王としての決意 4
港湾候の言葉に、ララサララは何故かほっとした。ここ三ヶ月あまり、胸の中に凝っていたものが溶けた感じだ。すべてが兄カカパラスの謀という単純な図式は、ララサララ自身の犠牲を強いるという内容はともかく、明快という一点で心情的に落ち着けるものだった。
――しかし。ララサララは兄の顔を思い浮かべた。日に焼けた肌。褐色の短髪。ララサララと同じ藍色の瞳――あの兄は、妹を犠牲にして、自らの欲望を満たそうとするような人だっただろうか――
いや――、私が兄上の何を知っているのだろう、とララサララは思った。兄上と、王国の将来について語ったことなど一度もない。父王のときと同じだ。それなりに仲の良い兄妹ではあった。しかしそれは、家族という生活単位の範疇でのこと。しかも、守護魔法の効果の下だ――
室内を静寂が満たした。誰もが、この卓に持ち寄られた情報を消化しようとしていた。
「ねえ、ララ」静寂を破ったのはマーリーだった。「宝物庫には龍青玉でできたババカタラ王の像があるんだよね。ということは、この研究帳に書いてある《もしかしたら、王本人が魔法の寄り代となった》て記述は本当なのかな? そんなことが可能なの?」
「方法はわからない。しかし、龍青玉も元は竜の化石だといわれている。石や金属を龍青玉に変換することは難しくても、命あるものを結晶させることはできるのかもしれない……憶測だがな」
「そう……。じゃあ、方法は置いておく。で、そんなに大きな龍青玉を作った理由は、普通の龍青玉だけでは、魔力を蓄えるのに容量が小さすぎたということでいいのかな?」
マーリー以外の三人は顔を見合わせた。
「マーリー。そなた、何が言いたいのだ?」
「あまり整理できていないんだけど……。そうだ、ここに龍青玉に魔力を再充填できるようなことが書いてあるけど、本当かな? すっからかんになっても大丈夫なの?」
マーリーは研究帳の一カ所を指さして訊いた。
「それは本当だ。しかし、今はあまりやらない。龍青玉を換えるだけの方が楽だからな」答えたのは港湾候だった。
マーリーは、右手の人差し指を空中でゆっくりと回しながら、何かを考え込んでいた。
「……例えば、魔術師が自分の命を失うほどの強大な魔力を発動したとするよね。それで、国中に魔法をかけて、余った分を大きな龍青玉に蓄えて、先々まで効力を維持しようとした……」
「うむ」ララサララが相槌を打った。
「細かい点は抜きにして、魔術を行ったのは魔術師で、ババカタラ王は補助、というか燃料樽の様な役割ということだよね」
「たしかに、役者が王と魔術師なら、そういう役割にならざるを得ない。ババカタラ王が魔術師だったという話は聞かないしな。しかし、その割り切り方は乱暴だ。ババカタラ王の願いと、土地の精霊との契約が、魔法をこの地に根付かせているとも言えるだろうからな……それで?」
「うん。一つは、母さんを捕まえたとして、言うことを聞かなかった場合はどうするのかなって」
「?」
「自分の命をかけるほどの大きな魔力を、人に無理強いされて発動できるのかな」
他の三人が顔を見合わせた。
「マーリー。そなた、本当に魔法のことを知らぬのだな」
「どういうこと?」
「魔術師の血で書いた文字は、魔術師の詠唱と同じ効果がある。魔法の基本だ。だから、必要な呪文と魔法式をルーリーの血で書けば、ルーリー本人が望まなくとも、ルーリーは魔力を発動することになるのだ」
マーリーは絶句した。その、あまりの顔に、ララサララは言葉を補わずにはいられなかった。
「……もっとも、今回想定される魔法は大掛かりだ。詠唱する呪文をすべて魔法式にするのは……たぶん、大変だ。それに、それほど大量の血を使ってしまっては、ルーリーの体力が持たない。結果的に呼び出せる魔力が落ちる。つまり……」
「ありがとう、ララ。もういいよ」マーリーが苦笑しながら言った。
ララサララは、意味もなく頬が熱くなるのを感じた。何故、自分がこんな言い訳をしているのだろう。
「そ、それで? 疑問はまだあるのであろう?」
「うん。ララのことだよ」
「私?」
「ババカタラ王の龍青玉をそのまま使えないものなの?」
一瞬、室内の空気が固まった。港湾候でさえ、虚を突かれたような顔をしている。
ララサララは考えた。兄上が考えている守護魔法は、ババカタラ王のそれとは違うのだろう。自分に都合の良い魔法を行いたいと考えているはずだ。しかし、ババカタラ王の龍青玉が、龍青玉である以上、魔法式を変えればそれを使えるはずだ。条件設定は違っても、国の守護という方向性は変わらないのだろうから――。ルーリーをして魔力を補充させれば、向こう百年とは言わずとも、数十年は守護魔法の効力は持続できるだろう。それとも、そもそも王国を守護するつもりなどないのだろうか――
「閣下」ノースが港湾候に言った。「王子殿下がどんな守護魔法を行おうとしているのか、詳しくお聞きになっていらっしゃいませんか?」
「ババカタラ王の守護魔法を復活させるとしか聞いていない。そのために、女王と魔術師が必要だということだったが……」
「まだ、我々が知らないことがあるのか……」ララサララが呟いた。「兄上、いったい何を考えている……」




