マーリー 5
お互いどんな話が聞きたいかを話し合った結果、マーリーは通ってきた国々の様子を、ラド親方達はアプ・ファル・サル王宮のことを話すことになった。
「大きな事件の話とかじゃなくていいの?」と訊くマーリーに、ラド親方は笑って答えた。
「ここは港町だからな。そういう話は結構聞こえてくるもんだ。それよりも、坊主が肌で感じた他国の様子に興味がある」
ふーん、とマーリーは頷くと、しばらく考えてから話し始めた。
「僕と母さんは、三ヶ月位前に、アニシャ連邦のテテン王国を東に向かって出立したんだ」
アニシャ連邦は、大陸の南に広がる十の国が集まった連邦国家だ。大陸を南北に分断するアパニール山脈の南東に広がっている。テテン王国は、横に長いアニシャ連邦の中ほどに位置する、連邦十ヶ国では一番国土の小さい国だった。その東に、アニシャ東方三国と呼ばれる国々がある。テテン王国の東、〈中の海〉に面したシャル・バダ国。さらに東、〈中の海〉と〈東の海〉の交わる位置にあるガガーラ皇国。二つの国の北に位置し、アパニール山脈の東端を戴き、〈東の海〉に面しているデル・マタル王国。このアニシャ東方三国は農業が盛んで、一大穀倉地帯となっていた。
「シャル・バダ国からガガーラ皇国、デル・マタル王国と抜けたんだ。ちょうど種蒔きの時期で、〈種蒔き歌〉を歌うと喜ばれるから。それにあわせて北上する感じで」
〈種蒔き歌〉は、農作業のときに農民達が声を合わせて歌う歌だ。豊作祈願の意味が込められている。
「毎年、色々な国で〈種蒔き歌〉を歌うけど、今年通ったアニシャ東方三国では、あわせてちょっと違う歌が流行ってたんだ」
マーリーは、手で小さく拍子を取りながら歌い始めた。
――大きく広げた手で 友と三人輪になろう
我ら三人集まれば 実りは小屋から溢れるほどに
大きく広い両腕で 家と土地を守り抜こう
一人では小さくて 挫けそうなときもあるけれど
大きく手を広げて いつも三人輪になろう
孤高の心を大切に それでも三人輪になろう
「なんだい、その歌は」鼻高男が目を丸くした。
「アニシャ東方三国の歌だって。連邦は十ヶ国あるのに、三国だけの歌があるなんて面白いよね」
「去年、アニシャ東方三国は、随分と豊作だったんだよな」とラド親方。
「うん。でも、アニシャ連邦会議が、非常事特別統制価格の設定と、連邦内での穀物分配の統制を行ったんだって。連邦は広いから、西の方は不作だったらしいんだ。だから、せっかく豊作だったのに、農民はあまり儲からなかったみたいだよ」
「そうか。それで、三国だけの歌ってわけか」
「あと、デル・マタル王国では、こんなのも流行ってた」
――西の花嫁持ってきた 歌と色香と麻袋
東の花婿差し出した 心と麦と米と金
ラド親方は大いに笑い、「随分と辛辣だな」と言った。
「春に、デル・マタル王国の第三王子様のところに、西のジャランダ王国のお姫様が嫁いできたらしいんだけど、食料支援のための政略結婚だったんじゃないかって」
「アニシャ連邦内の姻戚外交は日常茶飯事だっていうじゃないか。そりゃあ、国民は随分と不満が溜まってるなあ」
ラド親方が嘆息し、他のふたりもわかったような顔で何やら頷いた。
「さあ、今度はこの国のことを教えて」
男達三人は、誰が話をするかしばらく譲り合っていたが、結局ラド親方が話をすることになった。うほん、と咳払いを一つすると、ラド親方は話し始めた。
「三ヶ月ほど前のことだから、坊主達がテテン王国を出た頃のことだな。この国の王様が代替わりしたんだ」
「前の王様は亡くなられたの?」
「いや、そうじゃないんだが……」
ラド親方は、アプ・ファル・サル王宮の不思議な代替わり劇について話し始めた。




