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異聞喫茶 進めない君と  作者: 紫祓陸
6/12

大切なものは人それぞれなんだから下手に口出ししないように


 速報です。××町路上にて女子高校生が意識不明で発見され、病院へ運ばれましたが詳しい事情は分かっていません。発見した新聞配達員の話によると、女子高校生は地元では見かけない制服を着用していたとのことです。


 瀬良拓馬はチャンネルをテレビに向けたまま、女性アナウンサーが神妙な顔つきで速報を読み上げるのを聞いた。昨日は女性アナウンサーを困らせていた男性キャスターも、何があったのでしょうか、と眉を八の字に寄せている。

 即座にテレビの電源を切り、スクールバッグを引っ掴んで寮を飛び出した。

 校舎へ向かう生徒たちの視線が拓馬に突き刺さる。彼の首元からたなびく緑色がさらに周囲の視線を集め、耳に押し付けられた端末がクラスメートの挨拶を拒絶した。


「なんで出ねぇんだよ」


 もう一度、と端末を操作して相手を呼び出した。そこに表示されているのは“雪村沙織”の四文字。耳に当てれば呼び出し音が呑気に流れている。


「出ろ」


 拓馬の背を一筋の汗が伝った。鳩尾の奥に大きな岩を放り込まれたようで、心なしか体温が下がっている気がする。四肢が冷たく痺れ、思考が混乱と冷静の狭間で漂う。

 呼び出し音から端末伝言サービスに移行した。抑揚のない女性の声が伝言の吹き込み方を説明している。

 女性の声をぶち切り、彼は昇降口前で立ち尽くした。


「なんで」


 もうすぐ始業の鐘が鳴っていい頃だ。

 彼は最後にもう一度だけ呼び出してみようかと端末に指を這わせた。

 そのとき、背中をどんと叩かれた。


「うっ!」

「おはようございます、瀬良くん」

「おま、筒尾」


 何するんだと凄みかけた拓馬だが、そこに立つ笑顔の玲央に毒気を抜かれた。


「おい、その隈どうした」

「愛の鞭を受けまして」

「はあ?」


 これでもファンデーションで隠したつもりだったのですが、と目の下を軽く指先で押した。隈以外は基本的な制服姿にお団子ヘアと、普段の玲央と何ら変わりがないように見える。

 B組の下駄箱へ向かう玲央を見て、拓馬もまたA組の下駄箱で自身の上履きに履き替えた。


「お前って、今日で世界が終わるって言われても笑ってそうだよな」

「え。なんですか、いきなり」

「別に」


 上履きの踵のズレを直している玲央に吐き捨てる。

 そんな様子の拓馬に玲央は微笑みはすれど文句は言わなかった。スクールバッグを肩に掛け直し、流れてきた前髪とサイドの髪を軽く叩いて落ち着かせる。

 そこで不自然に揺れた一房の黒は制服の内側へ続いている。


「今の瀬良くんは何が起きても笑わなそうですね。すっごく怖い顔してますよ」

「なあ」


 拓馬は薄々気がついていた。彼女の不自然な黒が何を意味しているのか。


「昨日さ」

「はい」


 喉が貼り付いたようだった。口は開くのに何も言葉が出てこない。

 玲央は辛抱強く笑顔を貼りつけている。朝の喧騒と人混みの背景を背負ってなお微動だにしない表情には感心を通り過ぎて恐れすら抱く。

 声を出そうとすればするほど気管がひゅっと悲鳴を上げた。


「どうしました?」


 首を傾げる玲央の姿が白々しく見えてしまい、拓馬は激しく首を左右に振った。背中をネクタイが弱々しく叩き、草臥れて宙ぶらりんに垂れ下がる。


「やっぱ、なんでもない」

「そうですか?」


 階段の一段一段を踏み締めて上がっていく。

 ようやく拓馬の喉が開くようになってきた。それでも砂漠のように乾いた粘膜がストレスを感じていることは容易に想像ができる。

 スクールバッグに手を突っ込み、指先に当たった硬いものを引きずり出す。キャップを開けようともう片方の手を添えようとして、はっと気がついた。


「瀬良くん、急いでたんですね」

「た、たまたまだ!」

「端末と間違えて耳に当てなくて良かったですね」

「馬鹿にしてんのか!」


 彼が握っていたのはテレビのリモコンだった。寮を出るときに紛れ込んでしまったらしい。

 そういえば部屋の鍵をかけた記憶がない。

 思い切り溜め息をついて階段を上り切る。寮も学園の敷地内とは言えオートロックではない以上、拓馬はそのセキュリティ一を全面的に信頼する気にはなれなかった。授業が終わったら即刻帰宅で決まりだ。


「瀬良くん」

「なんだよ、早く上がって──」


 神妙な顔をした玲音が拓馬を見上げている。不自然に揺れる黒を指先で弄り、すぽんと耳からそれを引き抜く。でろりと首元に落ちてきた黒の塊は小さく音を発している。

 自分の体温が急激に下がるのを感じながら、拓馬は震える手で彼女のイヤホンを受け取った。


 今朝××町で発見された意識不明の女子高校生ですが、地方の公立高校に通う高校二年生、雪村沙織さんであることが分かりました。病院で治療を続けていますが、親族の呼び掛けにも反応がなく眠り続けています。警察は眠り姫連続殺人事件と関係があると見て捜査を開始しています。


 それから拓馬は自分がどうやって息をしていたのか、どのように一日を過ごしたのか、まるで覚えていない。

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