。


「いえ。師匠の頼みですから。パンとスモークハムとミモレット、それとブラックタイガーでしたよね?」

「ああ。よく覚えているな。ルナとは大違いだ。」

「ちょっとお父さん、それどういう意味?」

「この間ブラックタイガーを頼んだら黒い虎のことと勘違いして虎の肉を買ってきたバカはどこのどいつだ?」

「うっ……」

「まあいい。コルト、それは冷蔵庫にしまっておいてくれ。」

「……承知しました、師匠。」


 コルトが冷蔵庫へ向かった時、勝手口が開き、そこから2人の少女が入って来た。


「おはようです、マスター。」

「ん、おはようなのです、師匠。」

「ああ、おはよう。ティフィ、フィア。今日は定休日だから来なくてもいいんだぞ。」

「マスターにいつ仕事が来るか分からないです。」

「ん、潜入任務は私たちの仕事なのです。」

「自ら危険に特攻しようとしないでくれ。」

「マスターを危険に晒すくらいなら自分が死んでやるです。マスターは心配するなです。」

「ん、師匠は命の恩人なのです。私たちは恩を返してるだけなのです。」

「恩返しなら喫茶店業務で十分なんだよな……取り敢えずそこの椅子に座っててくれ。」

「はいです、マスター。」

「ん、了解なのです、師匠。」


 2人はトテトテと歩いて俺が指し示した椅子に座った。また身長が足りていない為、2人とも椅子に座ると足が宙ぶらりんになる。


「マスター、足が宙ぶらりんで落ち着かないので台を所望するです。」

「ん、ティフィに同意なのです。台をくださいなのです。」

「はいよ。コルト、悪いが台所にある台を2つとも持ってきてくれ。」

「……そう仰ると思っていましたので、既に持ってきております。」


 コルトは2人の足元に台を置いた。


「ありがとうです、コルトお兄ちゃん。」

「ん、以下同文なのです。」

「……どういたしまして。」


 コルトは少し微笑むと、ティフィたちの隣の椅子に座った。それを見て、ずっと立ちっぱなしだったルナもコルトの隣の椅子に座る。


「お父さん、私紅茶が飲みたい。ディンブラが。」


 椅子に座るなり、即座にリクエストしてくるルナ。お前だって喫茶店員なんだから自分で淹れろとも思うが、茶葉をルナに触らせようものなら全てダメになりかねないので、仕方なく厨房に向かう。


「コルトたちも何か飲むか?」

「……頂けるのであれば、アイスコーヒーをお願い致します。」

「オレンジジュースが飲みたいです。」

「ん、ブラッドオレンジジュースをくださいなのです。」

「はいよ。じゃあ、ルナの分は給料から天引きな。他の3人は無料にしておく。」

「なんで私だけ引かれるの?」

「文句があるなら今月からお前の家の家賃光熱費水道代その他諸々全て払え。それが嫌なら天引きくらいでガタガタ言うな。お前の月の出費は食費だけで、他全部趣味に使えるんだから構わないだろう。」

「うっ……」

「店員割引で半銅貨1枚分にしておいてやるから。それとこれに従えば今月分の給料あげてやっても構わん。」

「お父さん大好き!」


 現金な奴め。俺は溜息を吐きながら飲み物の準備を始めた。



「はい、お待たせ。アイスストレートティー、アイスコーヒー、オレンジジュース、ブラッドオレンジジュースだ。」

「ありがと、お父さん。」

「……頂きます、師匠。」

「嬉しいです、マスター。」

「ん、ありがとうなのです、師匠。」


 4人はグラスを受け取り、それぞれ飲み始める。と、その時、勝手口が開き、白ずくめの男が入って来た。


「遅れました! すみません、マスター!」


 入ってくるなり、男は俺の足元に全力でスライディング土下座を決めた。


「五月蝿いです、黙れです、グレイスお兄ちゃん。」

「ん、遅刻魔は来るななのです。」


 ティフィとフィアが辛辣な発言をかます。年齢も身長も自分の3分の2程度しかない少女2人に口汚く罵られた白ずくめの男、グレイスは、


「そこまで言わなくてもいいじゃないか……」


 と沈んだ声をあげる。


「お前が遅刻魔なのは純然たる事実だろうが、情けない。本当に俺の弟子なのか疑いたくなるぞ。」

「……マスター、いえ、師匠。命だけはお助けを……」

「別に遅刻ぐらいで命を取ったりはしない。お前の給料が減って、4人の給料がその分増えるだけのことだ。それに、今日は特例として許す。」

「えっ? なぜですか?」

「……今日は定休日だから来なくても構わないんだよ。」

「……あっ!」

「定休日すら覚えていないのですか、グレイス。」

「……曜日の感覚くらい持っていてください、グレイス。」

「遅刻魔の上に間抜けなんて救いがないです、グレイスお兄ちゃん。」

「ん、バーカバーカなのです。」


 4人の冷ややかな視線がグレイスに集まる。グレイスは唯一言い返せる相手であるルナを恨みがましい目で見たが、その隣にいる絶対に勝てない存在のコルトに睨み返され、とぼとぼとした足取りでフィアの隣の椅子に座った。


