ファル・ベルネの町 2
「ガキどもいるか?」
扉を開けて入ってきたのは、昨日、墓地でふたりを捕まえた男だった。短く刈った茶色の髪には、白いものが随分混じっている。年の頃は五十代後半くらいだろうか。
「そんなに警戒するな。ノースに頼まれてな。俺の名前はギール・ブリューチス。ノースの叔父だ。昼飯を食わせてやるから付いてきな」
それだけ言うと、ギールはさっさと家を出た。マーリーが意を決して立ち上がり、ララサララもその後に続いた。
歩くこと一刻(約十五分)、ふたりが連れてこられた家は、ノースの家より一回り大きかった。そこはギールの家で、魔法細工の工房を兼ねていた。マーテチス州では、自宅兼魔法細工工房は多いのだという。
「散らかってるけどな、入れ」
ギールにそう言われて、ふたりは恐る恐る家の中に足を踏み入れた。
「女王様――――!」
突然声が上がった。ララサララがびっくりして立ちつくしたところに、小さな女の子が飛び込んできた。ララサララは、思わず女の子を抱き止めた。
「馬鹿だなあ、アリー。そいつ偽者だぜ」
女の子の後ろから、十二〜三歳の男の子が現れた。
「違うもん。こんなに綺麗なお洋服着てるんだから、本物の女王様だもん。ね?」
アリーと呼ばれた女の子は、ドレスにしがみついたままララサララを見上げた。
「……ああ、もちろんだ」
「ばっかじゃねえの? 女王様がこんな所にいるわけないじゃん」
「馬鹿って言った方がばかー。ギニー兄のばかー」
頬を膨らませて睨み合うアリーとギニー。ギールは何も言わずに、部屋の中央にある食卓に腰を下ろした。ララサララとマーリーは顔を見合わせる。そのとき、奥の部屋から声がした。
「アリー。お客様になんですか、お行儀の悪い。びっくりしてるじゃない。それからギニー。女王陛下の件はノース義姉さんが確認するって言ってるんだから、憶測で人を罵るんじゃありません」
良い匂いのする鍋を手に現れた母親は、兄妹を平等に窘めると、せっついて食卓につかせた。
「さあ、ふたりもいらっしゃい。たいしたものはないけれど、たくさん食べて頂戴ね」
「ありがとうございます」マーリーが礼を言って席に着いた。
「……感謝する」ララサララも続いた。
「まあ、本当に女王陛下みたいなもの言いね。ねえ、お義父さん。なんてお呼びすれば良いかしら?」
突然話を振られて、ギールは返事に困ったようだった。
「ララで構わない」とララサララ。
「そう? あら、自己紹介がまだだったわね。私はユーナ。次男のギニーと、長女のアリーよ」
ユーナに促されて、ギニーとアニーはぺこんと頭を下げた。ララサララとマーリーも改めて名乗った。その間にも、食卓には続々と人が集まってくる。ギールの妻テナ。ギールの息子で、ユーナの夫ガタナ。ユーナとガタナの長男ユジー。ララサララとマーリーを含めると、総勢九人が食卓を囲んだ。
「さ、お祈りを捧げて食べよう」
ギールがそう言って、胸の前で手を握り目を閉じた。ブリューチス家の面々も目を閉じる。ララサララとマーリーも彼らに倣った。
「山と原と海の精霊よ、何れは御許へ返さんことを約し、溢れし力のひとかけらを、今はただ我ら糧となさん。一日とひととき、我らにご加護を恵みたまえ」
「恵みたまえ」
全員が唱和して祈りが終わった。
ララサララとマーリーが目を開けたときには、すでに大騒ぎの昼食が幕を開けていた。
「さ、ふたり共早く食べないとなくなっちゃうわ。うちの子達は食いしん坊だから」
ふたりは食卓中央の籠に山積みにされているパンに手を伸ばした。ユーナが椀にスープを装ってくれる。ふたりがそれを受け取っている脇で、ギニーが早々にお代わりを要求していた。
「君は旅の歌い手なんだって?」
ガタナがマーリーに声をかけた。ガタナはギールによく似ている。歳はノースと同じくらいだろうか。
「はい」
「後で何か歌ってくれないか?」
「わかりました」
「あー、私も歌う」アリーが聞きつけて手を挙げた。
「これ、アリー。お行儀の悪い。食べ終わってからにしなさい」とユーナ。
「えー?」
「こちらの工房では、どんなものを作っているんですか?」
「〈灯石〉だよ。ブリューチス家は、代々魔法細工職人の家系なんだ」ガタナが言う。
「へえ。後で工房を見せてもらっても良いですか?」
「もちろんだとも」
「あれ? でも、魔法細工職人の家系って……」
「ノースのことか?」とギール。
「大隊長のお父さんも、職人ではなさそうでしたね?」
「兄貴は職人になるのが嫌で騎士団に入ったんだ。親がそんなだから、娘もあんなだ。まあそれでも、男四人女一人の兄弟で、ボーズ兄貴を除く男は皆魔法細工職人になった。姉貴だって職人の嫁になったんだから、職人の家系と言って間違いじゃないさ」
「お義兄さんのお葬式のとき、お義姉さん元気そうだったわね」
テナがそう言い、食卓はしばし身内の話で盛り上がった。子供達は黙々と食べている。ララサララとマーリーは、食事をしながら、黙ってそれを聞いていた。
「……ていないのか?」
食事が一段落し、会話も途切れた合間に、ララサララが何ごとか呟いた。
「ララ?」マーリーが訊き返す。
「指名手配が出ていないのか? と訊いたのだ」
和やかだった食卓の空気が、一瞬で固くなった。
「どういうこと?」
「私とそなたは、お尋ね者になっているはずだ。あの晩餐会から今日で四日目。もう国中に手配が行き渡っていてもおかしくない」
「ララ!」
マーリーが身を乗り出そうとしたところを、ギールが手で制した。
「?」
「お嬢さん。そりゃあ、俺らがあんた達を足止めしてる、とでも言いたいのか?」
「違うのか?」
ギールはため息をつくと「ごちそうさん」と言って席を立った。それを合図に、他の面々も食卓を立つ。マーリーがひとり、「ごめんなさい」と繰り返し、頭を下げ続けた。