表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

秋葉原ヲタク白書14 TOの品格

作者: ヘンリィ

主人公は、SF作家を夢見るサラリーマン。

相棒は、老舗メイドバーの美しきメイド長。


このコンビが、秋葉原で起こる事件を次々と解決するという、オヤジの妄想満載な「オヤジのオヤジによるオヤジのためのラノベ」シリーズ第14作です。


今回は、推しのメジャーデビュー直前に記憶を失ったTO。しかし、記憶を失った背後にヲタクグッズをコピー転売する国際シンジケートの影が…


お楽しみいただければ幸せです。

第1章 記憶をなくしたTO


世界の東の果ての国に赴任し、数年。

両親、家族が待つ母国は遥かに遠い。


「今度は大臣からか?あぁ!嘘だろう!」


母国から届く訓令は残酷で容赦ない。

唸るような声で自分に言い聞かせる。


「あのヲタクの街へ…行かねば」


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


今は、石を投げればTO(トップヲタク)に当たる時代だ。


TOとは、ファン代表のコトで、一昔前のアイドル親衛隊の隊長みたいな感じ。

アイドルライブの現場で、応援や掛け声の差配を行うコントローラー的な存在。


昔は、ライブの現場を仕切るTOには、ソコソコの品格が求められていたように思う。

現場が盛り上がるか否かはTO次第だから、アイドル側もTOには気を遣ったものだ。


ところが、今やアイドルは星の数、TOに至ってはもう満天の星の数ほどいる、ヲタクを見たらTOと思えと逝う時代だ。


で、中には、こんなTOも現れる。


「私は…誰だろう?」


ココは、僕の推し(てるメイド)ミユリさんがメイド長を務めるアキバの老舗メイドバー。

キャッシュオンデリバリーの小さなバーは今宵も満員だが戸惑い顔の御新規さんもいる。


「ミユリ姉様、もしかして新手の無銭飲食でしょうか?」

「つぼみん、お困りの御主人様に何てコトを逝うの?」

「そうだょ。飲んでるだけで食べてナイぞ」


解説しよう。


最初のは、今宵のヘルプのつぼみさん(愛称:つぼみん)だ。

そのつぼみんを(いさ)めてるのが、(僕の推しの)メイド長のミユリさん。


で、最後の大変理にかなった発言が僕なんだけど、ナゼかミユリさんに睨まれる。

あ、僕自身は余り意識してないけど僕もミユリさんのTOと逝うコトになっている。


「おい!ケンタ?ケンタだょな?どうしたんだょ、いったい」

「え?ケンタ?ケンタが私の名前なのか?」

「しっかりしろ!お前、みなニャンTOのケンタだろ?」


記憶喪失男に声をかけるのは、アキバ最強の(アイ)ドルヲタ(ク)と逝われるショーさん。

ショーさんは、アキバ発の世界的ポップシンガー、マミさんの元TOで伝説のドルヲタ。


もちろん、ミユリさんのバーの常連だ。


「うーん…しかし君は誰なの?」

「え?ショーだょ?お忘れですかょ」

「すまない。ホントに思い出せないんだ」


ショーさんの話では、この記憶喪失?のTOのストリートネームはケンタ。

ライブバーの草分け「フェアステージ」のブラックカードホルダーらしい。


「フェアステージ」は、アキバがメイド一色だった頃からやってるアイドルバーの老舗。

通称「フェアステ」のブラックカードと逝えば常連中の常連だけが持つ羨望のカードだ。


ソレだけで、ケンタさん(早速"さん"付け笑)はヲタク歴10ン年の猛者というコトになる。

御屋敷(メイドカフェ)界隈では見かけない顔だから(アイドル)現場からの叩き上げに違いない。


「お?今日も"eアイドル"の帰りか?」

「国宝級のみなニャンコレクションに、まだ何か追加してるワケ?」

