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伝説の守護魔法に関する一考察

 ボーズ・ブリューチス記す



 ――そもそも、この本〈マーテル王国年代記 第六代テルメノ王時代〉は、若かりし頃、デル・マタル王国の旅路で見つけたものだった。骨董市で他の本に混ざっていたものを見つけて、私は掘り出し物だと思い、とても興奮した。早速値段を尋ねると、私があまりに目を輝かせていたからだろう、随分とふっかけられてしまった。

 それはともかく、当然、買った当時はこの本を良く読んだものだが、いつしか他の本や資料に埋もれてしまった。仕事を引退して、好きな歴史の研究をして余生を送ろうと決めたとき、資料の整理をしていて、久しぶりに相見あいまみえたのである。

 五十年ぶりに読んでみて、私はあることに気が付いた。それは、マーテル王国暦五十八年、アプ・ファル・サル王国暦では十九年にあたる章についてだ。章題は《アプ・ファル・サル侵攻》となっている。大まかな内容は以下の通りだ。

《テルメノ王が即位して五年、国内の政治が安定したことを機に、王は国外に目を向けた。まず目を付けたのが、新興国アプ・ファル・サル王国だった。豊富な龍青玉と、精緻な魔法産業に将来性を感じたテルメノ王は、二万の軍勢を率いてアプ・ファル・サル王国へと侵攻した。アプ・ファル・サル王国軍は戦闘経験が少なく、数も少なかったため、マーテル王国軍を押し止めることができなかった。マーテル王国軍は、海からの上陸に加えて、広大な〈黒の森〉の上を越えて、魔術師による奇襲攻撃も行った。魔法で王国を発展させてきた自負のあるアプ・ファル・サル王国軍は、自分達が魔法で遅れを取ったことで総崩れになった。テルメノ王率いるマーテル王国軍は、上陸からわずか十日で、王都ファル・バラオまで侵攻した。そして、残るはアプ・ファル・サル王宮を落とすのみ、というところまで攻め立てた。万策尽きたかに見えた初代アプ・ファル・サル王ババカタラ・バラオは、命を賭して何らかの大魔法を行った。アプ・ファル・サル王宮攻略戦三日目の払暁、王宮を中心に、広範囲で光の粒が振るのが認められた。その直後、マーテル王国軍は戦意を喪失。王宮を陥落させる寸前で、不可解な撤退をすることとなった。それ以後、テルメノ王がアプ・ファル・サル王国に攻め入ることはなかったという――》

 これは、アプ・ファル・サル王国の歴史にはない事件である。

 不思議なことは、五十年前にもこの章を読んだはずなのに、そのときはなにも感じなかったということだ。しかも、私ばかりではない。今では珍しくなった本ではあるが、おそらく王宮の書庫には蔵書されている。この章を読んだことのある人間は、ひとりやふたりではないはずなのだ。もちろん、年代記なるものが、時の権力者によって捏造ねつぞうされることがあるのは承知している。《アプ・ファル・サル侵攻》が、捏造の可能性も当然ある。しかし、今まで多くの歴史研究家と話をしたが、この件に触れた者がひとりもいないというのは、一体どういうことだろうか。私が歳を取ったために、些細なことが気になってしまっているだけなのだろうか。

 アプ・ファル・サル王国は、建国以来百二十年間、一度も他国の侵攻を許してはいない。この、王国の矜恃きょうじともいうべき前提が、間違っているとしたら――

 私は、この件を調べてみようと思う。余命幾よめいいくばくもない老いぼれの戯言である。この研究で、迷惑をこおむる人間もいないだろうと思う――



 ――友人のパウバナ大司教と話をする機会があった。魔法について、常々疑問に思っていたことを、率直に訊いてみた。

 まず、龍青玉は、どの位の期間魔力を保てるのか。それは、魔法の種類と龍青玉の大きさによるという。例えば、〈灯石〉のように、使っているときに常に魔力を発しているものは、当然早く魔力が尽きるという。なるほど、小石大の龍青玉を使った〈灯石〉は、毎晩使っていると、一年ほどで使えなくなってしまう。一方で、一瞬だけ魔力が発動すれば良いものは、長く使えるという。〈穴なしの鍵〉や〈点火石てんかいし〉などは、何十年も使うことができるというわけだ。

