父と娘 1
小気味よい蹄の音が響いている。
心地よい風が髪を洗う。
流れ行く緑多き風景と、背後から時折視界をかすめる金色の髪との対比が、ララサララから現実感を奪っていく。
こうして馬に跨り、マーリーと共に風を感じていると、あの晩餐会の夜を思い出す。煌めく王宮の広間。響くルーリーの歌声。飛び散るリルの血。砕けた硝子。そして――
「……ララ、ララ! 馬に乗って寝たら危ないよ」
いつの間にか馬は並足になり、マーリーがララサララの顔を覗き込んでいた。どうやら、うとうとしてしまったらしい。
「一休みしようか」
マーリーは道の先を指さした。小さな川が、陽光にキラキラと輝いていた。
ギニーとアリーのお願い、それは服を交換することだった。
四人はノースの家へと戻ると、着ている服を交換した。もっとも、体型がまったく違うので、ギニーとマーリー、ララサララとアリー、と上手く交換はできなかった。
ギニーの服はララサララにちょうど良かった。マーリーはギニーの服もアリーの服も着れず、ノースの家を物色して、ノースの父親のものと思われる服を借りた。ギニーはマーリーの服を着た。丈が少し長かったが、袖と裾をまくれば大丈夫だった。そしてアリーは、嬉しそうにドレスを抱きしめた。
男の子の服を着たララサララは随分と印象が違った。腰まである褐色の髪を両脇で結び、その束をさらに縛っている。動きやすくなったのが嬉しいのか、その場で何度もぴょんぴょんと跳ねた。
服の交換が済むと、ギニーはふたりを町外れの〈馬屋〉へと案内した。
馬はどこの土地でも重要な交通手段だ。街道沿いには、有料で馬を貸す〈馬屋〉や、馬車の業者が軒を連ねていることが多い。その〈馬屋〉では、通りに面した庭に馬が引き出され、客と主人らしき男が話をしていた。庭の奥には厩があり、何頭もの馬が繋がれている。
「頼めば借りられるのか?」とララサララ。
「違うよ。勝手に乗るんだ」ギニーが言った。
「なに?」
「僕が囮になるから、ふたりは馬に飛び乗って」
「……」
ララサララとマーリーは顔を見合わせた。よりによって馬泥棒とは。
「でも、戻ってくるんだし……借りるだけなら大丈夫かな」
「マーリー。そなた本当に屁理屈が上手いな」
「そう?」
「まあ、失敗したら歩いて行けば良いだけだがな」
ララサララの今の格好ならば、ドレスより数段歩きやすいだろう。
「いい? じゃあ、あれでいくよ」
ギニーが指さした先で、〈馬屋〉の主人が二頭の馬を引いていた。
ギニーの先導で厩の裏から主人に近づいた三人は、頃合いを見計らった。そして、ギニーが庭に飛び出し、主人に向かって駆け寄った。
「こら! なんだ?」
「ねえ、おじさん。遊ぼうよ!」
「ブリューチスさんとこのガキじゃないか。儂は忙しいんだ。あっちへいけ!」
主人が気を逸らしたのを見て、ララサララとマーリーも飛び出した。〈馬屋〉の馬には鞍と鐙が付いている。裸馬に飛び乗るのは容易ではないが、鐙があるなら話は別だ。マーリーは軽々と鐙に足をかけると、一頭の馬の鞍上に飛び乗った。そして、ララサララを引っ張り上げ、馬の横腹を蹴り上げた。
「なんだ?」
〈馬屋〉の主人が驚いて声を上げた。それでも手綱を離さないところはさすがだが、ふたりが飛び乗った馬だけでなく、隣の馬も驚いて暴れだしてしまったから、そうそう持っていられるものでもない。ふたりが振り落とされないように耐えるうちに、手綱が主人の手から離れた。マーリーはすかさずそれを握ると、暴れる馬を制御して駆けだした。
「馬泥棒!」背後から主人の怒声が聞こえる。
「返しますから!」とマーリーは叫んだ。
「行ってらっしゃーい」ギニーが手を振る。
主人の怒声も、ギニーの声も、あっという間に彼方へと遠ざかっていった。