「え?私は何でこんな袋を持ってるのかな」


ケンタさんが小脇に抱えているのは、アイドルショップ"eアイドル"の袋だ。

地下アイドル関係のグッズを、中古も含め、幅広く取り揃えるアイドルショップの大手。


ケンタさんは、ソコからココへ来るまでの何処かで記憶をなくしたようだ。

先ずは"eアイドル"の界隈から記憶を辿(たど)るのが定石(セオリー)かもしれない。


「助けて欲しい。誰か、私が誰なのかを教えてくれないか」

「うーん何とかするけど、でも何でこのバーに来たの?誰かに聞いたとか?」

「電気街口で立ち尽くしてたら、親切そうな幼稚園の先生が声をかけてくれたんだ」


おぉ。ソッチか笑。


僕は、思わずカウンターの中のミユリさんと顔を見合わせる。

ミユリさんは、肩をすぼめながらもナゼかヤケに楽しそうだ。


やれやれ。

また厄介事に巻き込まれたみたいだょ。


第2章 リトル広州(キャントン)界隈

アイドルショップ"eアイドル"は、神田明神通り沿いに建った新しいビルの3,4Fだ。

しかし、ソコへ出かけようとした僕とミユリさんは、ショーさんに止められる。


「テリィさん、ダメダメ。ケンタが持ってた袋は"プラス"の方だから」

「え?"ブラス"?」

「違うでしょ。ソレは真鍮」


ショーさんの話では"eアイドル"にはプレミアム商品だけを扱う隠し店舗があるらしい。

ソレが"プラス"なんだけど、その存在は一部のヲタクにしか知られていないそうだ。


「リトル広州(キャントン)と呼ばれてる界隈です。元は買取専門だったんですけどね」

「昔のAVビデオ屋みたいだなぁ。親しくなると奥から無修正版を出して来るみたいな…」

「あ、ソレソレ!その世界ですょ!懐かしいな」


ショーさんと僕、そしてケンタさんの男3人だと"プラス"へと急ぐ道も話が弾む。

爽やか笑顔で下ネタOKのケンタさんとは、どうやら僕達とウマが合いそうだ。


あ、ミユリさんは御屋敷(メイドバー)が混み出して一緒に行けなくなってしまったんだ。


神田川とJR鉄橋が交差する辺りのガード下は"リトル広州(キャントン)"と呼ばれている。

昔は小さなパーツ屋が軒を連ねていたが、閉店が相次いで今は昼でもシャッター街だ。


で、ガード下の長屋の1番奥の店だけがシャッターを開けてサイリウムとか売ってるが…ヲタク(アイドル)グッズはナイみたいだ。


ショーさんが店番?の白髪の人に声をかける。


「センム!御無沙汰っス!何か入ってますか?」

「お!ショーじゃないか!タマには何か買ってけ!ウサギのサイン入りタオルがあるぞ!」

「ええっ!そりゃお宝だ。見せてもらえます?」


ウサギというのは、マミさんのメイドネームなんだけど彼女にとっては黒歴史のハズだ。

しかし、どうやらショーさんと店番?の白髪マンは知り合いのようなので先ずは一安心。


早速、僕達も紹介してもらって記憶をなくしたケンタさんのコトを色々教えてもらおう。


「コッチがミユリさんの現場でTOを張ってるテリィさん」

「え?!何でも屋のテリィって、こんな若造だったのか?!」

「そして、コチラが…みなニャンTOのケンタなんだけど」


こんな若造で悪かったなっ!

それに何でも屋じゃナイょ!


とか僕のコトは、まぁいいんだが、ケンタさんを紹介された時のセンムの反応がヤバい。

まるで生き返った死人を紹介されたような顔で目をまん丸く開きケンタさんを凝視する。


「や、や、やぁケンタ。さ、さ、さっきは毎度ありがとうございます…でした」


しどろもどろだ。

実に怪しい←


「センム。やっぱりケンタはコチラにお邪魔してたんですね?」

「え?え?え?何ソレ?来てたカモしれないカモしれないカモ…しれないカモょ?」

「センム。どうかしたんですか?圧倒的かつ絶対的にヘンですょ?」


グシャ!