 それでは、百年もの間魔法を効かせ続けるには、どれほどの大きさの龍青玉が必要なのか。「伝説の守護魔法かね?」と笑いつつ、パウバナは答えてくれた。実は、龍青玉は、人の拳大より大きいものは見つかっていないのだという。だから、「これは半分以上想像なのだが」と前置きをした上で、「人間ひとり分ぐらいの大きさは必要ではないか」とのことだった。加えて、龍青玉を使わない魔法は、百年もの間効力を維持することは常識的には無理だ、とも付け加えた。

 人の手で龍青玉は作れないのか、とも訊いてみた。「できるのならやっている」と即座に答えが返ってきた。龍青玉に魔力を再充填することは可能なのだという。しかし、現在では、それができる魔術師は、随分と数が少なくなってしまったらしい――



 ――結局、確証を得るだけの証拠を集めることはできなかった。最近は体調も良くない。私の人生も終わりに近づいているようだ。

 証拠は見つけられなかったが、私の結論は記しておきたいと思う。

 伝説の守護魔法は存在している。

 初代アプ・ファル・サル王ババカタラ・バラオがかけたのは、〈アプ・ファル・サル王国の平和〉という魔法だったのではないか。

 アプ・ファル・サル王国の魔法産業で禁忌とされているものがある。それは〈操心魔法そうしんまほう〉と呼ばれる、人の心に作用する魔法だ。〈幻覚魔法げんかくまほう〉や〈傀儡魔法かいらいまほう〉はともかく、〈癒心魔法ゆしんまほう〉も禁忌というのは、よくよく考えると解せない。しかし、すでに王国が魔法にかかっているならば、それらの魔法を上乗せして使うことはできない。加えて、〈操心魔法の禁忌〉自体も、守護魔法の一部だとしたら――

 そうすると、いくつかの疑問に説明がつく。

 それほど軍隊が強いわけでもない小さなアプ・ファル・サル王国が、百二十年も他国の侵攻を受けていないという点。実際には、百年前に一度侵攻を受けた。しかし、そのときに行われた〈アプ・ファル・サル王国の平和〉という守護魔法によって、王国は守られた。それ以後、周辺国までも影響を広げたその魔法は、百年もの間、王国への侵攻という目を摘み取り続けた。しかし、魔法の効果には範囲がある。魔法の範囲を超えた外で、〈マーテル王国年代記〉のような書物が書かれ、それが守護魔法の伝説を作り上げた。

 一方で、王国民にも影響を及ぼした守護魔法は、侵攻があったという事実自体を忘れさせ、認識させず、疑問を持たせず、現バラオ王家への逆心をも抑え続けた。もしかしたら、王家の人間でさえ、もはや守護魔法の事実は知らないのかもしれない。

 ところで、それほどの魔法を実現した龍青玉とは、いったいどんなものだろうか。知られていないだけで、巨大な龍青玉が発見されたのだろうか。それとも、人の手で巨大な龍青玉を作りだすZ術が、かつては存在していたのだろうか。初代国王ババカタラ・バラオは、〈マーテル王国年代記〉によるところの《アプ・ファル・サル侵攻》以降、王位を退いている。その時期の一致は、もしかしたら、王本人が魔法の寄り代となった証なのか。魔法について門外漢の私の想像は、奇抜すぎるだろうか。

 五十年前の私が気が付かなかったことに、今の私が気が付いた。この事実は、守護魔法が弱まってきている事実を示してはいないだろうか。そうだとすれば、今後、この国は試練に立たされる。魔法の守護は失われ、民はそれに気付かず、周辺国はこの国に目を向け始めるだろう。国の内外で、幾多いくたの思惑が渦巻き、王国は動乱の中に投げ込まれるだろう。それに立ち向かうのは、先に即位した女王であり、私の娘であり、この国の民達なのだ。私は先に退場する。願わくば、彼女らに精霊のご加護があらんことを――

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