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女達 1

 アプ・ファル・サル王宮には、小さな庭がいくつも点在している。前パパマスカ王は庭好きで、高い階でも、場所を見つけては庭を作っていた。王宮三階の外れ、小さな露台に作られたこの庭も、そんな中の一つだった。頭ほどもある蔓性植物の垣が囲み、卓が一脚と椅子が二脚で一杯になってしまうこの庭は、まるで恋人達のためにしつらえられたようだった。垣の間からは王都が一望できる。誰が考えたのか、庭への扉には〈使用中〉の札まで用意されていた。ノースは、この通称〈恋人の庭〉に入ったことはなかったが、ベルルはさぞよく使っていることだろうと思われた。

 ノースが庭に足を踏み入れると、すでにベルルが待っていた。ご丁寧に茶器まで用意している。

「待たせたわね」

「いえいえ。この時間が楽しいんです」ベルルは立ち上がると、椅子を引いてノースを促した。

「ありがとう。でも、誤解は早めに解いておきたいのだけれど」

 そう言うノースを、ベルルは手で制した。

「お茶、いかがですか?」

「いただくわ」

 ベルルは慣れた手つきで茶を入れると、ノースに差し出した。ふたりはしばし、薫り高い茶を楽しんだ。

「あのね、ベルル・イモコフ参謀……」

「わかっています。ちょっと恋人気分を味わいたかっただけです。手渡されたメモに、〈恋人の庭〉で待つ……、なんて書いてあったら、期待しない方がもったいないじゃないですか。まあ、面倒ごとの代償ってことで」

「私みたいな年増でそんな気分を味合わなくても、若い娘がたくさんいるでしょう」

「でも、彼女らはノース・ブリューチスではありません」

 ああ、この男は根っからの女たらしなのだ、とノースは思った。やはり女であるノースとしては悪い気はしない。しかし、今はそんな遊びを楽しんでいる場合ではなかった。ノースが軽く睨み付けると、ベルルは小さく肩をすくめ、表情を引き締めた。

「噂のことですか?」

「ええ。詳しく教えて頂戴」

 大隊長室で外から盗み聞きされる心配は少ない。しかし、参謀はベルルひとりではないし、いつ誰が訪ねてくるかもわからないため、用心に超したことはない。そんなわけで、ノースは、大隊長室での会話を強引に打ち切り、わざわざメモを使って、ベルルとここで落ち合ったのだった。

「例の晩餐会の翌日です。女王陛下近辺の女官が総入れ替えになりました。お付きの女官が、なんでも例の魔術師と通じていたとかで、念には念を入れてってことらしいです。陛下の御髪役おぐしやくだった娘と知り合いなんですが、入れ替えに際して、引き継ぎもなかったっていうんですよ」

「でも、それだけで偽者ってことになってしまうの?」

「いえ。その程度なら、ありそうな話です。その娘は、今度は掃除役に回されて、随分とぼやいていまして……。あ、それはともかくです。掃除役は、日に一度、王宮内のごみをまとめて分別するんです。生ごみは腐葉土にしたり、家畜の餌にする。紙や糸くずなどは燃料と混ぜて焼却する。で、その娘が仕分けをしているところに、新任の御髪役がごみを持ってきた。陛下の御髪を梳かして結えば、当然抜け毛がごみになるわけです。その娘が言うには、新任が捨てに来た抜け毛は、陛下の御髪とは違ったっていうんですよ」

「その女官の見間違いじゃない? そんなことがわかるものなの?」

「毎日自分が梳いて結っていた髪ですからね。本人は、間違いなく別物だ、色は似ているけれども、と言うんですよ。そうなると、食べる量が違うとか、足音が違うとか、色々な話があちこちから出てきます。陛下のお役を降ろされた女官達は、ただでさえ理由がわからずにいらいらしているんですから。一度気になり始めたら、際限がないって言うか」

 この男には、いったい何人の女官友達がいるのだろう、とノースは余計なことを考えた。

「陛下は、王宮朝議には出られているの?」

「ええ。でも、ひとことも発言はされていないようです」

「そう」

 ノースは、すでに王宮にいる女王は偽者だと確信していた。ファル・ベルネのララが本物の女王陛下に間違いなさそうだ。――とすると、黒幕は誰なのだろうか? 女官の人事を思いのままにできるということは、それなりの地位にいる人物が関わっているということだ。ララには心当たりがあるようだったが、昨日はそのことは語らなかった。まだ、ノースを敵か味方か判断しかねていたのだろうし、ノースもそれで良いと言った。しかし、こうなると、訊いておくべきだったと悔やまれる――

 まず考えられるのは、魔術師を捕らえた大司教サン・パウバナだ。そして、今や我が物顔で王宮朝議を仕切っている三諸侯。彼らの共犯という線もあるかもしれない。偽者の女王を意のままに操り、王権を恣にする――

 しかし、とノースは考えた。晩餐会の席から女王が逃げてしまうというのは、予定に入っていたのだろうか。始めからそうなる筋書きだったのなら、偽者を用意しておいた、ということだ。しかし、ララの話を聞く限り、王宮から逃れたのは偶然だったように思われる。とすると、本来の筋書きはどんなものだったのだろうか。

 ララ達の話からは、筋書きから外れたと推測されるのは二点。リルが女王の身代わりになったことと、女王が王宮から逃げてしまったこと。そこを修正すると――女王は魔術師の襲撃を受けて怪我をし、魔術師は捕らえられる――となるのか。