いや、実際にはそんな音はしてナイが、その場にそんな音がした気がスル。

つまり、その瞬間、センムの精神世界がゲシュタルト崩壊を来たしたのだ。


「エヘ、エヘヘ。へへへ。悪気はなかったんだエヘヘ。あんなモノを持ってたお前が悪いのさ。そうさ。みんな、お前が悪いのさ」


センムの目が急速に焦点を失い、意識が別の宇宙へ飛ぶ。

ズボンの股間に黒いシミが広がり…うーんどうやら失禁。


「この人、具合が悪いみたいだねぇ?」


穏やかな笑顔を浮かべ、相変わらず爽やかなケンタさんだが、事態はかなり怪奇的。

ショーさんと僕は、無言でうなずき合って、ケンタさんを守るようにして後ずさる。


そのまま、ブツブツつぶやくセンムを店に残し、僕達は"リトル広州(キャントン)"を後にする。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


センム氏と不気味な邂逅を果たした僕達だが、さらなる出逢いが待っている。

僕とショーさんは、ケンタさんを連れミユリさんのバーへと戻ったのだが…


「ケンちゃん、どうしちゃったの?」


今度は限りなく美しい景色が広がる。


ミユリさんのバーに、地下アイドルがステージ衣装のまま、ケンタさんを待っている。

キュートな白ブラウスにリボンタイ、赤黒チェック3段ティアードミニスカにニーハイ。


コレがケンタさんの推し?みなニャンさん?

こりゃ推せるょ!あと胸さえあればな!笑


「ねえねえ!しっかりしてょ!それでも私の元TOなの?!」

「え?君は誰かな?しかし、素敵なアイドルの制服だね。とても似合っている」

「もぉ!今さら何、口説いてるの?ミユリ姉様、何とかして!」


みなニャンさんは、カウンターの中のミユリさんに助けを求めるが最後は涙声に。

ミユリさんは、メイド人脈をたどりライブ中だったみなニャンさんをバーに呼ぶ。


しかし、ステージを放り投げ駆けつけた推しを見ても、ケンタさんの記憶は戻らない。

TOとして、みなニャンさんとはアキバの地下で苦楽を共にしてきた仲のハズなのに。


ん?元TOだと?みなニャンさんは、ケンタさんを元TOと呼んだか?

ケンタさんは、もうTOではないの?記憶がなくなりゃ即クビかょ?


色々と目まぐるしいが、とりあえず僕達は、みなニャンさんの元TO発言にザワつく。

ハッと口を抑えるみなニャンさんに代わって、ミユリさんが教えてくれる。


「みなニャンは、今度メジャーに逝くコトになったの。デビューは来月」

「ええっ?!ソレは御愁傷様!」

「何と逝っていいのか…ケンタ、元気出せょ」


メジャーデビューこそ、アキバの全ての地下アイドルが目指す栄光のゴールだ。

しかし、ソレは彼女が国民的アイドルへと脱皮する非常に重要な時期でもある。


こうなると彼女のアキバ時代を知るヲタクは彼女や事務所にとり微妙な存在でしかない。

だから、その時が来たらTOには自らTOの座を降りて1ファンに戻る覚悟が求められる。


しかし、TOという立ち位置に慣れると、今更1ファンに戻れと逝われるのは結構辛い。

もしかして、その精神的ショックでケンタさんは記憶まで失ってしまったのだろうか?


「ケンちゃん、その袋の中は何?見せてょ。ねぇ、みなニャンに見せてくれる?」

「え?この袋の中?もちろん、見ていいょ。しかし、君ってホント輝いてるょね」

「ハイハイ、わかりました。だから見せて頂戴…あぁやっぱり」


みなニャンは、アイドルらしからぬ激しい動作でケンタさんから"eアイドル"の袋を奪う。

中からTシャツを取り出し、広げて確認するや、またも激しい動作で…胸に抱き締める?


あ、あれ?みなニャン、泣いているの?

閉じた長い(つけ)睫毛の先が震えてる。


もう、僕達には何が何やら全くわからない。

そのTシャツは何?青春の想い出的なモノ?


