マーリー 8
「ララ姫はな……」ラド親方がしんみりとした口調で言う。「〈早春の息吹〉と称される姫様だったんだ」
明るく、勝ち気で、父王に似て歌が上手い。どんな場に出ても、早春の清涼な風のごとく、人々を魅了する王女だったという。
「俺は姫様の歌を聴いたことがあってよ」鼻高男が自慢げに胸を反らした。「この町の精霊聖堂が改修された落成式に、姫様が駆けつけてくれたんだ。あのとき、聖堂に入れたのは抽選で選ばれた五十人だったんだが、俺は抽選を通ったんだよ」
「お前、その話ばっかりだな」と禿頭男。
「坊主は初めて聞く話なんだからいいじゃねえか。とにかく、町中の連中が応募した抽選をくぐり抜けた俺は、聖堂の前から七列目の席で姫様の歌を拝聴したのよ。美しかった。いやぁ、美しかったなあ」
うっとりとする鼻高男に苦笑しつつ、ラド親方は言った。
「俺達にしてみりゃ、王宮内でのゴタゴタは正直どうでも良いんだ。パパマスカ王の気まぐれでも、カカパラス王子を良く思っていない誰かの陰謀でも、そんなことはかまいはしない。日々仕事があって、こうして飯と酒にありつけることが何より大事だからな。でも……」
「でも?」
「王となったララ姫が、変わってしまったことが悲しいんだ。ララサララ・バラオ女王は、もう、〈早春の息吹〉ララ姫ではなくなってしまった……」
戴冠式の最後、王としての初めての発言に際して、ララサララ・バラオは、たったひとこと、こう言ったという。
「余の望みは常闇である」と。




