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異聞喫茶 進めない君と  作者: 紫祓陸
2/12

ラジオのパーソナリティーの滑舌ほど安心なものはない


 式典ほど面倒なものはない。

 朝の情報番組では大人たちがわざとらしい笑顔で、今月から新学期ですね、と無関係な話題に花を咲かせている。秋らしい服装の女性アナウンサーは無理矢理な高い声で男性キャスターの思い出話に相槌を打ち、君はどうだったの、と漠然とした質問を投下されては困っている。

 瀬良拓馬はそれを横目で眺めると、左上に表示された時間に急かされてテレビの電源を切った。

 今日は九月一日。境川学園の生徒が期待と不安に胸を膨らませる日である。


「いってきます」


 拓馬の声は静かな部屋に広がって溶けた。

 境川学園は小中高一貫の私立学校だ。この学園の生徒は例外なく学生寮に入り、規則正しい生活を送ることが求められる。

 それが窮屈だと言う生徒もいるが、拓馬は特に不満を抱いていない。衣食住が保障され、安全で快適な一人暮らしを満喫することができるのだから。

 唯一、気がかりなことがあるとすれば故郷のことだった。電車に一時間も揺られれば着くというのに何を心配するのかと笑う者もいるが、彼にとっては大きな悩みの種となっている。学園に通う生徒の中には飛行船で丸二日かかるところから来た者もいるから、拓馬の気持ちを理解できない者も多い。生徒だけでなく、教員でさえも。

 拓馬はすれ違う教員やあいさつ運動の生徒たちに軽い会釈をしながら、高等部の白く荘厳な校舎へ足を踏み入れた。

 溢れかえる紺色ブレザーに目を回しつつ、彼はキツめに締めてきた緑色のネクタイを緩めた。他の生徒も教員たちの身だしなみチェックロードを抜けたと見たか、それぞれ思い思いの色のネクタイやリボンを緩めている。中にはシャツのボタンまで外す者もいた。

 夏休み明けで久し振りに顔を合わせた生徒同士があちらこちらで固まっている。昇降口、渡り廊下、トイレ、果ては教室の出入口で、彼ら彼女らは大音量で互いの近況を報告しては手を叩いて笑っている。


「二年生の初日から憂鬱そうな顔をしていますね、瀬良くん」


 拓馬はその丁寧な話し方をする人物を一人しか知らない。ちらと横目で確認すれば、そこには思い描いた通りの人物がこちらを見上げている。


「はあ、筒尾か。えっと、おはよう」

「おはようございます。九月にもなると校舎内は肌寒いですね」

「ああ」


 肌寒い、と言いながらも彼女、筒尾玲央はブレザー制服に大きな赤いリボンを合わせた簡素な、つまりはお手本のような服装だった。カーディガンやセーターの着用は許可されているはずだが、拓馬は彼女がその類の物を着ている姿を見たことがない。それどころか真夏でも真冬でも崩れないお団子ヘアはある種の目印になっている。

 もしや校則が変わったのか、と後で生徒手帳を読もうと心に決め、拓馬はブレザージャケットの下に重ね着しているカーディガンを見せた。もちろん、学校指定のカーディガンである。


「防寒対策した方がいいぞ。特に女は身体を冷やすもんじゃない」

「……って、沙織ちゃんが言ってたんですね?」

「ぐ」

「沙織ちゃんもマメですね。わざわざ全寮制の学校に入った幼馴染をほとんど毎日訪ねてくるんですから。今日も来るでしょうね、必ず」


 沙織とは拓馬の幼馴染みの名前だ。彼女は故郷にある公立高校に通っているが、学園と故郷の近さから気軽に拓馬のもとへ遊びに来る。テスト期間だろうが、合宿中だろうが、そんなものは関係なく彼女は不意にやってくる。

 拓馬が心配なのは、その沙織のことだった。


「最近物騒だから来んなって言ってんだけどな」

「例の殺人事件でしょう? 三人目の犠牲者が出てしまいましたね、今朝のラジオで言っていました」

「筒尾はラジオ派なのか。意外だな」

「おすすめですよ」


 玲央はそれ以上語ることなく、ちらと目の前の教室の札を見た。

 二年A組。

 窓から見えるのは、本気で筆箱を投げ合う女子生徒たちの姿だった。振り被る女子生徒の揺れ動くスカートを凝視する男子グループが隅にいるが、彼女は紙一重で避け続ける相手に夢中で気付いていない。

 顔面に笑顔を強固に貼り付けると、玲央は改めて拓馬を見上げた。


「いいクラスじゃないですか。私はお隣なので残念です」

「心にもねーこと言うなよ。あの鬼の形相を見て言えるわけねーだろ」

「寂しかったら遊びに来ていいですよ」

「こっちの台詞だ」


 ようやく教室の出入口で話し込んでいた生徒たちが引いた。

 次は黒板の前で席順を確認している。

 拓馬も席を確認しなければならないため、結局のところ道が塞がれていることは変わらなかったが、教室に入れそうではある。今から席の場所を確認して座るとなると、ゆっくりしていたら教員が来てしまうだろう。

 覚悟を決めた拓馬が口を開こうとした瞬間、先に玲央が明るい声を発した。


「そろそろ教室へ入りましょうか」

「あ、ああ、そうだな」

「沙織ちゃんが来たら教えてくださいね」

「お前は菓子食いたいだけだろ」

「あ、バレました?」


 すぐさま返ってきた声が本気か冗談か分からないまま、拓馬は二年A組の教室へ入った。そこには知っている顔もいれば知らない顔もいて、寄ってくる友人もいれば、アイコンタクトで挨拶を済ませる友人もいる。


「よーっす、瀬良! 今年も俺たちと同クラだぜ!」

「ああ、よろしく。今年もなんとかなりそうだ」


 友人たちに囲まれた拓馬を玲央は神妙な面持ちで見つめていた。

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