ファル・ベルネの町 3
「魔法具の仕組みを始めて知ったよ」
工房の隅の椅子で膝を抱えていたララサララに、マーリーが言った。
工房の中では、ギール・ガタナ・ユジーの三人が作業をしている。マーリーは約束通り、ガタナに工房での作業を見せてもらっていたのだ。もっとも、歌を歌う約束はうやむやになってしまったが。
龍青玉の魔力を発動する方法はいくつかある。一つは、魔術師による詠唱。もう一つは、魔術師の血文字。そして最後が、金属による文字だ。
血文字による魔力の発動は許容範囲が大きい。使用する言語による制限がないのだ。それは、すぐに人の意思が込められるからだといわれている。
一方で、金属による発動は条件が厳しい。魔力の発動及び方向付けに、人が普段使っている文字は使えない。魔法具の開発の歴史は、この〈魔法文字〉と呼ばれる記号探しの歴史といえる。魔法具には、魔法文字の刻まれた二枚以上の金属が仕込まれることが多い。この金属を動かして、それぞれに刻まれた魔法文字をあるべき順序に並べると、魔力が発動するという仕組みだ。なお、魔法文字の連なりは魔法式と呼ばれる。
例えば〈灯石〉では、金属の輪が二重に龍青玉の周りにはめられている。使わないときは二つの輪をずらしておく。これを重ねると魔法式が完成し、魔力が発動するようになっていた。
なお、剣や盾などの魔法武具の類には可動式の魔法式は組み込まれない。武具などは、外的要因があった場合に――例えば、敵の剣に触れたときなど――魔力が発動するような魔法式が、完成形で刻み込まれているのだった。
ブリューチス家の工房では、〈灯石〉の金属の輪を作っていた。一つ一つ、手で魔法文字を刻印していく。
「あれは失礼だよララ。いくら君が王様でもね」マーリーはララサララの脇に腰を下ろした。「みんないい人だよ」
「……」
「君の国民なんでしょ?」
ララサララは、かっとなってマーリーを睨み付けた。しかし、怒りは続かず、ため息と共に視線を落とした。
「ねえ? ララは何で王宮に戻ろうとしているの?」
「王だからな」
「本当に?」
「どういう意味だ?」
「……建前じゃなくてさ」
ララサララは顔を上げてマーリーを見た。翡翠色の瞳がララサララを見つめていた。
「僕がララと一緒に来たのは、前にも言ったけど、母さんのためだ。ララをひとりで行かせられないって言ったけど、本当は逆。僕がひとりでは王宮まで行けない」
「私を出しにしていると?」
「うん……そうかな」
ララサララは目を逸らした。工房内で作業をする三人を、見るともなく眺める。
「私は……何でこんなことになったのか、納得がいかない」
「うん」
「リルが心配だ」
「うん」
「王宮以外に帰る所がない。王宮に居て、始めて私は王たりえる。今回それを思い知った」
「……」
ララサララは次々と言葉を重ねて、しかし、マーリーの顔を見ることができなかった。
工房内に、金属に魔法文字を刻む音だけが響く。
そして――結局、ララサララは認めざるを得なかった。
「……そうじゃないな。勢いだ。一昨日、そなたに「王宮に戻る」と言ったのは、わけのわからない怒りに突き動かされた勢いだ。見栄……とも言えるかな。王としての見栄だ。ただ、そなたが付いてきたから、後に引けなくなった。それだけだ」
ララサララは自分の手を見た。
「だから……本当は王宮に戻るのが怖い。戻るべきなのはわかっている。でも、戻ってどうするのか、なんて考えていない。大隊長が王宮の状況を確認して、いずれ戻ってくる。王宮に戻るときが近付くほど、戻るのが怖くなってくる。だから……だから、さっきは……」
「戻らなくて良い口実?」
ララサララはむすっとして横を向いた。
くすっとマーリーが笑う。
「何なのだ!」
ララサララは勢いよく首を巡らせて、マーリーを睨み付けた。
「ごめん。でも、同じだからほっとした」
「なに?」
「大隊長さんにさ、丸投げして任せちゃえるならって……」
ララサララは呆気にとられた顔をした。
「そなた……さっき、母君のためだと」
「ごめん。嘘じゃないけど、怖じ気付いていたのも事実」
「……卑怯者」
「だから、ごめんて」
ララサララは拳を振り上げて、しかし、ぶっと吹き出すと、腹を抱えて笑い始めた。マーリーもつられて笑い出す。工房の三人が、何事か、と手を止めてふたりを見つめていた。