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晩餐会 1

 女王の私的な晩餐会と聞いていたが、マーリーの目には充分豪華なものと映った。

 晩餐会が開かれる広間の正面には、前パパマスカ王の大きな肖像画があり、周囲には歴代王達それぞれの肖像画が飾られている。繊細な飾りが施された燭台しょくだいが広間の壁に並び、蝋燭ろうそくの炎が明々と灯っている。高い天井から下がるシャンデリアにも無数の蝋燭の炎が揺らめき、広間中央の食卓も、並べられた椅子も、卓上の食器も、それらの光を浴びてキラキラと輝いている。大きく取られた窓の外には露台ろだいがしつらえてあり、そのむこうには、夜の王都ファル・バラオの灯火がきらめいていた。

 ルーリーとマーリーは、晩餐会の余興としてのみ招かれたのではなく、女王の正式な招待客だった。そのためふたりは、リルから晩餐会用の衣装を貸し与えられた。ルーリーは、翡翠色の生地に金糸で刺繍を施したドレス。マーリーは、絹のシャツと、紺地に金糸で縁取りをした上着、膝丈ズボン。髪の毛も女官が綺麗に整えてくれた。ルーリーは何食わぬ顔で大きな食卓の末席に座しているが、マーリーは落ち着かないことこの上なかった。

 上座にララサララが座り、その周りを、鉱山候、平原候、港湾候の三諸侯が固めている。続いて、司青署卿を兼ねるという、ファル・バラオ精霊大聖堂の大司教。着飾って居並ぶ婦人達の中には、昼間女王とお茶を共にしていた女性達も見受けられた。

 晩餐会の開催に先立ってララサララが発言した。昼とは違う形に髪を結い上げ、王冠をつけている。衣装は、晩餐会用の赤地に金の刺繍ししゅうを施した豪華なドレスだ。

「本日は、余の客人を招いておる。ルーリーとマーリーだ」

「ララサララ女王陛下、お招き恐悦至極に存じます」

 ルーリーとマーリーは深く礼をした。

「これは……、馬子にも衣装とはこのことですかな。ははははは」平原候ジョシュ・マーテチスが、好色そうな声で言う。

「親子共々ですか? お盛んですなあ平原候」と鉱山候ヴラン・サリュル。

「おふたりとも、陛下の御前ごぜんでそのような」と一応(たしな)めたのが、一番若い港湾候ゴース・アプセン二世だった。

 ルーリーは顔色一つ変えなかったが、マーリーは怖気が走り、思わず身を震わせた。

「後刻、歌を披露してくれるとか。楽しみにしておりますぞ」

 そう言ったのは、大司教サン・パウバナだ。華美に着飾った他の出席者と違って、質素な大司教の法衣を身につけている。聖職者特有の微笑みをたたえた、痩せぎすの背の低い老人だった。

 頃合いを見てララサララが給仕長に合図をし、晩餐会が始まった。

 出席者達は、女王が招待したふたりの珍客に興味を示し、あれやこれやと声をかけてくる。ルーリーは、それら客人達の不躾ぶしつけな質問にもそつなく答え、場を繋いでいた。

 マーリーはといえば、緊張のためか、どんなに見事な料理を食べてもさっぱり味がわからない。加えて、場違いな感じが否めず、いたたまれなかった。

 周囲を見渡してみると、着飾った出席者達は、柔和な笑みを湛えて会話を楽しんでいる。しかし、マーリーには誰もが同じ人間に見え始めていた。そんな中で、ララサララだけは目を引いた。

 フォークで肉を切るララサララ。

 スプーンを口に運ぶララサララ。

 硝子がらす製の杯を傾けるララサララ。

 出席者達と話をするララサララ。

 少し前に控えの間で、笑いながら話をしていた彼女のことを思い出し、今の女王然とした姿との差にマーリーは目を見張った。中庭で会ったときには、じっくりと観察する余裕がなかった。これが、女王という仕事をこなす、公のララサララの顔なのか。

(約束の握手だ)

 彼女の小さかった手の感触を思い出す。ララサララは、〈女王〉という仕事を必死にこなしているように見えた。老成した柔和な微笑みの下に、十五歳の少女は、どれほどのものを押し込めているのだろうか。さっきのように、笑って歌のことを話せる相手はいるのだろうか。

 マーリーは思う。約束した歌をこの場で見事に披露したら、きっとララサララは喜んでくれるに違いない。思い上がりかもしれないけれど、彼女もそれを楽しみにしているはずだから。

 マーリーは、こんなにも誰かのために歌いたいと思ったのは初めてだった。

「少年」

 気が付くと、食卓の向こうから大司教が話しかけてきていた。

「は、はい」

「〈金翠きんすいの一族〉というのを知っているかね?」

「きんすい……」

「かつて繁栄を極めた魔術師の一族だ。君達親子のように、金色の髪と翡翠色の瞳をしていたという」

 マーリーは聞いたことがなかった。

「そうか。私も最後に噂を聞いたのは二十年ほど前のことだ。西に、〈金翠の歌姫〉という稀代きだいの魔術師がいるという噂だ」

 マーリーは何となくルーリーを見た。ルーリーは、ふたりの会話に気が付いていないのか、婦人達との会話を続けている。マーリーは大司教に向き直った。

「でも、魔術師って今でもいるんですか?」

「はははは。現代の若者らしい答えだな。もちろん、龍青玉を操る魔法細工の設計は魔術師の仕事だ。精霊大聖堂の司教なぞをやっている儂も、当然魔術師だ」

 魔法具を使わず、精霊との契約により無から魔力を引き出す魔術師。龍青玉による魔法が発達して以降、精霊と契約をせず、魔法具や龍青玉のみを使用する使い手を〈魔法使い〉、精霊と契約した使い手を〈魔術師〉、と呼び習わすようになった。

 マーリーは、魔術師に会ったことはなかった。魔法といえば、龍青玉の魔力を使うのが当たり前だと思っていた。

「なに、そなた達を見ていたら、そんな昔の噂を思い出した。それだけじゃ」

 大司教は、かかかと笑ったが、マーリーには、その目は笑っていないように見えた。

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