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異聞喫茶 進めない君と  作者: 紫祓陸
5/12

咄嗟に声が出ることは意外と大事

「じゃあ、玲央ちゃん。戸締り用心、火の用心よ。あったかくして寝るのよ。夜中の来客はガン無視して、何かあったら絶対にあたしか和泉に報せること。誰かに襲われたら躊躇わずに悲鳴を上げるのよ」

「わ、わかりました。わかりましたから」

「心配だわ。男相手だったら股間を蹴り上げなさい?」

「もう大丈夫ですから」


 境川学園高等部の寮で玲央は笑顔を引き攣らせていた。千鶴の忠告は喫茶を出てから今まで延々と続いている。和泉の忠告は感情論抜きだからこそ短く済むが、千鶴の忠告はほとんどが感情論だ。

 日の入りが早まっていることもあるが、夕暮れ時だった空はもう闇に閉ざされている。

 玲央は欠伸を噛み殺して涙を指先で拭った。


「あら、いやだ。早く寝ないといけないじゃない」

「あはは、はい」

「ほらほら行った行った。明日も元気に学校へ行くのよ」

「はーい」

「おやすみ、玲央ちゃん」

「おやすみなさい、千鶴さん」


 逃げるように走り去っていく玲央から視線を外し、千鶴は細く息を吐きながら夜空を仰いだ。痩せた月が静まり返った大地を冷たく照らしている。あと数日すれば月は一旦闇に呑まれるだろう。

 今夜は新月かと尋ねてきた玲央の揺れる瞳が脳裏から離れず、意味もないと分かっていながら頭を振ってみる。虚しいだけだと分かっていながら頬を叩いてみる。不審だと分かっていながら月を睨みつけてみる。

 次は叫んでやろうと大きく息を吸い込んだ。


「何してるんだ、そこの不審者」


 わあっと叫びそうなところを奇跡的に踏みとどまり、千鶴はその落ち着いた声音の主に視線を向けた。闇夜に溶ける黒コートを瞬時に見つけるのは決して簡単ではない。

 昼間より浅く被られたフードの端から出た真っ白な髪が月光を受けて、さらに白く輝いた。身体を支える杖が呆れたように石畳を叩く。


「あら、和泉じゃない。地域の安全パトロール、なんて柄じゃないわよね。どうかしたの?」


 今度は明らかな溜め息が千鶴の耳に入った。


「例の事件について、僕たちも警戒しておいた方がいいと思っただけだ。どうも一般人だけを狙っているわけではなさそうだからな」

「それも調べてきたから帰りが遅かったのね」

「店に乗り込んで来た暴徒どもなら半日あれば片付く。問題は奴らの中に眠り姫の関係者がいたことだ」

「あらまあ、お気の毒ね。でもそれのどこが問題だったの?」


 どちらからともなく話しながら歩き始めた二人を静まり返った街が見守っていた。昼間は活気のある場所だが、客層が学生ということもあって夕方から一気に人気がなくなる。

 シャッター街と化したそこは清潔なゴースト街だ。

 ただ、人を選ぶ話をするときにはこういった場所が好ましい。


「関係者と言っても家族とか友人の類じゃない。怪だという証拠を掴むためにストーカーをしていたという男がいたんだ」

「怪?」

「結局、証拠は掴めなかったそうだが、奴らに怪だと思われた女が被害に遭ったことは確かだ。君も知っているだろう、ああいう暴徒の第六感は鋭い」

「そうね。今となってはその子が本当に怪だったかどうか分からないけど、確かに警戒しておいて損はないわね」

「君は玲央の心配をする前に自分の心配をするべきだぞ。月を見上げている間に首を落とされるかもしれない」


 千鶴は自分の肩にも届かない身長の和泉を見下ろした。黒いフードを見下ろす形になり、まるで何も読み取ることができない。ただ耳に入る声は確かに千鶴自身のことを心配していた。

 まだ和泉はいかに千鶴の警戒が足りないかを語っていて、語って聞かせている相手がまるで別のことを考えていることには気が付いていないようだ。

 千鶴はわざと両手に息を吐きかけた。


「なんだ、寒いのか」


 怪訝そうに和泉が彼女を見上げた。


「隙あり!」

「うおっ!」


 ずるりと和泉のフードが後ろから何かに引かれ、素顔が露わになった。

 ボブほどの長さに整えられた真っ白の髪、大きく丸い赤い瞳、日焼けを知らない白い肌のおよそ男性とは思えない顔だ。愛想よくしていれば可愛らしい女の子にしか見えないだろう。その女性的な顔が見る見るうちに険しくなっていく。


「本気で心配しているというのに君は!」

「まあまあ」

「大体、こんなところでその腕を使うな! 誰かに見られたらどうするんだ!」

「だって和泉の顔が見たかったんだもん」

「襲われて死ね」

「きゃー、こわーい」


 千鶴は和泉の手を取り、和泉はフードを被り直すこともなく、ふざけ合いながら帰路についた。

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