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道行き 1

 むせ返るほどの草いきれだった。

 太陽が容赦なく照りつけている。

 遠目に光る水面は、王国中央を流れるタリル川だろうか。日陰一つない広大な草原を歩きながら、マーリーは思った。隣を歩くララサララに訊いてみたかったが、むっつりと黙り込んでいる彼女が答えてくれるとは思えず、マーリーは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 空は雲一つなく晴れ上がっている。

 名も知らぬ鳥が、ふたりの頭上をすいと飛び去っていった。



 ルーリーの魔法の風に運ばれたララサララとマーリーは、広大な草原に投げ出された。運ばれている間に気を失ったふたりは、落ちてもなお、朝まで気が付かなかった。夏だったことがふたりに幸いしたのは言うまでもない。

 マーリーが朝日のまぶしさに目を覚ましたとき、ララサララはすでに気が付いていた。昨晩は高く結い上げられていた髪が解かれ、朝日に輝いている。とても綺麗だとマーリーは感じた。

「陛下」

 声をかけると、ララサララが振り向いた。朝日のまぶしさに一瞬目を細め、やがて「ああ」とマーリーを認めた。

 辺りは見渡す限りの草原で、緑の絨毯が果てしなく広がっている。マーリーは立ち上がって周囲を見回した。

「すまんな」

「え?」

 ララサララの言葉に驚いてマーリーが振り向いたときには、彼女はもう草原の彼方を見つめていた。視線の先にはアパ・カタラ連峰が霞んで見える。王都の方角だろう。アプ・ファル・サル王国の地理に疎いマーリーでも、そのくらいは見当がついた。

 夏草を掻き分けてララサララが歩き始めた。謝罪の理由を説明しようという気はないらしい。慌ててマーリーも後を追った。

「付いて来ることはない」前を見据えたままララサララが言った。「私は王宮に戻る」

「僕も行きます」

「やめた方が良い。賊扱いされたばかりであろう」

「それなら、王都まででも。陛下をひとりで行かせるわけにはいきません」

 ララサララは立ち止まって、マーリーを睨み付けた。

「ここは私の国だ。自分の国を歩くのに、なぜよそ者のそなたに心配してもらわねばならぬのだ」

「だって、女の子をひとりで行かせるなんて」

 ララサララは虚を突かれたような顔をした。まじまじとマーリーの顔を覗き込むと、ぷいと横を向いた。そして「付いて来るなよ」と念を押して、再び歩き始めた。

 結局、マーリーは最後の切り札を使わざるを得なかった。

「母さんのことも心配だし……」

 その言葉を聞くと、ララサララの体が強ばった。わずかに肩が震えている。それでも、唇をかみしめ、体を引きずるようにして、ララサララは黙々と歩き続けた。

「陛下?」

 マーリーは、自分のひとことが予想以上に彼女に効いたことを知った。黙り込んでしまったララサララは、もう付いて来るなとは言わなかった。



 行けども行けども草原だった。

 歩き始めてしばらくすると、ふたりとも汗が噴き出し始めた。

 ララサララの晩餐会用のドレスは、何しろ裾が長くて大きい。夏草の中を歩くのには、向いていないことこの上なかった。

 始めのうちは上品に両手で裾を持ち上げていたララサララだったが、日が天頂に来る頃には、ついに我慢ができなくなった。立ち止まり、スカートを忌々しげに睨み付けた。それから、裾を大きくたくし上げると、手際よくそれをからげ、太股の両脇でぎゅっと縛った。そして、再び勢いよく歩き始めた。

 一方マーリーは、上着を脱ぎ、シャツの襟を大きく開けて歩いていた。王宮で借りた立派な服が汗だくになっていたが、そんなことを気にするどころではなかった。

 その日のうちに草原を抜けることはできなかった。食べ物も水も見つからない。アパ・カタラ連峰の彼方に日が沈むと、ふたりは崩れるようにしてその場にへたり込んだ。

 歩き始めて以来、ひとことも言葉を交わしていない。午前中は、ララサララがむっつりと黙り込み、会話を拒む雰囲気を発していた。午後になると、お互いに消耗してしまい、話をするどころではなかった。

 草に沈み込むようにして横になると、ふたりはあっという間に眠りに落ちた。

 空には満天の星空が広がっていたが、ふたりがそれに気付くことはなかった。

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