 それとも、女王を殺すつもりだったのだろうか。殺して偽者とすり替える。聞けば、身代わりになったリルは、脇腹を〈魔法弩〉で打ち抜かれたという。たしか、女王とリルの身長差は頭一つぐらいだったか。そうすると、暗闇で王冠を頼りに〈魔法弩〉を打ったとして、女王本人の場合は足を射貫くのがせいぜいとなる。確実に殺すなら、王冠の真下を射貫くのが正解だ。つまり、殺すつもりはなかった――

「ねえ、晩餐会の翌日には、もう陛下のお出ましはあったの?」

「はい。たしか、午後に一度公務をこなされていたと思います」

 早すぎる。晩餐会の後に偽者を用意したとしたら、半日は早すぎる。まるで、用意してあったとした思えない。もっと前から、女王と入れ替える機会を狙っていたのか――

「陛下が即位なされる前に、急病になられたことがあったわよね」

「ああ、ありましたね」

 どこかの部屋で倒れ、しばらく発見されなかったとの話だった。

「ご病気の話と、ララサララ女王即位の勅令が出たのは、どちらが先だったかしら」

「勅令です」

「即答ね」

「ええ。陛下のご病気の原因が、突然の即位に悩まれたせいではないかって、そういう噂がありましたからね。食事が喉を通らず、それで倒れたってことでした。ほら、〈望みは常闇である〉発言もあったわけで、信憑性しんぴょうせいありましたよ」

 あの、パパマスカ王退位からララサララ女王の即位までの期間は、王宮内も慌ただしかった。騎士団への通達も突然で、ノースは随分と驚いた。そういえば、退位の式も行われなかった。大事な時期にもかかわらず、女官達に休暇が出されるという不可解な話もあった。ララサララが倒れたのはその期間で、女官がいなかったために発見が遅れた、と後から問題になった――

 今にして思えば、ララサララの急病についても腑に落ちない点がある。食事が喉を通らないほど悩んだとしたら、自室の寝台に伏せっていそうなものだ。そんな、まるで何かから隠れるみたいなことをなぜしたのか――

 ――隠れる? まさか、本当に何かから隠れたのか?

 女王の即位で一番得をしたのは誰だろうか。大司教よりも、実質王権に手が届いた三諸侯の方が益は大きいように思える。彼らが何らかの説得工作をして、パパマスカ王を退位せしめた。そして、女王を祭り上げた――。王子は都合良く留学中で、継承権の問題は、勅令を出すことで解決した。そう仮定すると、あの勅令は三諸侯がでっち上げた可能性が強くなってくる。そして、彼らが万全を期すならば、女王も、ララサララ本人より偽者のほうが都合が良い――

 だから、ララサララは襲われ、どこかに隠れた。出るに出られず、倒れてしまった。たしか、発見したのはリルだったはずだ。三諸侯にしてみれば、勅令を出し、さあこれから偽者を投入、という最悪の時期に本物が現れてしまった。結果として、偽者は使えず、ララサララ本人が王位に就くことになった。しかし今回、都合良くララサララが王宮から消えたので、改めて偽者を玉座ぎょくざに据えた――

 我ながら想像力豊かだな、とノースはため息をついた。

「あの頃は、もう一つ、変な噂がありましたね」

「?」

「カカパラス王子殿下が行方不明という噂です」

「何それ? 知らないわ」

「王子殿下が行方不明だから、しかたなくララサララ殿下は王位に就いたっていうんです」

「それも女官達の噂?」

「ええ。でも、騎士団内にも流れていましたよ。ほんの一時ですが。結果的には流言りゅうげんだったわけですけど」

「仮によ」ノースは言葉を選ぶ。「王子殿下が陛下に謁見されて、陛下が偽者だったら気が付かれるかしら」

「気付かれるでしょう。兄妹ですから。お怒りになるんじゃないですか。暴き立てて、玉座から引きずり落とすとか……」

 企んだのが三諸侯だとしても、そんなにすぐ発覚するようなことをするだろうか。女官達が噂をするくらいだ。兄である王子が気付かないはずはない。しかし、王子の突然の帰国にも、三諸侯達が慌てている様子は見受けられない――ということは、王子と三諸侯が共犯なのだろうか。

「王位継承権の問題もあったわね」

「でも、勅令ですから」

「それでもよ」

 王子が継承権を盾に王位を望み、仮に大司教や三諸侯がそれを支持した場合は、ララサララは王位を退かざるを得なくなるかもしれない。黒幕が王子本人ならば、三諸侯の今の落ち着きようも説明がつく。しかし、こんなに回りくどいことをしなくても、カカパラス王子は王位に就くことができたはずではないか。いったん、ララサララを女王にしなければならない理由など、どこにあるのだろうか――

「何かが……、何かが足りないわ」

「何です?」

 ノースは苦虫をかみつぶしたような顔をした。カカパラス王子黒幕説は、まるっきりノースの憶測に過ぎない。内容が内容だけに、簡単に確かめることもできない。

 ――いや、例の怪我をした女官は何かを知っているのではないだろうか。女王陛下付き女官のリル。彼女は、王冠をつけて女王の身代わりになったという。王冠に手を出すなど、本来許されるものではない。彼女がそれを知らないはずはなく、押してしたからには、何かを知っていた可能性がある――彼女に話を聞くことができれば――

「ベルル。悪いけれど、つきあってもらえる? ちょっと危ない橋を渡りたいのよ」

「大隊長と参謀は一蓮托生いちれんたくしょうです。でも、理由くらいは聞かせてもらえるんですよね?」

「女王陛下のためよ。騎士団は、そのためにあるのだもの」

 王子殿下のためではないわ、という言葉をノースは飲み込んだ。継承権がどうであろうと、ララサララは精霊の秘儀ひぎを受けた正式なアプ・ファル・サル王国の女王なのだ。

 ベルルは躊躇せずに頷いた。

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