終わり、そして、始まり 2
「待たせたな、リル」
地下牢から運び出されたリルは、庭園脇の、騎士団詰め所の一角に安置されていた。寝台もなく、棺もまだなく、ただ、毛布の上に横たえられていた。胸元に置かれた花は、ノースの心遣いだろう。
ララサララは、横たわるリルの傍らに膝をついた。
「父王と母様に会った。師も……元気だった」
詰め所の中にはふたりきりだった。さっきまで一緒だったノースは、外で待っている。
「兄上は死んでしまった」
ララサララはリルの顔を覗き込むと、その額にかかる髪を丁寧に整えた。かつて生気に溢れていたリルの顔が、今は土気色にやつれ、見るに堪えない。
「……お前に助けられた後、色々なことがあった」
わずかに開いた窓の隙間から、王宮を修理する槌音や、人足達の声が聞こえてくる。それが、詰め所の中の静寂をいっそう際立たせていた。
「話したいことがたくさんあるのだ……リル。私は、王としてやっていく決心をした。女王としての私はこれからだ……それなのに……」
微動だにしないリルの顔に、ララサララの涙が落ちた。
「……リル。私は、ちゃんと王となる。だから……もう、姫と呼ぶのは終わりだ……」
ララサララは涙を拭った。
「涙も……今日までだ。リル。最期の願いだ。姫だった私と、私の涙を連れていってくれ」
ララサララは立ち上がった。
「マーリーが、私のために歌を作ってくれたんだ」
小さく深呼吸をして、胸を張る。
「自分で歌うのは……少し恥ずかしいけどな」
そして、歌い始めた。
――新緑に映える銅の髪
陽光きらめく藍の瞳
春の香まいて野を駆ける
若き清しきその息吹
雨雲払う風の唇
宵闇散らす明の声
踏みし草原咲き誇る
紅き瑞しき立ち姿
厳しき誓いの王の冠
民草愛でる慈悲の掌
山原海と精霊の
満つる麗しき邦の長
ララサララの発する一音一音が、光となり、リルに降り注ぐ。
萌葱色のその光は、リルを優しく包み込んだ。
――姫様
声を聞いた気がして、ララサララはリルを見た。
しかし、やはりリルは動かなかった。それでも、ララサララの顔が、ぱっと輝く。
「心配するな、リル。ブリューチス大隊長や、港湾候や、頼もしい者達がたくさんいる。だから、安心して見ていてくれ」
ララサララは勢いよく身を翻した。
もう振り返らない――ララサララは心に決めた。
ララサララの言葉は、間違いなくリルに届いたから。
それは、確信だった。
ララサララが最後に見たリルの顔は――たしかに、やわらかく微笑んでいたのだから――