誰もが呆気に取られて言葉を失う中、口火を切るのは…ミユリさんだ。


「みなニャン、そのTシャツは…貴女、"マッドコロシアム"にいたの?」

「らめえええええっ!やめて!逝わないで、もうソレ以上は禁止なのれすっ!」

「"マッドコロシアム"だと?みなニャン…プロレスやってたのか?」


解説しよう。


昭和の頃、屋上ビアガーデンの泥んこの中で水着女子がプロレスする見世物が流行る。

流行自体は直ぐに下火になったのだが、一部のショーキャバに泥レスは引き継がれる。


ソレがアキバでは、コスプレキャバクラの中で特撮ヒロインのコスプレをしたキャバ嬢同士のファイトショーへと進化する。


義務教育を終え上京したばかりのみなニャンも、その闘いの渦中へ身を投じる。

未だ萌え以前の、アキバが風俗的には上野や御徒町の先の"場末"だった頃の話。


黒髪を2つのシニョンにまとめ、スリットの入ったチャイナ服から太腿を露出させて闘う彼女がNo.1になるのに時間はかからない。


しかし、アキバ文化が花開き街が「世界の秋葉原」へと進化し始めると、時代の遺物となった大箱キャバレーの時代は終焉を迎える。


そして、あの一世を風靡した"マッドコロシアム"にも閉店の日が訪れる。

リングのヒロイン達は、ノベルティのTシャツに寄書きをして別れる。


その寄書きTシャツの1枚が、ケンタさんの持っていたTシャツというワケだ。

経済的に苦しい地下アイドルが過去の"お宝"を切り売りするのはよくある話。


ソレを高額で買い取るのは、実はTOの大切な仕事の1つだ。

特に、今回のような"過去バレ"系のグッズの場合がヤバい。


何としても、第3者に流出する前に"身内"で競り落とさねばならない。

Tシャツのサインだと、みさニャンのネームは"発狂ナースみさみさ"。


いつの間にか、白衣に着替えているw


第3章 ヒロピンショーガール


"ヒロピン"は、"ヒロインピンチ"の略で、戦うヒロインがピンチに陥る状況などを指す。

正義の戦隊には、必ず女性隊員がいるが、その主な役割は敵に捕まり人質になるコトだ。


彼女達は、戦隊のミニスカ制服や水着で縄に縛られたり磔になったりと毎回実に忙しい。

そうして撮られた人質シーンは、ヲタク達の脳内で何万回も再生され脳に刻まれて逝く。


そうした幼年期?を過ごしたヲタクが大人?になり熱中するのが"ヒロピンショー"だ。

コスプレしたヒロインが、悪の女幹部と戦いピンチに陥るキャバクラショーの変形。


実は、ショービジネスの世界ではとっくに廃れたコスプレファイトショーだが、ワンナイトスタンド(1夜限りの興業)で今宵復活!


神田川沿いの雑居ビルにあるライブスペースに仮設リングを組んでの開催。

ネット予約の客がビルの間の暗い路地を神田川まで抜けて非常階段を登る。


その狭くて暗いビルの谷間を、ほとんどカラダを横にして会場へと急ぐ客がいる。

既にショーは始まり、遥か階上からは嬌声も聞こえるので明らかに遅刻のようだ。


「あぁ遅刻だ…ん?貴方は?」

「…」

「ぎゃう!」


突然、暗い路地に怪しい人影が現れて、遅刻客の前に立ち塞がる。

息飲む間もなく、人影が繰り出した拳を喉に受けて倒れる遅刻客。


この遅刻客、実はケンタさん。


そのケンタさんを一撃で失神させた人影は、彼を神田川の堤防まで引きずり出す。

そして、だらしなく気を失った彼が着ているTシャツをヤタラ手際よく脱がすが…


「そこまでだ!全て撮らせてもらったぞ!」

「!」

「動くな、Tシャツ泥棒!」


揺れ動く赤いピンスポットが襲撃者の側頭葉の辺りでピタリと止まる。

レーザー照準器みたいだけど、僕が百均で買ったレーザーポインター←


物陰から飛び出したショーさん達がケンタさんを救出し、襲撃者を大勢で取り囲む。

多勢に無勢の全身黒装束の襲撃者は、落ち着き払い流れるような動作で空手の構え。


アジアンな格闘技の有段者か?


「バカなマネはよせ。一部始終を撮った画像を明日のリアリティショーに流すぞ?!」

「…」

「先週のゴシップボーイのブログ、読んだか?アンタ、何処の大使館だ?」


ショーさんがたたみかける。

え?大使館の人?黒装束の?


