ノース 6
「王子殿下がお戻りになる?」
ベルルの報告を聞いて、ノースは素っ頓狂な声を出してしまった。
「ええ。さっき連絡がありました。二日後には、アプ・タリルの港に到着するそうです」
「また、随分と急なのね」
「ララサララ女王陛下が即位なされてから、一度も謁見されていませんからね。お祝いを申し上げるためじゃないですか? ああ、それから、大隊長はどこに行ったんだ! てシュコーチス副騎士団長に怒鳴られちゃいましたよ」
「悪かったわね。例の魔術師の顔を拝んできたのよ」
「ご執心ですね。陛下の晩餐会でのドレスも見にいきませんでしたか?」
「ええ、刺繍を見せてもらおうと思ってね」
「大隊長が刺繍に興味があるとは知りませんでした」
「私だって女だからね」
平静を装って会話を続けながらも、ノースは、背中に冷たいものが走るのを感じていた。ノースが衣装庫へ顔を出したのは、ほんの半時(約一時間)程前だ。あの女官が衣装庫長に報告したとしても、もうベルルがそのことを知っているのは、いったいどういうことだろうか。ノースは、自分が、思った以上に危ない橋の上にいることを知った。
「ベルル、あなたも隅に置けないわね。あんな若い女の子にまで手を出しているの?」
「何ですか?」
「だって、衣装庫の女官と知り合いなんでしょう?」
「は? あ、いいえ。いや、知り合いなのは間違いないですけど……。でも、大隊長のことを聞いたのは彼女からじゃありません。シュコーチス副騎士団長が言ったんです。こんなときにドレスなんか見に行くなんて、だから女ってやつは! って」
ノースは苦笑した。シュコーチス副騎士団長は、以前からそういうところがあり、すぐに女だからどうのと口にする。だから、深く考えての発言ではないのだろう。しかし、彼が知っているということは、騎士団長を始め、大隊長全員が知っていると見て良い。晩餐会の襲撃の余韻冷めやらず、王宮内はまだ過敏になっているということだろうか。犯人はすでに捕まっているというのに――
考え込んでしまったノースに、ベルルが近づき耳打ちをした。
「大隊長。正直な話、この件にはあまり首をつっこまない方が良いですよ」
「何なの?」
「不穏な噂が流れているんです」
「?」
「晩餐会以降、女王陛下は偽者にすり替わったんじゃないかって……」
「何ですって?」
ノースの剣幕を、ベルルは彼女が怒り出したのだと勘違いした。慌てて両手を胸の前で広げ、大きく左右に振る。
「ち、違いますよ。噂です。あくまでも噂」
「ベルル・イモコフ参謀。噂でも、そんなことは口にするものではないわ」
「はい……」ベルルは、しゅんとうなだれた。こういうところが女心をくすぐるのだろう、とノースは思った。
「忠告は感謝するわ」言いながらノースは、手元の紙に走り書きをする。「それよりも、これを調べておいてくれない?」
メモを受け取ったベルルは、一瞬呆然としたものの、「わかりました」と請け合った。
(こうなると、慎重すぎるってことはないわね)
四日分の書類に目を通しながら、ノースはひとり、そう考えた。