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ファル・ベルネの町 1

 ララサララとマーリーの話を、ノースはまじめに聞いてくれた。その上で言った。

「君達の話はわかった。それがすべて本当だったとしたら、君達は王宮へ戻るべきではないわ」

「何故だ?」ララサララが食ってかかる。

「わからない? あなたは命を狙われたのよ。彼のお母さんが助けてくれた。それを無駄にするつもりなの? 誰に、何故狙われたのかわかっているの?」

 ララサララは口をつぐんだ。わからないのではなく、口にするべきかどうか悩んでいることが、その表情から読み取れた。

「そうね。私が、あなたを女王陛下だと認めていない以上、あなたは口にするべきではない。それで正解よ。その慎重さで、王宮へ戻るのも待って頂戴」

「しかし、余は国王だ。逃げてばかりでは王は務まらぬ」

「死んでしまっても、王様は務まらないわ」

 ノースとララサララの身長差は頭二つ半。精一杯背伸びをして睨み付けるララサララに、ノースは諭すように言った。

「明日、私は王宮へ戻る。そこで、王宮の状況を確認してくるから。状況がはっきりしていた方が、対策も立てやすいでしょう?」

「……」

「ララ、ここはブリューチス大隊長に任せよう」

 マーリーもそう言い、ついにララサララは折れた。

 よくよく話をしてみれば、三十代半ばで騎士団大隊長を拝命はいめいするだけあって、ノースは、さばけた人柄の、面倒見の良い女性であった。大隊長になったのは割と最近で、ララサララと面識を持つ機会がほとんどなかったようだ。ララサララは、ノースが顔を覚えていないことに腹を立てていたが、騎士団大隊長に気付かなかったララサララも、人のことは言えなかった。

 そんなノースだったが、朝は、父親の葬式の翌日だったことと、二日酔いが重なって、まれに見る不機嫌だったらしい。話が終わるころには、マーリーはすっかりノースを信頼し、王国の騎士云々(うんぬん)と詰め寄ったことを改めて謝罪した。

 そして一晩明けた今日、ララサララとマーリーは、ノースの家で待つことになった。昨日のことがあるので外に出ることも躊躇ためらわれる。ふたりは、ノースの父親の書斎で、本を読んで過ごすことにした。

「すごい量だね」マーリーが何度目かの感嘆の声を上げた。

 部屋には、所狭しと本や資料が積み上げられている。ノースはそれらにまったく興味がないらしく、いずれ、王宮の書庫にでも寄付するつもりだと言った。

 ふたりは思い思いの本を手に取り、ページをめくっていた。

「すごいや。これはマーテル王国の頃の本だよ」

「マーリー。そなた、すごいすごいばかりだな」

 ララサララは苦笑しつつ顔を上げ、マーリーが手にした本を見た。マーテル王国は、現デル・マタル王国の前身だ。〈マーテル王国年代記 第六代テルメノ王時代〉と題されたその本は、随分と傷んでいた。

「マーテル王国の六代目ということは、百年くらい前だ。アプ・ファル・サル王国は〈始まりの母〉ババカタラ王の頃だな」

 ララサララはそう言うと、マーリーから本を受け取り、ぱらぱらとめくった。本は栞を挟んであるページを開いて止まった。

「?」

 栞には、ノースの父親が書いたらしい走り書きがあった。

「消された歴史……?」

「どういうこと?」

 脇からララサララの手元を覗き込んだマーリーが訊く。ララサララは軽く手でマーリーを制すると、ページに目を走らせた。そして、問題の箇所を読み終えると、ゆっくりと本を閉じた。

「アプ・ファル・サル王国は、建国以来、一度も他国の侵攻を許したことがない。それが、守護魔法の伝説が生まれる素地にもなっている、といわれている」

「伝説の守護魔法は王家の秘伝じゃないの?」

「少なくとも、私は知らない」

 アプ・ファル・サル王宮には巨大な龍青玉があり、それを使って、王国を守る強力な魔法がしかけられている。それは、マーリーでも聞いたことがある伝説だった。

「それで?」

「この〈マーテル王国年代記〉によれば、今から百年ほど前に、マーテル王国の軍勢がアプ・ファル・サル王国に侵攻して、あわや王宮を陥落かんらくさせるところまでいったというのだ。マーテル王テルメノ率いる軍勢は二万。防戦一方となったアプ・ファル・サル王国軍は、幾多いくたの魔法武具をもってしても、マーテル王国軍を押し返すことができず、陥落は時間の問題と思われた。そのとき、初代アプ・ファル・サル王ババカタラ・バラオは何らかの大魔法を行った。その結果、マーテル王国軍は戦意を喪失、あと一歩というところで、不可思議な撤退を余儀なくされた……」

「その話、伝説の守護魔法とぴったり合うと思うけど」

「しかし、私は聞いたことがないぞ」

 ララサララは本をマーリーに押しつけると、本と資料の山を漁り始めた。

「何を探しているの?」

「研究者だったのなら、どこかに研究帳があるはずだ」

 はたしてそれは、使い古された机の抽出の中で見つかった。ララサララはそれを手に取ると、もどかしそうにページをめくった。マーリーは静かにその様子を眺めていた。

 どれほどそうしていただろうか。研究帳を読み終えたララサララは、研究帳を手にしたまま固まってしまった。

「何が書いてあったの?」マーリーが訊いた。

「アプ・ファル・サル王国百二十年の歴史を揺るがしかねないことだ」

 マーリーは、言葉を返すことができなかった。

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