ゴシップボーイは、彼のブログはUPされるや最低7ヶ国語に翻訳され世界中に配信されるというアキバを代表するパワーブロガー。


彼のブログに先週載ったのは、ヲタクグッズを海外に転売するシンジケートの話だ。

ポップカルチャーの世界首都アキバから偽アイドルグッズが大量に輸出されている。


流れはこうだ。


日々アキバから生み出されるグッズ(地下アイドルのサイン入りCDやTシャツ…パンツも笑)がリトル広州(キャントン)に集められる。


リトル広州(キャントン)のシャッター街は、実はコピー商品製造の地下工場で、閉められたシャッターの裏で偽札紛いのコピー商品が大量生産されている。


ソレらのコピー商品は「メイドイン秋葉原」として「輸出」され、海外の富裕層ヲタクにトンデモナイ高額で転売される。


中には元首や閣僚級の顧客もいるらしく、コピー商品は文字通り飛ぶように売れて逝く。

一方で、顧客の方からも極めてマニアックなリクエストが飛び出すコトがあるらしい。


すると、その国の在日大使館員は、秋葉原でライブ会場の物販やリトル広州(キャントン)でコピー商品を漁るハメになる。


今回、襲撃者には日本のヒロピン系アイドルの寄せ書きがリクエストされたようだ。

大使館付き武官は先ず"ヒロピン"とは何かをネットで調べ、またアキバ系かと嘆く。


実は、彼が秋葉原を訪れるのは初めてではなく、早速馴染みの古物商("プラス"のセンムのコトだけど言い得て妙)から情報を得る。


ドンピシャなTシャツを着たヲタクを見つけた彼は追跡し、襲撃するが反撃されて奪取に失敗、今宵が2度目のチャンスだったが…


「OK!ヲレ達は、アキバのヲタクで警察でもなければ外務省でもない。だから、敬礼も外交辞令もナシだ」

「…」

「貴方は、今宵は秋葉原にはいなかった。そして、ヲレ達は何も見ていない。貴方とは今まで会ったコトも、コレから会うコトもない。OK?」


さらに、ショーさんは2Fの窓から見下ろしている僕達の方を指差す。

僕の傍らで、ビデオカメラをみんなにかざすのはゴシップボーイだ。


「一部始終は撮った。忘れるな」


襲撃者とショーさんが、暫し睨み合う。

やがて、襲撃者の方から視線を落とす。


「アリガト。ジャパニーズ・ヲタク」


僕には、彼の唇がそう動いたように見えたのだが、ソレは気のせいだろうか。

黒装束の襲撃者は、僕達全員にうなずき…次の瞬間には、もう夜の闇に消えている。


第4章 皇帝が消えた夜

数日後、誰が呼ぶでもなく、みんなが自然とミユリさんのバーに顔を揃える。


「前から嫌な噂が絶えなかったんだょな、あの"eアイドル"の隠し店舗」

「元は、あのセンムが現場(アイドルのライブ会場)のPA(ライブの音響スタッフ)に小遣いを渡して楽屋から盗ませたアイドルの私物を売ったのが始まりらしいですょ」

「ええっ?それで何時もレア物で溢れてたのか?!」


うーん。どうやらショーさんは、ソレなりに"eアイドル"に通っていたみたいだ。


「でも、そっくりなんだょな。サインとかさ。で、同じ直筆サイン色紙とか、もぉ何百枚って売ってるのさ」

「それそれ!それょ。何でも産業用ロボットにサインをコピーさせてるって噂なの」

「ええっ?マジ?」


お!ココでサイバー屋のスピアがバーカウンターに割り込んで来て話の輪に加わる。

白いジャージ姿だが、恐らくその下はスク水で…わ!ミユリさんの目からデス光線!


