王としての決意 5
再びの沈黙が訪れた。
ことの中心が魔法なのに、魔術師も魔法使いもこの場にいない。無理にでもルーリーを連れてくるべきだったか、とノースは後悔した。しかし、今ルーリーを連れ出してしまえば、大司教や他の諸侯に気付かれることになる。それは避けなければならない。
沈黙を破って、港湾候が口を開いた。
「陛下。話の混乱を避けるために、まだお伝えしていない件がございます」
「なんだ?」
「王子殿下のご帰国の件は偽装なのです」
「偽装?」
「ご帰国はされます。しかし、アプ・タリルの港から陸路ではありません。〈黒の森〉を越えて、一気に王宮までお入りになるつもりです」
「つまり、騎士団の各州城への派遣は……」
「はい。王都を手薄にするためです。王子殿下はおそらく、デル・マタル王国で味方に付けた私兵団を率いてくるものと思われます」
「……ブリスター子爵か」
ノースはすでに、港湾候からそのことを聞いていた。ノースと第八大隊は、まさにそこを守る要なのだ。
〈黒の森〉を越えるには魔法を使うしかない。〈翼船〉を使うか、魔法使いひとりに兵士ひとりと馬一頭を組み合わせた〈飛行騎士〉を使うか。どちらにしろ、飛翔魔法は難しく、龍青玉を使っても、素人には危なくてそうそう行えるものではない。つまり、王子が引き連れてくるのは大軍ではない――しかし、〈黒の森〉を越えての奇襲は効果的だ。王都ファル・バラオの騎士団が分断されている今ならば尚更だ。
「陛下」港湾候がララサララに向いた。「私は、カカパラス王子殿下の方針には反対です。しかし……」
ララサララは港湾候を制した。
「貴候の言いたいことはわかる。今のままでは、余は単に担ぎ上げられた王に過ぎないからな」
ララサララは椅子から立ち上がった。
「初代ババカタラ王の行った守護魔法の是非は問えない。王国を守る手段が他になかったのだろうし、時代も違う。その魔法が百年も続いてしまうとは、ババカタラ王も思わなかったのかもしれないが……。何にせよ、何も知らずに今日まで来てしまった民達は気の毒だ。
民が王や王宮に物思うことは自由だと思う。他国がこの王国に対して野心を持つこともそうだ。思い考えることまでやめさせる権利は、余にも誰にもない。それに、余は、王や王宮や王国のことを、民にも色々考えてもらいたいと思う。皆で考え、歩む方向を定めてこそ、この王国は強き国になれるのだと思う。
だから、余は、再度の守護魔法は行わない。さっきマーリーが言ったように、ババカタラ王の龍青玉に魔力を注ぎ込めば、兄上を思い止まらせることはできるだろう。しかしそれでは、根本的な解決にはならないのだ。魔法でことを先送りすれば、いつまで経っても、この王国は、他の国と同じ舞台に上がることすらできないのだ。国内も、本当の意味での、王と民の絆は生まれないだろう。
……守護魔法が切れたこの時期に、謀によったとしても、余はアプ・ファル・サル王国の王となった。バラオ王家の末裔として、守護魔法のなくなった王国を導くのは、余に与えられた役割だと思う。若い王の綺麗事なのはわかっている。……このまま、兄上が連れてくる私兵団に、すぐにでも王国が危うくされてしまう危険も承知している。しかし、どんな結果になるにせよ、余はその結果をしっかりと受け止めたい」
ララサララは、手首に巻いたリボンを見つめた。
「リルは命を張って余を助けてくれた。師は余のために怪我をした。ルーリーも余のために囚われの身となったようなものだ。マーリーはここまで一緒に歩いてくれた。ブリューチス大隊長は傷の手当てをしてくれた。昨日は一日走り回ってくれたのだな。ギニーやアリーや、この町の人々にも迷惑をかけた……。
余は、そんな皆の行為を、想いを無駄にしたくない。余が歩む王の道は、余のことを想ってくれたすべての人達が敷いてくれた道だ。港湾候。それは、貴候が望む国の形とは違うかも知れぬ。しかし、それでもこの国のことを強き国としたいと思うなら、是非力を貸して欲しい」
港湾候は椅子から降りると、片膝をつき、頭を垂れた。
「陛下。私は、このアプ・ファル・サルという国に愛着があります。長く離れていたからこそ、この国のありようが歯痒かった。しかし、陛下の今のお言葉に、新しい国の未来を見ました。是非、私も一緒に歩んでみたい。今まで、陛下に数々の無礼な発言もいたしました。それは、お許しはいただけるとは思っていません。しかし、こんな私でも、陛下と共に王国の未来を創ることができるなら、喜んで微力を尽くしたいと存じます」
「感謝する」
港湾候の後ろで、ノースも片膝をついた。マーリーはというと、自分はどうしようかと迷っているようだった。
ララサララはマーリーを制すると、港湾候とノースに言った。
「事態は切迫しているようだ。急ぎ、対策を立てねばならぬ」
ノースは顔を上げた。ララサララが港湾候へと語った言葉は、ノースの胸にも染みた。
若い、理想に満ちた、十五歳の王の言葉。
そこに青臭さを見いだすのは簡単だ。しかし、現にララサララは十五歳の少女なのだから、それで全然構わないではないか。
ララサララは成長する。そのときそのときで、年相応の王であれば良い。その王を補助するための、官僚組織であり、騎士団なのだから。
王は国の方向を指し示してくれる存在であればよいと思う。そして今、ララサララ女王が示した道は、たしかに未来へと続いていた。それは、自分の未来でもあると、ノースは素すぐに信じられた。
「お腹すきませんか?」突然マーリーが言った。
「マーリー、そなた……」ララサララは呆れた顔で、マーリーを睨み付けた。
「いえ、腹が減っては戦はできぬといいますから」ノースはマーリーに助け船を出した。
この少年といたことが、ララサララを良い方に変えてくれたのは間違いない。考えようによっては、彼はこの国そのものを変えたと言っても良いのではないだろうか。
食事の用意のために立ち上がりながら、ノースはそんなことを考えた。




