ミーネ 4
勝手知ったる王宮内である。ギニーの着古した服を着たララサララだったが、〈奥の宮〉の自分の居室まで、誰にも見咎められることなくたどり着いた。
ララサララの懐には、ノースから手渡された護身刀がある。偽者が、万が一ララサララに危害を加えようとした場合の用心だ。護身刀の重みを感じ、ララサララは一つ大きく息を吐いた。そして、居室の扉に手をかけた。
「……いやあああああああ」
部屋の中から叫び声がした。驚いたララサララは、慌てて部屋に飛び込んだ。中は真っ暗だったが、そこは自分の居室である、ララサララは迷わず寝台の近くへと達した。
叫び声の主は、ララサララの気配に気付いたのか、叫ぶのをやめた。
「だ……誰?」
「そなたこそ誰だ」
ララサララは低い声で質した。暗闇の中で、相手がびくっと体を硬くする気配がした。
「……よ、余は、ララサララだ……」
「それで? 何がいやなのだ?」
「何って……」
「暗闇が怖くなったか?」
「……」
「闇は何もしない。闇に潜んでいるのは、いつだって自分の心だ。疲れたとき、闇は優しく包んでくれる気がする。心細いとき、闇には何かが潜んでいるような気がする。誰かと一緒なら、闇はふたりの時間を止めてくれるような気がする。……鏡のようなものだな」
「鏡……」
「私は、闇に溶けてしまいたいと思ったこともある」
「……まさか、陛下?」
寝台の上でばたばたと人の動く気配がした。続いて、ごつっ、と鈍い音がする。「痛っ……」――どうやら、寝台の柱にぶつかったようだ。
ララサララは、暗闇の中部屋を横切ると、手探りで化粧台の抽出を開けた。
「これには気が付かなかったのか?」
青白い光が室内を照らし出す。ララサララの手には〈灯石〉が握られていた。それは、この部屋が真っ暗に改装されてから、リルがこっそり忍ばせてくれたものだった。
寝台の上では、ララサララの寝間着を着た少女が額をさすっていた。ララサララは〈灯石〉を燭台に載せ、手近な卓上に置いた。
偽者の少女は慌てて床に降り、片膝をついて頭を下げた。
「陛下!」
この様子に、彼女は何も知らないのだろう、とララサララは判じた。
「そなた、名前は?」
「ミーネです」
「誰の命で、何故ここにいる?」
「平原候閣下のご命令です。陛下の影武者をするようにと。理由は伺っておりません……」
概ね予想通りだった。ミーネが不安そうな目をしている。ララサララはミーネを立ち上がらせると、鏡の前へと誘った。
「私とそなた……似ているかな?」
ララサララにしてみれば、自分とミーネの相違点などいくらでも見つけることができる。ララサララの方が髪の色がわずかに濃い。身長はミーネの方が少し高い。唇の形が微妙に違う――しかし、それらは些細な点だった。顔の作りが驚くほど良く似ている。同じ格好で、ひとりづつ別々に現れたら、判別するのは難しいだろう。
ミーネは、魅せられたように鏡を見つめていた。ララサララも鏡の中を覗き込みながら、王宮の現状と、ミーネの立場を淡々と語った。
「……偽者……」それだけ呟くと、ミーネは絶句した。
「偽者でも影武者でも、今のそなたは、平原候らが都合良くことが運べるように用意した駒だ」
「あ、あの……陛下!」
鏡の前で、ミーネがすとんと腰を落とした。礼法に則った片膝をつく姿勢ではなく、完全に尻を付いてしまっている。「私……わたし……」
「とはいえ、影武者というのは良い考えだ。平原候も人が悪い。私に内緒にしておくなどと」
「?」
「ミーネ。本当に私の影武者をやらないか? せっかくこんなに似ているのだ。使わぬ手はないであろう」
ミーネは呆気にとられて、言葉が出てこないようだった。
「嫌か?」
「そんな」
「ふふふ。すまんな。わざと突き落としておいてから、持ち上げるような真似をして。でも、影武者をやってもらう以上は、事情を正確に知っておいてもらいたかったのだ」
「あの、お伺いしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「私が平原候の……あの……ええと」
ララサララはミーネの手を取ると、ベッドに座らせた。そして、自分も並んで座った。
「そなたが平原候の手先だったらどうするのか? と言いたいのであろう? それは、言ってもきりがない。それに、一目でわかった。平原候の手先なら、暗闇が怖くて喚いたりはしないであろう」
「……ひ、ひどいです陛下」
ララサララは笑った。ミーネは顔を真っ赤にしたが、やがてくすくすと笑い出した。笑い出したら止まらず、ふたりはしばらく笑い続けた。
そして、同い年で、顔もそっくりのふたりの少女は、夜遅くまで並んで話し続けたのだった。
翌朝、王宮の門が開かれると同時に、三人の男達がその門をくぐった。
ひとりは顔中に傷があり、ひとりは異様に背が高く、ひとりは小柄で丸顔だった。彼らは、縄でぐるぐる巻きにした子供をふたり、引きずるようにして従えていた。
ひとりは、金色の髪を持ち、翡翠色の瞳をした男の子。
ひとりは、ララサララ女王に良く似た、褐色の髪をした女の子。
王宮の受付で男達は、指名手配の子供達を連れてきた、と言った。




