道行き 5
日が暮れる前に林を抜けた。
林が切れた先には墓地があった。大小様々な墓石が、ほぼ等間隔に並べられている。
静謐な死者の庭を歩くうち、マーリーは一つの墓石に目を止めた。それは新しく、たくさんの花で飾られている。埋葬が行われたばかりなのだろう。花とあわせて、果物もたくさん供えてあった。
「陛下」
マーリーは果物を一つ手に取ると、ララサララに差し出した。ララサララは渋い顔をした。
「それは死者に供えられたものであろう」
「ええ。でも、この人は食べられない」
マーリーが墓碑に目をやり、ララサララもそれを見る。《歴史の友が歴史となった ボーズ・ブリューチスここに眠る》と刻んであった。
「王国の民だ。疎かにできるか」
「ならばこそ、この人も陛下の空腹を見捨てるのは本意ではないでしょう。逆に喜んでくれると思います」
「思いの外、屁理屈が上手いのだな」
そのとき、ララサララの腹がぐーと鳴った。ララサララはばつが悪そうに目を逸らす。心とは裏腹に、目の前の果物に胃が反応しているようだ。
ララサララは墓前に片膝をつくと、神妙に、深く頭を垂れた。
「ブリューチス殿、すまぬ。貴殿の供物を少し分けていただく」
マーリーもそれに習った。そして、一つ二つを残して、供えてあった果物を抱え上げた。
辺りを見回し、墓地の外れに石の卓を見つけると、ふたりはそこに座った。墓参りに来た人々が休息を取るために設えられたものだろう。
果物はまだ瑞々しく、供えられたばかりのようだった。一口食べると、いかに空腹だったかを思い知らされた。ふたりは無言で、むさぼるように果物を平らげた。
腹がくちくなると当然のように眠くなる。ちょうど日が暮れたのを良いことに、ふたりは石卓脇の草むらに寝転がった。
見上げた空には、宝石をちりばめたような星々の海が広がっていた。
「そなた……」
「マーリーです」
「マーリー。母君のこと、すまなかった」
その言葉は、昨日の朝に続いて二回目だった。
「陛下、そのことは……」
ララサララが手でマーリーを制した。
「?」
「ララで良い。私はそう呼ばれるのが好きだ」
〈早春の息吹〉ララ姫。しかし、いきなりの呼び捨ては、マーリーには敷居が高すぎた。
「では、ララ姫と……」
「姫ではない。リルもいまだに姫と呼ぶのをやめぬのだ」
リルの名が出たことで、いやな沈黙が訪れた。マーリーは覚悟を決めて口を開いた。
「母さんのことは、ララのせいではありません」――ララと口にするとき、マーリーは頬が少し熱くなった。「王宮内のゴタゴタに巻き込まれたのは、きっと母さんに理由があるんだろうと思います。魔術師だったなんて、僕は知らなかった」
「そうなのか?」
「ただの歌い手だと、物心ついた頃から信じていました。たまに、各国の王侯貴族の館に出入りをすることがありましたけど、それだって、歌が上手いからだと思っていたんです」
マーリーは、ルーリーの首飾りを星明かりにかざした。銀でできているそれは、マーリーが物心ついた頃からルーリーの首にかかっていたものだ。細かく繊細な模様が刻まれているが、下げ飾りの真ん中、飾り石が入るべきところが空になっている。
「魔法細工のようだな」
「え?」
「その首飾りだ。真ん中には龍青玉が入るのだろう」
「……」
マーリーは首飾りをまじまじと見た。裏蓋には文字が掘ってあるが、さすがに星明かりでは読むことができない。裏蓋を開けてみたが、その中は空だった。
「ララ、訊きたいことがあります。〈麗しの王国〉を母さんがわざと間違えて歌った。あれは何の意味があったんですか?」
「あの替え歌は私が作ったのだ。いつも跳び回っていて、ちっとも私と遊んでくれぬ兄カカパラスを揶揄してな。父王と母様と兄上しか知らないはずだった。だから、どこかで兄上に会ったのだと思ってな」
「それで僕らを晩餐会に?」
「晩餐会の前に、リルとそなたの母君で話をしたはずなのだ。報告は後からリルに聞くはずだった。……しかし、その暇はなかった」
ララサララは折りたたんだ紙を取り出した。血で汚れ、真っ黒になっている。
「それは?」
「父王と母様の居場所が書いてある。リルの血で読みづらいが……」
優しい風が林を吹き抜け、子守歌のような葉音を運んでくる。
満天の星に抱かれて、いつしかふたりは眠りに落ちた。