それぞれの転機 4
目を覚ましたマーリーは、体が思うように動かせなかった。頭ががんがん痛む。しばらくもぞもぞと体を動かし、自分が後ろ手に縛られ、土の上に転がされていることを認識した。辺りはすっかり暗くなっていた。
何故こんなことになっているのか、マーリーは必死で考えた。
あのとき、衛兵を上手くまいたマーリーは、時間を見計らって繋いである馬の所へと戻った。そのとき、突然背後から頭に衝撃があり、以後の記憶がない――
(そうだ……、ララ!)
マーリーは辺りを見回したが、ララサララはいないようだった。少し離れた場所で焚き火がたかれ、数人の男達がそれを取り囲んでいる。男達は酒を飲んで盛り上がっているようだった。
――つまり、自分は彼らに捕まったということか。マーリーは唇をかんだ。馬泥棒に追っ手がかかることぐらい、予想してしかるべきだったのだ。いったいどれくらいの距離を来てしまったのだろう。ララサララは、自分がいなくなって何と思っているだろうか。
しばらくすると、ひとりの男が様子を見に近づいてきた。
「お、気が付いたか馬泥棒。悪いな、気持ちはわかるけどよ、俺達だってこれが仕事だからな」
だいぶ酒に酔っているらしい男は、転がったマーリーの脇に座った。
「お前、馬泥棒初めてだろう? あんなよ、盗んだところから一本道の先に馬を繋いでたら、見つけてくれって言っているようなもんだ。しかも、戻ってくるとはな。売り払うなら即座に売らなきゃ駄目だ。乗り捨てるならよ、戻ってきたりしちゃだめなんだよ」
「おじさん達はもっと上手くやるの?」
「昔の話だよ。今は真っ当な用心棒だからな! ……てのは表向きで、今でもたまにはやる。お前より随分と上手くやるぞ。ははははは」
「じゃあ、泥棒のよしみで見逃してくれない? 馬は持って帰っていいからさ」
「馬鹿言え。お前を連れて帰るのと、そうじゃないのとでは、どれだけ礼金が違うと思っているんだ? 駄目だね」
「……そうか、残念。じゃあ、さらに儲かる話なら乗る?」
「何だって?」
男は、まじまじとマーリーの顔を覗き込んだ。酒臭い息がかかり、マーリーは顔をしかめたいのを必死で我慢した。「おーい、何をやっているんだ」と焚き火の周りから声がかかり、男は首をかしげながら離れていった。そしてしばらくすると、もうひとり別の男と現れ、引きずるようにしてマーリーを焚き火の所まで引っ張っていった。
男達は全部で三人だった。最初にマーリーに話しかけた小柄な丸顔の男と、後から来た背の高い男。そして、顔中に傷のあるリーダーらしい男がもうひとり。マーリーは傷の男の前に座らされた。
「おい、馬泥棒。儲け話があるそうだな?」傷の男が言った。
「最近、王宮から賞金首の指名手配が出ていませんか?」
「指名手配? どんなだ」
「女王陛下に似た女の子と、金髪の男の子のふたり組……かな」
「それで?」
「心当たりがあります」
傷の男は無言でマーリーを睨み付けていた。
「……というか、僕がその男の子です。女の子は馬を繋いであった所の近くにいます」
「わざわざそんなことを言う理由は?」
「彼女と離れたくないからです」
うひゃひゃひゃ、という下品な笑いが起きる。傷の男は黙って考えていた。
「一緒なら、王宮に突き出されようが、〈馬屋〉に突き出されようが構わない、ということか?」
「はい……」
傷の男は手元の酒壺をぐいっと傾けた。そして、勢いよく立ち上がると、足下の砂を蹴って焚き火を消した。
「兄貴、このガキの言うことを信じるんですか?」
「半分な。今から確認に戻ったって、俺達に損はねえよ。指名手配はたしかに出ていたが、王宮からじゃねえ。州軍から出ていた。結構な金額だ。それによ……好きな女と別れたくないってのは良くわかる話だ」
子分ふたりが、あちゃーと顔を覆った。「始まったよ」とぶつぶつ言っている。
「おい、さっさと〈灯石〉を灯せ。さっきの所まで戻るぞ。それから、ガキはお前が乗せていけ」
マーリーは、後ろ手に縛られたまま、丸顔男の馬に括りつけられた。男はマーリーの顔を見ると、眉をひそめて呟いた。
「兄貴は姐さんにぞっこんなんだ。あんな顔なのに、男女の話になると急に浪漫的になるんだよ……」
「おら、いくぞ」傷の男が叫んだ。
男達が乗ってきた二頭の馬と、マーリーが盗んだ一頭の馬。合わせて三頭の馬は、〈灯石〉を頼りに夜の道を走り始めた。