「ソレで気になる話があるのょ。どうもあの…センムさんだっけ?あの人、AIに操られてたみたいなのょね」

「AIに操られる?どーゆーコト?」

「ホラ、あの人って昔、ブルセラ(中古のブルマやセーラー服の販売)やってたでしょ?当時からパソコンに在庫の集計をやらせてたんだけど、そのシステムに誰かが知恵をつけたのょね」

「知恵をつける?」

「システムにAIを噛ませるって意味ょ」


サイバー屋のスピアが語る話はこうだ。


在庫管理システムに組み込まれたAIは、ネットでブルセラ販売のビッグデータを学ぶ。

そして、ある日、突如として、センムに対し売れ筋のグッズを逆提案するようになる。


逆提案は日を追うにつれ詳密になり、商品を入手する相手や時期、手段までをもセンムに細かく指示するようになる。


何か機械に使われてるような気になるセンムだが、実際に儲かるのだから仕方ない。

今回も、AIは襲撃者を指定、輸出には外交郵袋を使うコトまで「提案」してたらしい。


あ、外交郵袋とは、外交官にだけ許される、中を開けられるコトなく国内外を移動出来る荷物で、今回はコンテナだったようだ。


もはや「袋」じゃナイんだね笑。


「それで!ココからがホラーなんだけど、最近では、そのAIは自ら"アキバ皇帝"を名乗り、ヲタクグッズの国際シンジケートを牛耳るようになったの。で、サスガに怖くなったセンムが、マスター電源を落としてシステムをダウンさせたワケょ」

「おお!その手があったか!コレで"皇帝"も御臨終だ!ヤッタね!」

「ところが、私が見る限り"アキバ皇帝"は未だ生きてる。少なくとも、ソレを示す痕跡がネットに残ってる。恐らくマスター電源を落とされる前にネット経由で逃げたのね。だから今も"皇帝"は息を潜めて生きてる。ネットの海の何処かで」


恐ろしい話だ。


今もシンギュラリティなAIが、ネット世界の何処かで息を潜めて何かを企んでいる。

いつかターミネーター軍団を引き連れて人類に宣戦布告する日が来るかもしれない。


「こんばんわ、みなさん!」

「わぁお!料子会長のお出ましだっ!」

「そ、そのコスプレ、神だょ!」


盛り下がりかけた雰囲気を華やかに一掃してコスプレ姿のみさニャンが登場!

コレが何とスク水にジャージを引っ掛け頭にドイツ軍降下猟兵のヘルメット!


おおっ!"わりびきインバランス"の料子会長@水着バージョンではないか!


「あ、ミユリさん。彼女と御屋敷のみなさんに私からおごりです」

「ありがとう。さぁみなさんも私のTOからのおごりです!御遠慮なく!」

「うぉう!御馳走様でーす!」


みなニャンをエスコートして来たケンタさんが、気前良く大盤振る舞いを宣言する。

御屋敷は騒然となり我先に注文、みなニャンとTOに乾杯を捧げ乱痴気騒ぎが始まる。


「みさニャン、ずるーい!スク水のコスプレは私のトレードマークだったのに!」

「だってラストショーが"わりイン"縛りだったんですもの。許して」

「とか何とか逝っちゃって!ホントはTO様のリクエストにお応えしただけじゃないの?」


どうやらスピアの指摘は図星だったようで、みなニャンはペロリと舌を出す。


結局、色々なコトを試してみたんだけど、ケンタさんの記憶は戻らなかったようだ。

彼は、最初に襲撃された時のショックで記憶を失い、このまま一生を送るのだろう。


しかし、ケンタさんは屈託がない。


「君と出逢い、何度生まれ変わっても、また1から君を推す」

「ありがとう。貴方が私の最後のTO」

「アキバの地下で輝いた君の笑顔、メジャーに逝っても忘れない」


その瞬間、みさニャンは声には出さずに、思い出したの?と微かに首をかしげる。

しかし、ケンタさんは、いつもの爽やかな笑顔を浮かべたままで、何も答えない。


ソレがTOの品格なのさ、と逝わんばかりにね。



おしまい

今回は、アイドルファンの代表であるTO、TOの推しである地下アイドル、アイドルグッズショップの胡散臭いオヤジ、コピー商品転売の国際シンジケート、それを牛耳る人工知能、暗躍する大使館付き武官などが登場しました。


実は、私自身、推しからTOと呼ばれていた時期があって、当時を少し懐かしく思い出しながら描いてみました。


秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