王としての決意 2
町へと入り、馬を下りた一行は、ノースの家へと続く路地までやってきた。先へと急ぐノースを、部下のひとりが呼び止めた。
「大隊長。あれは何でしょうか」
彼が指さしたのは、町の広場の方角だった。自宅へと気がせいていたノースは気付かなかったが、他の八人は全員が同じ方角を見つめている。
「?」
通りの先は曲がっていて、ノース達の所から広場を見ることはできない。しかし、家々の屋根を越えて、広場のあると思われる方角から、萌葱色の光の粒が漂っていた。次第に光の粒は数を増し、それと共に、不快な大気のべたつきが失せていくのが感じられる。
ノースは目を見開いた。
(……行幸の御証?)
しかし、〈行幸の御証〉は、王宮の魔法使いが行う単なる演出ではなかったのか。龍青玉を使用するので、光の粒も青白いのが普通だ。マーリーは魔術師の息子だが、本人に魔法の心得はなかったようだが――
ノースは愛馬の手綱を放り出すと、広場へと走った。その背後で、港湾候が慌てて指示を出す声が響く。
緩やかに曲がる通りを抜けると、そこはファル・ベルネの町の広場だ。煉瓦を敷き詰めた広場には、人集りができていた。それは、二日前と同じような光景。人々の垣の中央にいるのは、やはりララとマーリーだった。
広場に近づくと歌声が聞こえた。湿った空気を清々しく浄化する、凛とした歌声。聞き慣れた旋律は〈麗しの王国〉だ。声の主はララだった。
(……これはどういう状況だ?)
ララとマーリーは昨日とは違う格好をしている。ララの服装は男の子のものだ。マーリーはノースの家で見繕ったらしい。そして、ふたりの脇には、三人の男達が、まるで衛兵よろしく付き従っている。あれはたしか、〈馬屋〉の用心棒をしているごろつき達ではなかったか。広場を埋める町の住人達の三分の一ほどは、片膝をつき、頭を垂れていた。
歌が終わってなお、人垣からは咳一つ聞こえない。やはり呆然と立ちつくすノースに、マーリーが気が付いた。
「ブリューチス大隊長!」
その声を合図に、ノースの前の人垣が割れた。
「たいしたものだな」いつの間にか追い付いてきた港湾候が、ノースに言った。「本物の〈行幸の御証〉だ。これを見せられては、彼女を疑う者はいないだろう」
「でも、一昨日は……」
「陛下は日々ご成長されているということだ。頼もしい限りだな」
港湾候がノースの背を軽く押した。ノースはゆっくりとした足取りで、人々の垣の間を抜け、ララの前まで歩いた。そして片膝をつき、深く頭を垂れた。
「ララサララ女王陛下。私を含め、この町の者達の無礼の数々、深くお詫び申し上げます」
ノースの口上に合わせて、まだ立っていた住民達も、皆膝をついて頭を下げた。
「気にするな。先に無礼を働いたのは余の方だ。それに、昨日も随分迷惑をかけた」
そしてララサララは、幾分硬い顔で、ノースの背後を見やった。そこには、ノースと同じように頭を垂れた港湾候の姿があった。ララサララの視線を受けて、しかし港湾候は言葉を発しない。口を開いたのはノースだった。
「陛下。港湾候閣下はお味方にございます」
やはり無言を貫く港湾候を、ララサララはしばらく睨み付けていた。やがて、ゆっくりと口を開いた。
「ノース・ブリューチス騎士団第八大隊長。卿はどうなのだ?」
「恐れながら、私は陛下の忠実なる騎士にございます」
「そうか……そうだな。港湾候も、余に敵対したことがあるのか? 余に覚えはないぞ」
悪戯っぽい微笑みを湛えたララサララは、まるで花が開いたように華やかだった。かつて〈早春の息吹〉と讃えられていた頃の、あのララサララのそれであった。
ノースは、周囲の民達がララサララに魅せられていることを肌で感じた。一昨日、始めてここで会ったときとはまるで違う。たった一日で何があったのかはわからない。しかし、港湾候の言うとおり、ララサララは王として確実に成長しているようだ。
ノースは、職務に忠実である自信を持っていた。それは、王への忠誠心と同義だと思っていた。しかし今、それが間違っていたことを知った。ノースの胸の内に湧き上がった新たな想いは、熱く、力強く、体の隅々まで広がっていった。