「結局全員来てしまったな、定休日だというのに。」

「じゃあ、何か話でもしますか?」

「そうだな。ティフィも言っていたが、いつ新しい依頼が来るか分かったものじゃないし。」


 俺は5人の顔をぐるりと見渡すと、


「取り敢えず、ルナから順番に自己紹介してくれ。」


 と指示を出した。


「はい、マスター。私はルナ・シャイン。喫茶木漏れ日のマスターであるソウル・シャインの娘であり弟子です。専門は治療です。」

「……私はソウル・シャイン師匠の弟子であるコルト・レザル。専門は暗殺。」

「私はマスターのソウル・シャインに寒空の下で震えていた所を拾ってもらって、そのまま弟子入りしたティフィです。専門は隠密行動です。」

「ん、私はソウル・シャイン師匠に飢えていた所を拾ってもらって、そのまま弟子入りしたフィアなのです。専門は潜入捜査と情報収集なのです。」

「俺はマスターの弟子の一般人、グレイスだ。専門は窃盗。」

「よし、OK。記憶喪失者はいないようだな。」

「OKじゃないです、マスター。」

「ん、OKじゃないなのです、師匠。」


 ティフィとフィアが俺の発言に異を唱えた。


「どこがOKじゃないんだ?」

「マスターが自分のことを忘れてる可能性があるから、マスターも自己紹介をするべきだと思うです。」

「ん、師匠もすべきなのです。」

「お前ら俺にやらせたいだけだろ……まあ、やるけど。」


 俺は1つ溜息を吐くと、


「俺はソウル・シャイン。ルナ・シャインの父親でルナに治療技術、コルトに暗殺技術、ティフィに隠密技術、フィアに潜入技術、グレイスに窃盗技術を教えた喫茶木漏れ日のマスターだ。」


 と自己紹介。すると、


「大変です! マスターが自分のことを忘れてるです!」

「ん、師匠が自分の本来の立場を忘れてるなのです。ショック療法で治すなのです。」


 ティフィとフィアが騒ぎ始めた。


「お前らやっぱり言わせたいだけだろ……」

「分かってるなら早く言うです、マスター。」

「ん、ティフィに同意なのです。」

「はいはい。俺は喫茶木漏れ日のマスターにして……」

「「マスターにして?」」

「……糞勇者パーティの元パーティメンバーの大賢者だ。」


 俺が嫌々ながらもこう言うと、ティフィとフィアはうっとりとした顔になった。


「はううう……何回聞いても痺れるです……」

「ん、師匠カッコイイなのです……」

「この程度で悶える意味が分からん……」


 ティフィとフィアは隙あらば俺に【大賢者】というワードを言わせようとする。そして言うとこうなる。だが俺には意味が分からない。


「世間一般の人たちにとっては勇者アレクシスは英雄だから、そのパーティにいた大賢者っていうのは相当凄いって思うんじゃない? ティフィちゃんもフィアちゃんもお父さんに会ってなかったら十分一般人の枠組みに収まる訳だし。」

「あの糞野郎が英雄だなんて虫唾が走るな。一刻も早く死ねばいいんだ、あんな奴は。」


 これは本心だ。俺は2年と少し前、あいつらのパーティからとある確執が原因で追放された。それだけならいいのだが、あの糞は事実を捻じ曲げて広めた。結果、俺は仲間が止めるのも聞かずに死地に単身乗り込んで愚かに死んだ扱いになっている。糞が。死地に単身乗り込んだのは事実だが、あいつらは誰1人止めもしなかったぞ。何回俺がパーティの危機を救ったと思ってるんだ、糞どもめ。


「マスター、闇のオーラが濃すぎて気絶しそうなんで少し抑えてください。俺、そんな魔力耐性強くないんで……」

「だったら来なければいいです、グレイスお兄ちゃん。」

「ん、遅刻魔はバカの極みなのです。」


 グレイスに当たりが強い2人がまた毒を吐く。だが、グレイスが魔力耐性が強くないのは事実だし、流石にこの思考に支配されると歯止めが効かなくなるので俺は努めて糞どものことを意識の奥底へと封じ、闇のオーラを収める。


「まあ、俺たちは俺たちのすべきことをしていればいいんだ。すべきことをしていれば、いずれ目的達成の糸口は掴めるはずだ。喫茶店業務にしろ、裏の仕事にしろ。」

「結局、いつも通りですね。」

「それでいいんだよ。実際、俺たちの目的達成の為の情報は確実に集まっている。」


 俺はまた5人の顔を見回し、


「兎に角、誰も先走った行動はするなよ。この中で実力が一番あるコルトでも、1人で動くのは危険だ。いいな。」


 と念押しする。5人はしっかり頷いた。


「じゃあ、話はこれで終わりだ。帰っていいぞ。」

「はーい。まあ、もうちょっとここにいるけど。」

「……私は私用があるのでこれで。」

「俺も今日は会合があるんで失礼します。」

「私は何もないです。マスター、街に行こうです。」

「ん、たまには遊んで欲しいなのです。」

「ティフィ、フィア、我が儘言っちゃダメだ。」

「ティフィちゃん、フィアちゃん、お留守番なら私がしているからマスター連れて行っていいよ。貸してあげる。」

「やったです! マスター、遊びに行くです!」

「ん、遊びたいなのです!」


 ……この2人に無邪気な笑顔を向けられると断りづらい。


「……ルナ、減給2ヶ月。」


 俺はそう言い捨てると、ティフィとフィアによって半ば強制的に街に連れ出されるのだった。

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