兄妹 4
「大隊長! しっかりしてください大隊長!」
「……ベルル?」
「大隊長。良かった」
「状況を……痛っ」
起き上がろうとしたノースの左脇腹に、鈍い痛みが走った。甲冑に守られていたとはいえ、ミューカスの一撃に、肋骨が何本かやられたようだった。
玉座の下に開いた大穴の前では、深紅の騎士と、鋼の甲冑をつけたアプ・ファル・サル王国の騎士が睨み合っている。深紅の騎士側に立つ鋼の数人は、第二大隊の王子派の騎士だろう。深紅の騎士達はかなりの手練れで、状況は膠着しているようだった。
「この場は最低限現状維持ということで、王宮と王都の警護に人員を割きました。王子殿下が連れてきた連中は、全員あの中に入りましたからね。今、他の入口を捜させていますが、あんな部屋誰も知りませんでしたから、まだ見つかっていません。それから、ジャジャフ大隊長が、第六大隊を説得してくれました。第七大隊と第六大隊の本隊が、先ほどサリュル州から王都に戻りました。今、新手の飛行騎士団と交戦中です。ジャジャフ大隊長は、サリュル州軍の半分ほども引っ張ってきてくれました」
ノースは痛みを堪えて何とか立ち上がった。
「王都の住民は建物から出ないように徹底して。街中にいる第八大隊本体は、住民の安全を最優先。サリュル州軍の力を借りて頂戴。それから、飛行騎士団の目標は王宮だろうから、第六・第七両大隊には、応戦しつつ王宮の警護も固めるようにお願いして」
ベルルは、てきぱきと周囲に指示を飛ばした。
「沿岸はどうなの?」
「〈遠見鏡〉を繋いだアプセン州城との連絡が王子派に抑えられていて、はっきりしません。ですが、アプセンの王都州城に確認したところ、港湾候閣下が現地に到着されたのは間違いないようです。こうなると、閣下が陛下の後見を名乗られたことが効いてきますね。第一大隊も第三大隊も閣下の指揮下に入るでしょう。ルカシア大隊長の第五大隊は、アプセン州へと援護に向かうようです。第四大隊の動向はわかりませんが、ベガール参謀辺りが、上手く説得すると思います」
「〈遠見の間〉を押さえているのは誰?」
「バンダス騎士団長とシュコーチス副騎士団長です。第二大隊の王子派は約半数……といったところですね。状況を見て、王子派には与せず、という第二大隊の中隊小隊も多いようです。ですから、数ではこちらが圧倒しています。それで、あのふたりを裏切り者と解釈すれば、現状の騎士団の最高指揮権はカルサムル副騎士団長にあることになります」
「カルサムル副騎士団長はどこ?」
「飛行騎士を迎え撃っていると思います」
「エクスーラ中隊長、この場はいったん任せる」
「はい」
ノースは部下に言い置くと、後ろ髪を引かれつつ〈玉座の間〉を後にした。ベルルが付いて来る。
「大隊長」
「なに?」
「〈魔法封じ〉が解除されているのはわかっていたのに、無謀だったんじゃありませんか?」
「だから、陛下は何重にも護身魔法をまとっていらっしゃるわ。しばらくは大丈夫よ」
王宮内の〈魔法封じ〉が解除されていることは、昨日の段階でわかっていた。しかし、ララサララだけではかけ直すことはできなかったし、その時間もなかった。深紅の魔術師達についても、カカパラスを油断させるためには、王宮内に招かざるを得なかったのだ。
「しかし、このままでは、いずれ王子殿下の思う壺になってしまうのではないですか?」
王宮内を早足で歩きながら、ノースは目に付いた部下達に指示を飛ばした。深紅の魔術師と騎士達が暴れた傷跡は大きく、怪我人も多く出ているようだった。
「私は最近、王子殿下の思惑通りには進まないのではないか、と思うようになったのよ」
「どういうことですか?」
「考えても見て? 百年も前に、人を素体として龍青玉に変換する技術があったのよ。この王国では封印されたとしても、百年の間に、どこかで同じような技術が開発されても良さそうなものじゃない? そんな研究をしている魔術師や魔法使いはごまんといるでしょう?」
「たしかに……」
「人でなくてもいい。鳥でも植物でもいいんじゃない? 出来上がった龍青玉が内包する魔力の多寡はともかく、龍青玉という〈魔力の器〉が造れるなら、これだけでも有意義なことだわ。でも、それは実現していない。きっと、なにか致命的な欠点があるのよ」
「欠点?」
「私の勘。おそらく、王子殿下の企みは成就しない。最悪、ララサララ陛下を贄とすることが成功したとしても、最終的に魔法は失敗すると思うわ」
ふたりは王都が見渡せる露台へと出た。上空では、〈黒の森〉を越えてきた飛行騎士団に対して、第七大隊が大型の〈魔法弩〉で対抗している。第六大隊は、遅ればせながら飛行騎士を数騎用意しているようだ。
ノースは父の研究帳の記述を思い出した。百年前、アプ・ファル・サル王国軍は、マーテル王国軍のこの戦法にやられたのだ。数は少なくとも、空から縦横無尽に降り注ぐ魔法の攻撃や、所構わず飛び込んでくる騎士達は脅威だ。そして、百年前に得たはずの戦訓は、守護魔法によって、戦の記憶そのものと共に失われてしまっている。以降、この国は戦の経験がない――
それでも、百年を超えたアプ・ファル・サル王国騎士団の歴史が、なんとか戦況を五分に保っていた。
「その先はどうなるんですか?」
「さあ。そこまではわからないわ。でも……そうね、なんとかなるんじゃないかしら?」
「根拠がわかりません」
「勘よ。それに、陛下には精霊のご加護があるもの」
――萌葱色の、優しい精霊の加護がある。ノースは、ファル・ベルネの町で見た〈行幸の御証〉を思い浮かべていた。あれは、ララサララがこの土地の精霊に愛されている証だ。
「だから、王宮と王都は、何が何でも私達で守るわよ!」
ノースは、少し離れた露台に、カルサムル副騎士団長の姿を認めた。彼の元、騎士団の指揮系統を再構築し、陛下の信頼に応えなければならない。
陛下は大丈夫――大丈夫と信じて。




