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それぞれの転機 3

「私は、子供の頃から、長く船に乗って彼方此方の国を旅して回った」

 王都ファル・バラオの灯火を見下ろしながら、港湾候ゴース・アプセン二世が言った。庭園からまっすぐ厩へと向かったふたりは、それぞれの愛馬を引き出すと、夜の王都に乗り出した。星明かりの下、都を抜けると、王都を見下ろせる丘の上までやってきていた。

「私は三男だから、港湾候を継ぐことはないと思っていた。しかし、兄ふたりが相次いで病に倒れた。その結果、三年前に呼び戻されてしまった」

 港湾候はさも残念そうに肩をすくめた。

「ほとんどこの王国の近くに居なかったということが、どういうことだかわかるかね?」

「守護魔法の影響を受けない、ということですか?」

「そういうことだ。遠く離れた異国の地で、このアプ・ファル・サル王国の噂を聞くたびに、私は常々疑問に思っていたのだ。二つの大国に挟まれて、この王国は何故、こんなにも穏やかなのだろうかと。私なら王宮を乗っ取ってしまうのに、とな」

 草むらから虫の声が聞こえてくる。夜の丘は昼間より遙かに過ごしやすい。

「だから、大司教から守護魔法の話を聞いたときには納得がいったよ。守護魔法がこの国を腑抜けにしていたのか、とね。そして、王子殿下の計画を聞いたときは心が震えた。殿下は、守護魔法が切れた後、新たに強いアプ・ファル・サル王国を作るために、今すぐにでも王位に就きたいと望まれていた」

「ならば何故ララサララ殿下を?」

「箔がつく、と最初は説明していた。王位を簒奪した妹の女王。彼女に対して、王位継承権を盾に実力で王位を奪い返す。それは、今までの王達とは違うことを内外に示威することができるのだと……。私はその計画に賛同した」

「しかし、それは……」

「そうだ。ある段階から話の雲行きが怪しくなった。件の魔術師をこの国に送り込む算段がついたからだろう。守護魔法を再度かけ直す、という話が持ち上がったのだ。鉱山候と平原候はかえってその話を喜んでいる。大司教は最初からそのつもりだったようだ……。しかし私は、それには賛成できない。いかにこの王国のためだと言われてもだ。この国は、そんな魔法に頼らずにやっていくべきなのだ」

「女王陛下も、同じように守護魔法は必要だと考えるかもしれないわ」

「本当にそう思うかね?」

 ノースはララのことを考えた。自分のことを認めてもらえず、悔しそうな顔をしていたララ。彼女が魔法で民を従えて喜ぶだろうか? 第一、ルーリーの推測が正しければ、女王本人が魔法の犠牲になる必要が出てきてしまう。

「閣下。何故私にそんな話を?」

「陛下を守るには騎士団が必要だ。大隊長の半分は王子の息がかかっていると見て良い。特に、バンダス騎士団長とミューカス第二大隊長などはその中心だ」

 ベルルは、ミューカスが今回の件について不満を漏らしていた、と言っていた。しかし、考えてみれば、襲撃事件のときの王宮警護は第二大隊だった。騎士団も含めて共犯なら、ことは簡単に進められる。わざと不満を漏らすぐらいの演技もするだろう。

「私には、なんの接触もありませんでしたが……」

「ははははは。若い上に女性だ。信頼が置けない、と言ったところだろう。しかし逆に、だからこそ私は、貴殿を味方にする機会を伺っていた」

 なるほど。それで、あの絶妙の場面で現れたというわけだ。

「休暇から戻った貴殿は、今日一日、随分と精力的に駆け回っていたな。自分が留守中の事件を調べるにしては熱心すぎた。その理由を一つ、私は仮定することができる」

「……」

「陛下に会われたのではないか?」

 王都ファル・バラオの灯火は、魔法の国に恥じず〈灯石〉を使ったものが多い。その青白い光は、まるで大地に星々をちりばめたようだった。

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